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昼間原狂騒・嚆矢 - 7

忙しくなる。

その筈、だったのだが。


「業者が来れないってどういう事だ!?」


いかんせん、カタンの訪問が急すぎたのである。

通常の段取りならば、依頼に対して承諾の返答があって、その後の打ち合わせにより契約内容や日取りが正式決定される。つまり本来なら日程が決まってから業者に連絡し交渉するという途中過程を、全部省略されてしまったのだ。

業者とて市の専属ではない。予定がなければ当然他の仕事を入れる。

せめてもう少し余裕があれば融通を利かせられただろうが、二日前は幾ら何でも無茶だったと蟻巣塚が苦々しげに言った。


「悪い、ごめん、申し訳ない。つってもオレが悪いんじゃねーけどなどう考えても!

どっか見付かるだろーとギリギリまであっちこっち聞いてみたんだけどさあ」

「一件も見付からなかったんですか? どこも一件も?」

「はあ……そうなのですよ。自分も探してみたのですが、どこもかしこも他に出払っていて無理だと。……こんな事になってしまって楝殿には申し訳が立ちませぬ」

「申し訳というか……なんで当日になっていきなり来れないなんて事になってるんです……」

「だって来ねーもんは来ねーんだもん。

んな訳で全方位に死ぬほど謝り倒しつつ予定変更、公園の方は早くて明日まで待機になる。その間にオレと霜走くんは全力で工事業者に催促、以上。ったくよー……」


集合場所の昼間原八岩公園内で待っていたのは、蟻巣塚と舞。そして予想だにしなかった作業中止の決定であった。

さあこれからだと気勢を上げた矢先に出鼻を挫かれるというのは、昨日の眩草ではないが縁起も幸先も悪い。案外、そういった験担ぎを気にする人間はこの業界に多いのである。

ぶつくさ文句を言い続けている蟻巣塚の横で、暗い顔をしている舞。

希望に満ちた解散から一転、出だしから最悪の雰囲気だった。

そもそも、どうして今朝になるまで業者が来ない事が判明しなかったのだ。昨晩の打ち合わせでも、業者はいるものという前提で話を進めていたのに。


「あれ?」


かがりは周囲を確認した。

蟻巣塚はいる。舞もいる。自分とユウもいる。

が、あの騒がしい大男の姿がどこにも見当たらない。


「ねえねえ、市長のおじさん。

昨日の大きい人はどこに行ったの? クララのにーちゃんだっけ」

「ん? そういえばいねえな。集合場所も時間も昨日伝えてるし、念の為に今朝もホテルに電話してもらってるんだけど。霜走くん、忘れてないよね?」

「はい。業者の都合がつかず作業は中止なので、本日の予定を改めて相談という所まで然と伝えましたとも。支度があるから送迎は結構だと断られてしまったのですが、やはり迎えに行くべきだったでしょうか……」

「ホテル側で取り次いでもらったんですか? 携帯電話は?」

「それがお持ちでないらしく」

「名刺は持ってきたのに……」


片手落ちに過ぎる。

毎日が生死の境を彷徨いかねない修行漬けなら電話どころではないのかもしれないが、仮にも仕事だろうに。

この後どうするかを話し合おうにも、中心人物の眩草が来ていないのでは相談のしようがない。昨日も約束の時間よりだいぶ早くロビーに下りてきていた事を考えると、時間にルーズな性格ではなさそうだが。

いや、あれは本人が言っていたように、ただ単に暇すぎるから部屋を出てきただけか。


「プリペイド式かレンタルの携帯でも渡しとけりゃ良かったんだけどねえ、渡しても受け取ってくれなさそうだったし……」

「ああ確かに……あの御仁なら豪快に笑いながらいりませんと投げ捨てそうですよ。自分は使いますけどね、電話! 近代的な忍者ですので!」

「伝書鳩と矢文の時代は終わったってか。

まーとにかくもうちょっと待って来ないなら、いっぺんオレがタクシーでホテルまで戻ってみて――」


蟻巣塚の声が途切れた。

一同なんとなく共通した予感を抱きながら、その視線の先へと目をやる。

全員の注目を浴びる中、霊峰登山もかくやという大荷物を背負った男は、どうも、と快活に叫んで手をぶうんと振り回した。

朝の木漏れ日を受けて、白い歯が眩しく輝く。


「おはようございます!

遅刻してしまってすみません! こいつを調達していたもので!」


ずんずん行進してきた眩草は、両手と背中の大荷物をどさりと地面に下ろした。それらを見ただけで、彼がこれから何を始めようとしているのかは明白である。


「……あー……あのですな、眩草さん。

業者の都合がつかないから遺憾ながら本日の作業は中止だと、先程ホテルへの電話で直にお伝えしたかと思うのですが」

「生憎とカタンは三日以上じっとしていられません。

要は土を掘るのでしょう! たやすい事!

業者が来れないなら自分たちで掘ってしまえばよかろうなのです!」


多くの店はまだ開店時間前だというのに一体どこから調達してきたのか、シャベルとつるはしとバケツを持ち、頭にはヘルメットを被り、半袖の作業着に着替えてきた眩草は意気揚々と宣言する。やろうとしている事はともかく、服装としてはスーツより遥かに似合っていた。よく入るサイズが売られていたものだ。

これだけなら素晴らしく恵まれた体格の現場作業員で通っただろうが、その認識を妨げる箇所がある。

それは、眩草の太い両腕を肘まで覆う幅広の手甲であった。

色は光沢のある褐色で、縁に向かうほど濃くなっている。金属製かとも思ったが、深い透明感は上質な琥珀か鼈甲のようだ。覆う範囲は手の甲から肘までで、一定間隔で鋸の刃のような突起が脇に迫り出している。真上から見たシャコにそっくりである。

奇妙なのは、腕に固定するパーツの類が見当たらない事だった。

手から腕をすっぽりと包む西洋式のガントレットならまだしも、これは造りとしては甲冑――具足の篭手に近い。であれば固定用の紐なり袖なりが必要となるだろうに、まるで糊で貼り付けでもしたように、眩草の太い腕にぴたりと乗っている。その為、遠目には前腕部分の皮膚が鎧に変質したようにも見えた。


どう考えても工事道具ではない。

おそらく眩草の戦闘用装備品なのだろうが、この得体の知れない格好で大荷物を抱えて、通勤通学の人々が行き交う朝の街中を公園まで歩いてきたのかと、かがりはその度胸にただ呆然とする他なかった。

度胸の問題じゃなくて頭の問題じゃなかろかと、蟻巣塚がこっそり声を飛ばしてくる。表情に出るからそういう内緒話はやめてくれと心底かがりは困った。


「どうぞ皆さんも。はい、どうぞ! 遠慮なく!」

「あ……どうも」

「ええと……はい……」

「僕の自腹です。ははは、お金のご心配はなく。奢りますよ!」


持参のヘルメットとシャベルをぐいぐい押し付けられてしまい、仕方なくかがりはそれらを受け取る。有事に備えて全員動きやすい服装に統一しているから、土を掘って汚れるのは問題ない。

が、根本的にそういう問題ではない。

朗らかな一名を除く全員が沈黙する中、柄の長いつるはしを持たされた蟻巣塚が呟いた。


「……先に連絡したのは間違いだったかもね」

「結果的には」

「主殿が責任を取るのですかこれは」

「おっちゃんに重荷背負わせるのは酷だと思わんのかね若人よ。

……しっかしなあ……自分らで掘る、か……」

「主殿?」

「――そだな、やるだけやってみるか。

今から他にやれそうな事を探しても中途半端になっちまうしな」

「本気で言ってますか!? むしろ正気ですか!?

岩は全部で八個もあって、どのくらいの深さまで掘ればいいかさえ分からないんですよ」

「んー……質問、この中に重機の免許持ってるひといる?」

「いませんって」

「忍者の必修科目に重機の運転は含まれてませんので……」

「どうやら話はまとまったようですね! じゃあ参りましょう、いざっ!」


全くまとまっていない。

かがり達をその場に置き去りにして、眩草はさっさと自分だけ歩き始めてしまった。迷いのない真っ直ぐな背筋だが、そもそも岩のある位置が分かっているのだろうか。


「止めなくていいんですか?」

「止められると思うか?

まあ真面目な話、ひとつふたつ人力で掘ってみるのはそこまで悪手でもないと思うよオレは。敵性体が発生した岩もちょうど二個だしな。なんかあった時に素人の業者を巻き込まないのはでかいぜ」

「しかし掘るにしても、まず岩周辺を結界で囲って逃走経路を塞いでからじゃないと。あの勢いでは到着するや土にシャベルを突き立てかねませんよ」

「ご心配なく! 何か出た瞬間に潰しますから、結界はなくても平気です! ここはカタン随一の知性派たる僕を信じて、どーんと構えていてください!」


聞こえていたらしく、振り返った眩草が言った。

かがりは知性という概念について根本から見詰め直したくなる。それでありながら、カタンが言っていると思うと説得力そのものは無闇にあるのだ。

とはいえ、いざ事が起きた際の自分達と市民の命綱であるからには、はいそうですかという訳にもいかない。

幸いというべきか、二度異変の発生源となっている昼間原八岩公園に入るという時点で、作業の中止とは関係なくかがりも舞も仕事道具を持ってきている為、結界を張るのには支障はなかった。個数にも余裕がある。二箇所を掘るとして、それぞれ三重に結界を敷いたとしてもかなりの数が余るだろう。


眩草の歩みは競歩かという程に早い。

制止はもう諦め、手に手に工事道具を握ったかがり達は急いで後を追う。

せめて、どの岩から取り掛かるかを伝えなければ。

打ち合わせ時に順番についても話し合っているのだが、あれでは憶えているのか怪しい。


第一候補としては当然、最初に敵性体ノヅチが出現した広場の岩。

そして蟻巣塚が遭遇した騎兵――暫定名、敵性体ヤリモチの出現した岩の、ふたつのうちどちらかになる。岩の下から出てくる瞬間が目撃されているのだから、残り六つよりは正解に当たる可能性が高い。

ただしこれは、刺激を与えて再びあの二体を出現させる危険をも孕んでいる。

だが見方をもう一段階変えれば、既に倒したのだから安全、とも考えられる。


要は視点の違いだ。

一度起きたのだからまた起きると捉えるか、倒したのだからもう起きない上に物証が期待できると捉えるかである。

昨日の打ち合わせでは検討の末に後者が選ばれた。敵性体が再発生してもカタンがいるなら抑え込める為、メリットの方を優先するという理由である。


結局選ばれたのは、最初に敵性体ノヅチが出現した岩の方だった。

正面入口ゲートから最も近い、噴水と花壇の広場にある岩。

ここから事態が急激に悪い方へ転がり始めたのだと思うと、かがりはいっそ怒りを込めて砕いてしまいたくなる。本当に生贄にされたのだとしたら、彼らには深く同情すべきだとしても。


到着するや作業に取り掛かろうとする眩草を蟻巣塚とユウがどうにか押し留め、岩の周囲に一定間隔で距離を取って、かがりと風香が結界を張っていく。

昨日までは、こうした作業を行うメンバーも招かれていると思っていたので、自分がしている事をかがりは奇妙に感じた。そして、よりによってカタンの前で平凡な結界術を披露するのは、ひどく気恥ずかしいものがある。

舞はどう思っているのだろうと表情を窺ってみたが、黙々と作業に勤しむ姿に雑念は感じられない。かがりも頭を振って余計な気負いを追い払い、自分の作業に集中した。


穴がないかの確認作業も含め十五分ほど使って、三重に構成された円形の結界が出来上がる。

余裕をもって囲んだので遊歩道に大きくかかる程はみ出しているが、効果に差し障りはない。これでも重機を必要としなくなった分だけ小振りになっているのである。

ただし完成はしていても、再度あの敵性体が現れた時、確実に封じ込められるかという保証はない。


「……完成です。特に抜けはないかと。

以前の交戦時にはもっと簡易な結界で足止めに成功していますから、これなら作業中に敵性体ノヅチが再発生したとしても、一定時間は食い止められると見込んでいます。同個体が同じ強さで出てきてくれるなら、という前提でですが」

「上や下には張らないんですか?」

「……え? え?」

「結界ですよ。これだと横には三重の壁が敷けていても、上空と地下がガラ空きです。僕みたいにまっすぐ地面を走ってくる奴ならいいですが、大きく飛んだり潜られたりしたらすり抜けられます。だって天井と床がないんですからね!」


すらすらと述べていく眩草に、かがりと舞とユウはぽかんとした。

蟻巣塚は片眉を持ち上げている。


「ふふふ、ですが無くても大丈夫です!

出た瞬間に僕が潰しますから、どうぞ大船に乗った気でいてください!」


また自信ばかりが先行した発言を――と呆れようにも、今のやり取りの後では少なからず見る目も変わる。

知性派というのはあながち出鱈目ではないのか。

この場にかがりと舞が張った結界は平面上に働くもので、いわゆる立方体で対象を囲む方形結界とは効果範囲において異なる。

図示するなら線の上に垂直な壁を築くタイプの結界で、眩草の指摘通り真上と真下に関しては無防備な為、高く跳躍するタイプや地中に潜り込むタイプの化性に対してはあまり効果が見込めない弱点があった。

その反面、手間が掛からない、コストが安く済む、扱いやすいといったメリットも多く、対象を絞れば必要十分な効果を発揮できるので、他の複雑な結界と比較して単純に劣っているという訳ではない。

前回この岩から発生した敵性体ノヅチが、地上を駆ける鎧武者であった事を考えれば、第一選択としては無難である。


眩草は結界を壊さないよう順番に跨いで岩の前に立ち、天辺に手を置いた。


「この岩、下を掘るには邪魔ですね」

「ええ、重機があれば退かせたんですけどね。

なので最初に岩の周囲をぐるっと掘って、後ろ側へ倒してしまってから下を掘ろうかと。そうする為に第一結界は余裕をもった広さにしてありま」

「いいえ、邪魔なものは思い切って退かしてしまいましょう!」


だから退かすには重機がいると――。

辛抱強く繰り返そうとして、かがりは目を疑った。

眩草がおもむろに屈み込むや、鼈甲色の手甲に覆われた両腕をがっちりと岩の下部に回し、


「ふうんっ!!」


持ち上げたのだ。


「嘘だろ!?」


それは全員に等しく走った驚愕だった。

石というのは、どんなに小さくても見た目よりずっと重量があるもの。

ましてやこれは、大人でも一抱えはあるれっきとした岩である。

複数人で押して横倒しにするくらいならまだしも、引っ越しのダンボールでも運ぶかのようにああも易々と抱えるのは不可能だ。人間の筋力で対処できる限度を超えている。

よしんば百歩譲って岩を持ち上げられたとしても、支える足腰の骨が耐えられず、血管も切れる。


「驚きましたか? 驚いたでしょう!

なんとなんと、地の精気を利用して地面の上を滑らせてます!」

「滑ってませんよ!? 浮いてますよ!?」

「おや本当だ。では僕の腕力がすごいという事で! はははは」

「ありえない冗談言ってる場合じゃありません! 何キロあると思ってるんですか!」

「何キロあろうと掴めさえすれば運べるようにしてしまうのが、この長くて固い手甲なんですよ。なんでも装着した者を大地と同質であると『見做す』とか何とか。

つまりこの岩は僕に抱えられているのと同時に、近場の地面に乗ったままの状態でもある訳です。ははは、遡ると神代の遺物だから詳しい仕組みはカタンでも知りませんけどね。なにせ作った人たち大昔に全員死んでますから、マニュアルを確認しようがない! はははは!」

「神代の――遺物!?」

「単なる骨董品ですよ。畏まる程でもありません。

なあに、古臭かろうが動くなら仕組みなんて知らなくても使えます!」


からからと笑う眩草に、かがりは目眩がした。

通常、まず表には出てこないこの等級の呪具、祭具を仕事に持ち出す。

単純な貨幣価値に換算するだけでも幾らの値がつくか分からず、うち複数は国の管理下にあるような代物を平然と。


これが、カタン。



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