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昼間原狂騒・嚆矢 - 12

何も目に入らず、何も聞こえず、かがりはただ呆然と佇む。

時間が停止してしまったかのようだ。かがりは地面を凝視し続けたが、どんなに待っても何も変わらなかった。

弓兵は二度と立ち上がらなかった。過去の二回と同じく消滅してしまった。死んだのだ。


なんだ、これは。


カタンの攻撃でさえ殺せなかった存在が、かがりの攻撃で死んだ。消えた。

高度な脅威は、普及品の符一枚で打ち破られた。

前にも、こういう事はあった。

振り返れば、敵性体への決定打となったのは二回ともかがりの攻撃だった。それでも前二戦には、ユウの奮闘の甲斐あって弱点を攻撃できた、舞や蟻巣塚の攻撃が重なって弱っていた、大枚叩いて購入した高価な品を使ったといった理由を当て嵌める事ができた。


だが今回、敵と戦っていたのは眩草だ。


一対一の戦闘能力においては超一級の、この国でも比肩できる者は極少数に限られるカタンの、ベテランの、神代の遺物付き。その攻撃が効かず、かがりの攻撃が効くなどという結果だけは有り得ない。あっていい筈がない。

人間が踏んでも潰れない箱に子猫が乗ったら潰れたなどという現象は、世界の法則が逆転でもしない限り絶対に起こり得ない。


「……どういう……事だ……? こんなのって……」

「それはこっちの台詞だよ。サザンカ!」


反応する間もなかった。

蟻巣塚の声を聞いたと思った瞬間、かがりは自分の両腕が後ろ手に捻り上げられたのを感じた。何を、と声を出すより早く足払いを掛けられ、どうと前方に倒れ込む。

背後からの急襲に、為す術もなくかがりは地面に抑え込まれた。衝撃と苦痛に、がっと濁った咳が漏れる。顔が、細かな砂粒に擦れて痛む。胸部をきつく押し付けられているせいで、呼吸もままならぬ程に苦しい。たちまち血が通わなくなった手足が痺れ、力が抜けていった。

お許しを、と、耳元で小さく呟く舞の声が聞こえる。


「何してるんだよっ!?」


突然の出来事にユウが叫んだ。


「動くな!」


蟻巣塚の反応は早かった。

声に撃たれるや、鞭で殴られたようにユウの体が動かなくなる。声術による行動制御は一時的なものだが、まともな力を持たないこの狐には充分すぎる効果を発揮した。


「眩草さん、お手数ですが狐くんを捕まえておいてください。ああ、殺さないで。無駄にギャーギャー騒がれても困りますのでね」

「? はいはい、よっと」


一部始終を不思議そうな顔で眺めていた眩草だったが、行動は迅速だった。痙攣して横たわっているユウの首根っこを掴み、ぐいと持ち上げる。脱力した小さな狐の体から、だらんと四肢が垂れ下がった。間抜けな絵面だが、こうなっては逃げられない。

ユウ、とかがりが叫んだ。

身を起こそうとして、全身の痛みに呻く。

舞は小柄だが、関節という関節を的確に決められているせいで身動きが取れない。強引に逃れようとすれば外れるか折れる。無理な体勢で大声を出してしまったせいで胸に刺すような痛みが走り、かがりは咳き込んだ。このまま続けば窒息すると見たのか、幾らか舞が圧迫を緩めたが、それでも振りほどけるものではない。


拘束されたかがりを、蟻巣塚が冷たく見下ろす。

かがりは精一杯の声を振り絞った。


「離してください!! どういうつもりですか市長っ!!」

「どうもこうもあるもんかよ。あいつはカタンでさえ殺せなかった。でもあなたには殺された。今回だけじゃない。前も、その前もだ。

じゃあ何故か。理由は明白。他ならない発生源があなただからだ。

そりゃ術を使ってる本人が健在なら何度倒したって復活するし、好きなタイミングで消せるよな」

「…………え?」

「わざとらしいな、芝居は父親から習ったのか? まあいい。

楝かがり。お前を大規模幻術の行使による昼間原市及び市民への無差別脅威として逮捕する」


宣告は、ひどく遠い世界に響いて聞こえた。

何を。

さっきから何を言っているのか、この男は。


「なーんてな。誰にも話した事なかったが、オレのガキの頃の夢って刑事だったんだよ」


かがりは声も出せないまま――。

軽薄に、酷薄に嗤う蟻巣塚の顔を、ただ呆然と見開くばかりの目に映した。




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