昼間原狂騒・嚆矢 - 8
「オレらみたいな端役に理解できる世界の住民じゃないね」
呟く蟻巣塚の声には、実力差への感嘆や賞賛だけでなく、若干の嫌悪の響きが込められていた。
この種の呪具が滅多に実戦投入されないのは、希少価値以上に、何が起きるか分からないという理由が大きい。
日常が死と隣り合わせという、現代においてはあまりに異端な彼らにとってみれば、修行で死ぬのも珍しい道具を使って死ぬのも同じ。
死んでも構わないから、死ぬかもしれない道具も当たり前に使える。
そんな生か死かを迫られる危機的状況でもなければ人が選ばない選択を、ごく気軽に選んでいる結果があれなのだ。
そして、彼らが意識していないのは自分たちの死だけではない。
無辜の市民の死もである。
出自不明の道具をどこも使いたがらないのには、使用者の死を防ぐ他に、無関係な人間や土地を殺してしまうのを防ぐという意味もある。
冗談や笑い事ではなく、一帯の環境そのものを変質させてしまうような力を宿した器物も存在するのだ。最悪、町や村が消滅し、山は枯れて湖は干上がる。そうなれば制裁は避けられず、関係者もまた罪の意識に苦しめられる。
そんな危険を孕んだ代物を市街で躊躇なく使うというのは、反動や暴走といった副作用で民間人が死に、土地が不毛の荒れ野と化す危険性をまともに考慮していない疑いがある。
だがおそらく、していないのだ。
カタンにとって、無辜の市民の死はさしたる価値を持たない。
他人が死んだ程度でわざわざカタンにちょっかいをかけたがる正義漢もいないから、実質、野放しだ。
誰も注意できないから野放し、というのは、強さでカタンに匹敵するごく限られた家や団体も同じなのだが、彼らはまだ自重や自制を備えている。爆弾が暴発して人が死ぬのはどうでも良くても、わざわざ爆弾に紐をつけて町中で振り回すような真似はしないからだ。
「さあ、邪魔な岩も避けましたしいざ掘りましょう! 頑張るぞっ!」
眩草がシャベルを振るたびに、凄まじい勢いで土や石が飛び散っていく。もはや土砂である。
慌てて全員が避けた。手伝うどころではない。これでは下手に近付いても邪魔になるだけだ。
土の削れる速度が体格を考慮しても異常に早いのは、これもまた大地と地続きになるという手甲の力なのかとかがりは推測した。そして、曰く付きの社や碑は元の位置から動かすだけでも均衡を乱しかねないから慎重に行うべしという常識には一切ノータッチである。
穴は、みるみるうちに膝を越して腿までの深さに達した。穴の脇に積まれた土も、土手のように盛り上がっていく。
「あの、あの眩草さん! 早いのは素晴らしいですけど早すぎませんか? そろそろ掘る速度を緩めないと、埋まってるかもしれない人骨を傷付けてしまう恐れが!」
「生贄でしたっけ。
古式なら龍造寺式か二見式、もしくはスエア、棒三棒二式にせよ、どれも必ず素体を容器に収めます。よっぽどマイナーなやり方をしていない限りは入れ物にぶつかりますよ。いきなり骨をざっくりとはいきません、大丈夫!」
初めて聞く名称にかがりはぎょっとした。眩草は作業の手を止めないまま、穴の中からにこにこと見上げている。
どうやら無用な心配だったらしいと、かがりは再び認識を改めた。
まるで周囲を顧みない――顧みていないかのような言動につい振り回されがちになってしまうが、社会常識はともかく専門知識に関して口出しする必要はないのだと思い知る。
知性派ねぇ、と蟻巣塚が呟いた。
地中から掘り返されたばかりの湿り気を帯びた土の中で、細身のミミズや小さな甲虫が盛んに蠢いている。ユウは結界の外側から、真新しい土の匂いを嗅ぎたそうにそわそわしていた。しょっちゅう地面に鼻をつけて歩いているユウでも、深い位置の土に触れる機会はあまりないようだ。
「ううむ、ううむ、だいぶ掘れてきましたが、これ以上深くするには穴の直径をもっと広くしないといけませんね。そうなるとまたこの岩が邪魔になってしまうから……よいしょ、っと!」
「ちょっ、そこは第一結界の外……!」
「やめとけやめとけ、言っても無駄だぞあれ」
慌てて止めようと一歩前に出る舞の肩に、諦め顔の蟻巣塚が手を置いた。
穴から出てきた眩草は再び岩を抱えると、第一結界を無造作に踏み越えて、第二結界との間に置き直す。
何の為の三重結界だったのか。
穴の直径が広がるであろう事を考えて、もっと距離を取っておかなかったミスだといえばそうなのだが。
岩の移動を終えた眩草は穴の中へ戻り、嬉々として土を蹴散らし始める。
早々に作業参加を放棄していた蟻巣塚がかがりの隣に来て、ブルドーザーのように働く眩草を見やりながら言った。
「カタン、ってのはな。
室町頃に外法に手を染めて追放された、西の都のお抱え術師の一派だって言われてる。まともな記録が残ってないから真偽は定かじゃないけど、結成初期は、華々しい居場所を失くした連中が寄り集まった流れの武装強盗集団みたいな存在だったらしい。奪える物は何でも奪って邪魔な奴は皆殺せの貪欲でやけばちな精神が、人から妖怪にまで波及したって訳だ」
「……それが、いつしか奪う事さえ目的ではなくなった」
「そういうこった。
由緒正しい一族が一度は最底辺まで落ちぶれ、そこからかつての地位も飛び越えてトップ集団へと上り詰めた。夢のある話さね。直接関わった事はなくても、いまやこの界隈でカタンの名を知らない奴はいない。オレやあなたみたいな、生活できてりゃそれで良しの向上心のない凡人とは月とスッポンだ。天才という原石を鉄の火で鍛え上げた、雲の上の存在だよ」
蟻巣塚の賞賛は惜しみないものだった。
それはそうだ。ああなりたいか、在り方が好ましいか否かとは別に、実力は誰もが認めるしかない。当然かがりも賛同する。蟻巣塚の言う、自分たちとのレベルの違いを噛み締めながら。
が、これに不満を露わにしたのがユウであった。
「凡人っていうけどさ、かがりだってすごいんだぞ。強いし、街の平和を守ってるし」
「ん? ああ、まあね。
でもな、こんな混迷した状況で求められてるのは、彼みたいなズバ抜けた能力を持つ絶対強者だけなんだよ。
別に、これまでのフッチーの働きを軽んじてるんじゃないぜ? ただ単に、より高度な力が必要なステージに移っちまったってだけの話だ」
よくある事さ、と蟻巣塚が結ぶ。
ユウは尚も反論した。
「でも、かがりだってちゃんと今までの強敵を倒してるじゃん。俺だって頑張ったし、今も頑張ってるし」
「ああ、なんとか倒せた。でも今後も倒せるとは限らない。事実、危なかっただろ? ひとつミスれば市民が死ぬんだ。そうはなりません、失敗しませんって言い切れるだけの実力がフッチーにあるかい?」
「それは……俺は他の人間がどのぐらい強いのかは知らないけど……。だからって、そんな言い方する事ないじゃんか……」
蟻巣塚は、徐々に声が小さくなっていくユウをじっと見下ろしている。
それまでは不満の色が濃かったユウの眼が、ふと不安を滲ませたものに変わった。
「市長のおじさん」
「あん」
「この調査でいろんな事がはっきりしたら、かがりの代わりに違う人が来るの?」
「そうかもなーーそうだな。実は幾つか打診はしている」
舞が蟻巣塚を見た。
かがりの心臓が跳ねる。そのまま、普段より速くとくとくと脈打つ。
覚悟はしていても、実際に味わうとやはり動揺するものだなと実感した。
一方ユウの方は、かがりよりもずっとショックを隠せない。
「そんなの……」
「ユウ、いいんだ。ありがとうな。
私の事より、今はこっちに集中しろ。もしまた奴らが現れたら、お前に姿を確認してもらわなきゃいけないんだから」
「うん……」
元気のないユウを、かがりが励ます。
すっかり意気消沈してしまったユウを見て、さすがに舞が口を挟んだ。
「今する話ではありませんですよ、主殿」
「ん。でもしなきゃならないしな」
蟻巣塚が言うと舞は黙った。
唇から、細い吐息が漏れる。
「おおい皆さん! 上で何やら揉めている皆さん!」
眩草の大声が、暗く沈みかけていた空気を打ち破る。
見れば、元々岩のあった場所を中心に地面が縦長のすり鉢状に深く抉られ、眩草は頭まで穴の中に隠れていた。時間当たりの作業効率が完全に狂っている。穴の一部は、遊歩道に敷かれたタイルの下にまで達していそうだった。
事件が解決次第、業者の手で埋め戻させておかないと、子供や年寄りも多く訪れる場所だけに大事故に繋がりかねない。
周囲の土壁が崩壊したら生き埋めになる危険な状態だというのに、眩草は全く意に介さずかがり達を呼んだ。
手招きする仕草が、穴の縁からひょこひょこと確認できる。
「見てくださいこれを! なんと、下には何も埋まっていませんね!」
勝鬨をあげるように、穴の中の眩草が泥だらけのシャベルを高く掲げて振る。蟻巣塚はこれといって驚きも落胆もせず、そうかい、とだけ返す。端からあまり期待はしていなかった口振りだった。
とりあえずは外れかと、かがりは溜息をつく。安心したような決まりが悪いような、複雑な気持ちである。
全員が結界を跨いで穴に近寄り、覗き込む。
中にいる眩草との比較から、深さは2メートル近くあると目算できる。採掘でもするつもりなのかと誰ともなく呟いた。穴底を確認しても、見えるのは層状に色の異なる土と、あとは石と根の断片くらいなものだ。人骨など一本も見当たらず、無論、生贄を収めた袋も箱も瓶もない。
これだけ掘っても出てこないとなると、まず空振りと考えて良いだろう。地中に封じるタイプの生贄にも様式があり、深く埋めすぎたのでは生贄というよりただの埋葬になってしまう為である。
「いないね」
「何もなし、ですね」
「……実は自分、ちょっぴり期待していたのですよ。生贄の痕跡が発見できれば、犯人探しからお葬式にチェンジできましたから」
「つっても空振りかはまだ断定できないね。フッチーの考えによれば、岩の中に人骨が収められてるかもしれないんだろ」
「はあ、まあ……」
かがりは曖昧に答えた。
見れば見る程ただの一塊の岩でしかないだけに、改めて向き合うと自信がない。とはいえ埋めるのではなく塗り込める、閉じ込める様式の生贄も存在するだけに、現段階では間違いとも言い切れない。この場合なら岩という容器に収めて地面に置く事で、文字通りに生贄を「立てて」いる訳だ。
もっとも人間がすっぽり入る程の大きさはないから、首のみといった一部分を利用している事になるが。
あちこち真っ黒になりながら穴から這い出してきた眩草が、手甲に付着した土を払いながら言う。
「持ち上げた感触では、内部が空洞になっている可能性は低いですね。良心的な店長が作るたい焼きの餡子のように、みっしりぎっしり詰まっている予感です!」
「見た目もホント岩だしなぁ……でも、内側を削った穴を巧みに塞いである可能性を否定はできません。やってみようぜフッチー。あ、ちょい待ち写真撮っとくから」
蟻巣塚が岩に携帯電話のカメラを向け、何方向かからシャッターを切る。
「これでよし。それでは今から岩を割っていくとしましょう。霜走くん、カマイタチっぽい忍術の準備を……」
「ははは必要ありません! ぬうう、ふんぬっ!!」
「うん、知ってたわ」
即座に対応を投げた蟻巣塚と、見守るかがり達の前で、眩草の繰り出した拳が岩を叩く。子供が砂の城を蹴り飛ばすが如く、大人でも一抱え程はある岩がばっくりと割れた。
結構な勢いで破片が飛び散る。ほとんど投石に近い。びしっと近場の地面を掠めていった小石に、うわっと叫んでユウが竦む。
本来なら防具を装着していようと、殴った衝撃そのものは手や腕に直に跳ね返ってくる。故にあんな強さで殴れば、砕けるのは岩ではなく殴った側の手の骨である。
ところが、眩草にダメージは全く無い。
反動を完璧に相殺しきれているのは、間違いなくあの神代の遺物だという手甲の、もはや加護と呼ぶに相応しい効果によるものだろう。だが、その使用を許される域に至れる人間が果たして世に何人いるのかを考えたら、所詮は道具のおかげなどと軽んじる気にはなれない。
ひとつ、ふたつ、みっつ……岩は大小四つに砕かれている。
そして、その中にあったのは――。
「何も入ってない」
ただの岩だ。
中空になった内部から、頭蓋骨や粉々の人骨がぼろぼろ零れ落ちてきたりはしなかった。
すり潰して粉にするか溶かして液状にし、砂や土と混ぜて岩の形に整形する手法も考えられるには考えられるが、生贄として立てるのを目的にしているなら、その線は薄い。何故なら限度を超えて元の形を損なうと、それはもう生贄ではなく器物と化してしまうからだ。呪具の効果をブーストする為に、専用に育てられた生物の血肉を混ぜ込むのと変わらなくなる。
岩には、何もない。それが結論だ。
少なくともこの場で確かめた、この岩に関しては。
「……さっき言ったように、壊したもんを元通りに修復する手段は幾つかありますけど」
岩の残骸を見下ろしつつ、できますかと蟻巣塚が聞いた。
「できません!」
自信満々に眩草は答えた。




