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昼間原狂騒・嚆矢 - 9

「あー……こっ恥ずかしい……」


無人の野球グラウンドを広く見渡せる、春の日差しが降り注ぐ芝生の上に、かがりはぐんにゃりと座り込んでいた。

眩草のおかげで人力とは思えぬ速度で掘削が進み、あの後もうひとつ、更にみっつ目まで午前中に掘る事が出来たが、いずれも空振り。岩の下にも中にも何もありませんでしたという、順当だが残念な現実を突きつけられる結果に終わった。

結論として、岩は岩でありただの記念碑だった。生贄などと、深読みにも程があった。

しかも、岩は三つとも破壊してしまっている。いずれ公園の閉鎖を解く前に、似た形に整えた岩を購入して設置し直さなければならず、そういう点でも余計な費用と仕事を増やしてしまった事になる。


「眩しいなあ……空の青って」

「かがりしっかりして」


良かった、生贄にされた気の毒な勇士はいなかったんだ。

そうとでも思わなければやっていられない。かといって生贄がいれば良かったとも思わないけれど。

そういえば再出現を危惧していた例の敵性体たちも、影も形もないままだった。事の元凶も見当違いな迷走っぷりに呆れて寝ているのかもしれないと、かがりの思考はとことんネガティブになる。これは凄い発見をしてしまったのではと図書館にダッシュしていた、あの日の自分に足払いを食らわせたい気持ちだった。所詮は雇われのお役所仕事をしている三下の浅知恵でしかなかったのだ。


「気に病む必要はありません! カタンでも個人の失敗なんてしょっちゅうでした! みんな死にましたが!」

「そうだよかがり、俺なんてやる事なす事全部失敗してたよ!」

「励ましながらとどめ刺しにくるのはやめてくれ頼むから」


下を見て安心するのは救いでも何でもない。眩草の持ち出した例に至っては下なのかさえ怪しい。

今は相手にする気にもなれず、あっちへ行ってろとかがりはユウを追い払った。邪険にされたユウが、ちぇっとつまらなさそうに舌打ちの真似をして走り去る。

呼び止める気は起こらず、かがりは座ったまま項垂れた。あーあ、と力無く嘆息する。

その隣に、ヘルメットを外した眩草が座った。

こちらは立ち去らずにいたらしい。この男でも休憩するんだなと、かがりは考えてみればだいぶ失礼な感心の仕方をした。


「……あの、眩草さん」

「はい、どうしました!」

「少しお話を伺っても?」

「いいですよ! お喋りは僕も大好きです!」


生業の割に好きなものが多い男である。

僕も、と言われてもかがりはそこまでお喋り好きという訳ではないのだが、承諾は有り難かった。気分転換を兼ねた雑談と、カタンについて所属者から直に声を聞ける貴重な機会になる。

構成人数は何人くらいなのか。どうやれば入れるのか。外部の人間を受け入れているとは聞くが、血縁者は全くいないのか、等々。家同士の付き合いとはほぼ無縁な暮らしをしてきたかがりであっても、有名所の内情に興味がないといえば嘘になる。


「ちなみにさっきの失敗した人たちの死体は、全員僕が見付けました!」

「いや、そういう路線のお喋りはいいんで……」


思いきり反応に困りながら、かがりは考える。

折に触れては同胞だか同僚だか同輩だかの死について口にする眩草は、当たり前だが死んでいない。今も、全員の死体を僕が見付けたと言った。

それだけ多くの仲間の死を通り過ぎてきている眩草は、カタンの中でも相当な上位者なのではないだろうか。名刺にあった特一等というのがカタン内でどの程度上の地位なのかは不明だが、ベテランには違いあるまい。カタンにおいては、数年単位で生存しているというだけで、巨大な壁を乗り越えるのに成功した稀有な存在なのだ。

日々学習し、訓練をし、仕事をし、稀に命を落とす事もあるという、普通の家の在り方とはあまりにも異質である。


「しかしそう仰るフッチーさんこそ、妖狐を連れているとはなかなかカタンに負けず劣らずどうかしている! 妖怪をパートナーにするのは勧められませんよ。カタンでは出たら殺します」

「できればその呼び方は真似しないで頂けると……あとユウに聞こえたら怖がりますんで、もう少し音量を絞って」

「いつ反逆するかわかりませんからね、妖怪は。カタンにも昔、妖怪と交流してた変態が一人いましたが、たまさか魔が差して……」

「……殺されたと?」

「いいえ、襲いかかってきたのでその場で殺し返したそうです。やっぱり妖怪は妖怪だなと笑ってました。暫く後で滝壺から浮かんでこられずその人も死にましたがね。祟りかもしれませんなあ、はっはっは!」


笑い事ではない。

陽気や変人というより、死を見過ぎ、同時に死に見詰められすぎると人はこう変質するのではないかとさえ思えてきた。


「僕としては、今のうちに切り離すのがベストだとアドバイスしますよ!」

「それが打ち合わせの時にお話しした通り、変なふうに従属させた状態になってしまってまして、放免しようにも方法が分からないんです」

「? 放すのではなく殺せばよろしい。死ねば妖怪から解放されます、あなたが。妖怪を解放するのではなく、あなたが妖怪から解放されるんですよ」

「……そのつもりはありません。約束したので」


踏み台にしていけと。

意識してかせずにか、かがりの視線が眩草から逸れる。

離れた場所で、追い払われてしょんぼりしたユウが、舞からペットボトルの水を貰っていた。


「妖怪は信じない方がいいですよ」


珍しく静かな声だった。

何かあったのだろうかと、ふとかがりは思う。

予感めいたものがあった。が、どうしてか聞くのは憚られた。それに、聞いても答えてくれないのも何故か分かった。それきり口を噤んでしまった眩草に、かがりもまた掛けるべき言葉を見付けられず押し黙る。

そこへ、軽快な足取りでユウが駆け戻ってきた。スキップするような歩様を見るに、機嫌は直ったらしい。先程ほとんど八つ当たりで邪険にしてしまった手前、出迎えてやろうとかがりは立ち上がる。カタンについての話が聞けると期待していたのに、結局自分についての話をしただけで終わってしまった。


「なに喋ってたの?」

「たいした事じゃない。そっちは?」

「あのね、お昼の後はどうするか市長のおじさんとマイが相談してた。残りの岩も掘ってみるか、それとも別の事をやるかって」

「え、まだ掘るのか……? いや私が言い出した事だけれども」

「諦めるのが早いよかがり。あと五個も残ってるんだから、どっかに当たりが入ってるかもだよ」

「アイスのクジじゃないんだぞ」


ユウに続いてやって来た蟻巣塚もまた、それに関してかがりに尋ねる。


「どうする? 昼休憩したら他の岩も掘るかい?」

「いや、なんかもう最後まで出ない流れでしょうこれ……」

「パチンコかよ」


笑いながら、蟻巣塚は撮影した岩の写真をかがりに見せた。


「後で石屋に似た岩を見繕ってもらわないとね。ちゃんと名前も刻んで……あ、それともこの機会にもっと見栄えのする石碑に取り替えてあげる? そしたら偽りの改修工事の信憑性も多少は増すってもんさね」

「すみません……」

「二度も敵性体が出現してる以上どっちにしろ岩の下は掘るつもりだったんだし、必要経費だから気にすんな。

いっそコイツに心霊写真でも写ってりゃ原因特定できて楽だったんだけどなぁ。最近見なくなったよね、心霊写真」


蟻巣塚の撮った写真には、当然ながら見知らぬ人物が恨めしげに立っていたり、謎の白い影が岩を覆っていたりはしない。背景がそれぞれ違うだけの、ただの岩だ。全体が確認できるよう写してある為、岩に刻まれた名前までは確認できない。


「市長これ、どの岩にどの名前が刻んであったか分かります?」

「うん、そっちも記録してあるから大丈夫よ。最悪でも、誰と誰と誰の名前の岩を壊したのかは、資料と残りの岩を照らし合わせりゃ分かるし。それで仮に置き場所間違えたって、市民の誰も名前なんか気にしてないでしょ」

「まあ、確かに」


かがりは苦笑した。

生贄などとは縁もゆかりも無いただの勇士を称える石碑だったと判明した今、奮闘した彼らに対するぞんざいな扱いを申し訳なく思いもする反面、公園全体に満ちていた陰惨な空気が晴れたようで、ほっとする一幕でもある。

しかし異変発生の原因が、手が届きそうだった具体的なものから再び五里霧中に戻ってしまった訳で、呑気に笑ってばかりもいられない。


「あっそうだ、名前って言えばね」


蟻巣塚がグラウンドの離れた一角、正確にはグラウンドへ降りる石段のやや上を指差した。つい先程まで、かがり達が作業をしていた場所である。


「あそこの岩……だった現残骸に記されてた勇士の名前ね。駒葉登二郎っていうんだよ。将棋の駒の駒に、葉っぱの葉。登るに数字の二郎って書いて駒場登二郎」

「……名前なんか誰も気にしてないって言いながら、そうやってきっちりと憶えてるんですよね……」

「うん。名前を確認した直後に敵性体ヤリモチ……微妙に呼びにくいなこの仮名。霜走くんマイナス10億万点。あの騎兵が出てきたから良く憶えてるんだ」

「駒、ですか。それはまたいかにも騎兵っぽい名の……」

「騎兵じゃない」

「え?」

「あの後で何とか時間を作って、オレもシークレットルームに潜り込んできた。資料を片っ端から捲って該当する名前を虱潰しに探したんだけどね」


まあほとんど見付かりゃしなかったんだが、と挟んでから。


「駒葉登二郎は騎兵じゃないんだ。使ってたのも率いてたのも弓だ」




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