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昼間原狂騒・嚆矢 - 3

翌日、かがりはいつもより一時間早く起きた。

緊張の為あまり眠った気がしなかったが、目覚めは普段より断然いい。無事な期間の最長記録をこのところ更新しつつある安物の目覚まし時計を労ってから、てきぱきと身支度を整えて、昨晩のうちにまとめておいた、夜までにやるべき事のリストを手に取る。


第一優先事項、報告書の最終チェック。

第二優先事項、自分の身支度。

第三優先事項、ユウの身支度。


他、とりあえず思いついたもの片っ端から全部。

なおユウの風呂といった、昨晩済ませておいた項目はチェック済みとなっている。

いつか来る今日という日に備えて前々からコツコツ準備は整えていたので、こうしてリストアップしてみると、急ぎでやらなければならない事はさほど多くなかった。外したら一発退場の試験ではあるまいし、興奮のせいもあって些か身構えすぎていたきらいはある。

とはいえ、イベントに参加している余裕がないのは変わらない。


時間が迫ってきたので、かがりはユウを連れてきつねやを出る。

昼間原うるおいマルシェの会場では、先に到着していた風香が準備に取り掛かっていた。二日目とあって、周囲の空気に昨日ほど慌ただしさは感じない。

かがりとユウを見付けた風香が、手を振ってくる。


「おはよう!」

「おはようございます。準備、手伝いますよ。

それとこれ……簡単なものですが、お詫びを兼ねた差し入れです」

「ありがと、本当に気にしなくても良かったのに。

時間、大丈夫なんだよね? そう?大丈夫。じゃあ手伝ってもらおうかなー!」


約束を違えた側が気遣われるのもおかしな話である。

苦笑しながら、かがりも商品の配置などに加わった。

が、多少ディスプレイを変更した程度で、基本的には昨日のままだから、手伝える事はあまりない。

配置が変わったのは、きつねやの売り物が無くなった為だ。

そのぶん昨日は目にしなかったアンティーク類が増えている。スペースが空くのを見越して風香が新しく持ってきた商品だ。きつねやの商品も一緒に売ってあげようかという風香の申し出もあったが、さすがにこれは辞退した。

自分がいないぶんこいつらに頑張ってもらおうと、かがりは何故か昨日より数の増えている謎のオブジェK達を眺め、それから、台の脇にだらんと手足を垂らして座っているフタコブペンギンラクダのぬいぐるみの頭をばしばしと叩いた。

何故かすっかりきつねやのマスコットと化したぬいぐるみは、今日は売り物ではなく装飾として活躍してもらっている。


「こんな感じかな?」

「終わってしまいましたね……」

「終わらなかった方が良かったみたいな言い方」


風香はかがりの様子を面白がっていた。

作業をしている間は罪悪感から逃れられるから、あながち外れでもない。


「お手伝いありがとう。間に合わなくなっちゃったら大変だから、そろそろ戻った方がいいんじゃない? わたしには頑張ってくらいしか言えないけど……頑張ってね」

「………………」

「どうしたの? イベントの事なら本当に気にしなくていいんだよ」

「……少し、お話があります。ちょっとこちらへ」

「……?」


首を捻る風香を伴って、かがりとユウは近くの建物の陰に入った。


「お詫び、というのもおかしな話ですし、罪滅ぼしというのはもっとおかしな話です。何も知らされない他の市民との不公平感もあり、楽しいイベント前に伝えるような話でもない。

……それでも、やはり伝えておきます。昼間原うるおいマルシェが終わったら、少しの間旅行に行くか、もしくは実家に帰省するといいでしょう。なるべく早く」

「――えっ? え、なんで急に? 旅行に帰省?」

「私や霜走さんが祓い屋めいた仕事をしているのは、もうご存知ですね。加えて昼間原八岩公園の閉鎖もあって、この仕事に市の息がかかっている事はとうに気付いていたと思います。

ただし、これだけはまだはっきりと教えていなかった。昼間原市は呪われています」

「ええ、マジで!?」


反応が軽い。

現実味がないだけとも言えるが。


「もう何百年と続いてきた軽微な呪いです。些峰さんの店で駆除したような弱い妖が発生しやすくなる程度の、無害な呪い。

それがどういう訳か暴走して、こんな事態に陥っていると我々は見ています。第三者の介入を始めとする他の理由も考えられますが、可能性としては今の所これが一番高い」

「……うわ、ホントなんだ。それって市の偉い人は知ってるの?」

「知っている職員も……います。一握りですがね。まさか『当市は呪われています』なんて公的に発表する訳にはいきませんから」

「だよねー……」


風香は考え込む。


「でも……つまりアーちゃん達がやろうとしてるのって、あの公園で起きた事件の根本的な解決なんでしょ? だったら呪いの心配もそんなにする必要なくない?」

「そこなんです。おそらく今回の仕事では、呪いの根幹にまで踏み込んで調査を行う。実に何百年ぶりという話で、調査の過程で何が起きるか我々にも分かりません。

寝た子を起こす、虎の尾を踏む事になっても不思議はない。だから市から離れているに――越した事はない」

「……町の人を避難させたりは?」

「……できません。

事情は公表不可能。適当な理由をでっちあげて一時的に避難させても、そんな短時間で片付く仕事ではない。不発弾なんて言っていた人もいましたがね、範囲と処理時間を絞って避難させられるだけ不発弾の方が遙かにマシです」


守秘義務という単語がかがりの頭の中をよぎったが、今更であった。

実際ひどい不平等なのだろう。限られた者の身内か親しい者だけが事実を知らされて避難できるなど、まるきり創作物で登場する悪徳エリート層そのままの行動だ。

だが、これが現実でもある。渡せる乗船チケットの数には限りがあるのだ。

蟻巣塚が手渡そうとした一枚を、光安は破り捨てたようだが。


「幻滅しましたか」

「別に? 得したとは思ったけど」

「それ本気で言って……いやなんか本気で言ってそうだな。わかった、じゃあもう不平等どうこう言うのはやめます。

とにかくそういう事になってますから、都合がつくならなるべく早めに市を離れてください。こちらの進捗状況を逐一教える事はできませんが、解決の目処が付きそうになったら連絡もできます」

「うん、わかった。

真剣に忠告してくれたんだろうから、わたしも真剣に考えておくよ。長期間お店閉めて避難ってなると、かなり難しいんだけどね」

「命には代えられない……といっても、それが現実なんでしょうね。何かが起きるかもしれない、でも何も起きないかもしれないんですから」


となれば人の多くは、どうしたって後者を取る。

後悔は逃げ場を失い、自分が本当に死ぬと自覚したその瞬間まで訪れない。

ともあれかがりから伝えるべき事は伝えた。この話はここまでだ。

どうするかは風香次第である。


「ユウちゃんも頑張ってね」


別れ際に頭を撫でてくれた風香に、ユウはぱたぱたと尻尾を振って答えた。

帰路、周りに人がいない場所でユウが呟く。


「いい奴だよね、フウカって。剥製にしてこようとするけど」

「ああ、迷惑をかけてしまったぶん、こっちの仕事はしっかりしないとな」

「でも正直得したはどうかと思う」

「私もそう思った」


頬をぴしゃぴしゃ叩き、かがりは気持ちを切り替える。

結末がどうなるにせよ、最悪、結末まで自分が生きていない可能性すらあるにせよ、市と市民を守る為に、蟻巣塚たちと協力し万全の状態で計画に取り掛かる。

それが、快く送り出してくれた風香への誠意でもある。


きつねやに帰り着く。用意した服に袖を通し、問題ない事を確認する。

残りの時間は資料の説明練習をして過ごした。

始動の時は、もうすぐそこにまで迫っている。




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