守りたいもの、守るべきもの - 7
「おや、ここは昼飲みゾーンか」
「すごいな。食べ物もお酒もいっぱいだ」
ある地点を境に、立ち並ぶ簡易店舗の雰囲気ががらっと変わった。
この付近は元々飲み屋や料理屋が多く、昼間原の通りの中でも昼夜を問わず人が多い地域である。
料理店がイベントに出店するなら内容は当然料理となる訳で、しかもかがりと風香のような場所を選ばない店とは違い、調理設備の揃っている自分の店の前で出した方が便利かつ衛生的だ。
となれば軒並み元から料理屋の多い地域に料理の出し物が集中する事になり、イベント主催側としても、昼飲みエリアと銘打ってポスターに載せてしまった方が、言葉の響きの魅力から宣伝効果も大きくなる。
事実、人の集まり具合を見てもここが一番盛況のようだ。
人気メニューを小盛りサイズでプラスチックの器に持り、たくさんの種類が食べられるようにしている店もあれば、このイベント用に新しいメニューを考案してきた店もある。
料理と並ぶ主役の酒に関しても、日本酒に強い店、カクテルに強い店、ワインに強い店、海外のビールに強い店などが、日頃は一見の客の目に留まりにくい特色を全面に押し出していた。
高くて手が出しにくい銘柄の酒を、量を減らす事で値段を下げて提供しているところもある。
皆いろいろ考えるなと感心しながら、かがりは一旦人の多い通りを離れて小路に入った。食べたいものがあったかユウに確認する為である。
「うーん、どれもおいしそうだった! どれも食べてみたいな!」
「だよな」
「フウカにも何か買ってってあげるの?」
「そうしたいけど、食べ物は好みに合わないと悲惨だからなあ……持ち帰り不可になってる店も多いし。ちゃんとした食事は休憩時間に一緒に買いに行った方がいい。土産にするなら飲み物くらいだな」
「飲み物ってお酒?」
「さすがに午後も店があるのに飲まないぞ。酔っ払いながら接客できないだろ」
暗に、店がなければ飲んでいたかもしれないとかがりは言っていた。
真っ昼間から酒を飲む習慣はかがりに無くても、こうしたたまのイベントでなら大いに有りだと思っている。
そういえば風香は酒が飲めるのだろうか。あれだけ整った容姿なら酔った姿も絵になりそうだ。
泥酔させるのは、ボディーガードを付けておかないと危険そうだが。
「おじいちゃんのお寿司屋は出てなかったね」
「店が離れてるからな……ん? でもポスターには参加とあったような?」
かがりは、折りたたんでバッグに入れていたチラシを取り出して広げる。
やはり、がま寿司の名前は一覧に載っていた。しかし、どこにもそのスペースがない。
元々の店がある場所でやっているのだろうか。だがあそこは店の前にテーブル席を並べるにしては道幅が狭く、賑やかな通りからも外れているから、傍目には孤立した光景になってしまう。
せっかく参加していながら、それでは寂しいんじゃないか。後で風香を連れて訪ねていってみるか。
そんな事を考えていたかがりの耳に、表通りの方から威勢のいい掛け声が響いてきた。
「ソイヤァァ! ソイヤァァ! ソイヤァァ!」
「セイッ! セイッ! セイッ! セイセイセイセイッ! どいたどいたー!」
「な、なんだなんだ?」
いきなりの事態にかがりは面食らう。
神輿でも出てきたのかと思ったが、それにしては掛け声の数が足りない。
急いで通りに戻ってみて、そこで見たものにかがりは目を見開いた。
まさに今しがた話題にしていた光安と、どこから調達してきたのか謎な若い衆が、戦国武将のように「がま寿司」の旗を立てた屋根付きの屋台を引っ張って、道の中央をガラガラと移動しつつある最中だったのである。
ラーメンやおでんの屋台かと思いきや、光安なだけにそこに乗っているのは当然、寿司の具材。
嘘だろおい。かがりに浮かんだ感想はそれであった。嘘だろ。
「ちょ、ちょっと見切さん!」
「おう、かがりちゃんか! どうだよこれ、ハハハ!
草野球も見られなくてつまんなくてしょうがねえから、空き時間全部ぶっこんで準備してやったぃ。
移動式の即席寿司屋台だ。なんでも大昔の寿司屋はこうやってやってたらしいな。さすがのジジイもその時代には生きてなかったけどよ、ハッハハ!」
「昔とか今とか言ってる場合じゃなくて、これ保健所の許可とかは大丈夫なんですか!?」
「ん? まぁ何とかなっだろ、祭りなんだしよ」
駄目だった。
とにかく嗅ぎ付けられる前に撤収した方がいいと促そうとして、かがりは屋台の周りに続々と人が集まっているのに気付く。
騒ぎに寄ってきた観衆は屋台と光安を取り囲むように集まるや、様々な酒が入った使い捨てカップを手に口々に歓声をあげた。
「うおおおおおお!! 待ってましたたああああ!!」
「うちはがま寿司さんを支持するぜええ!!」
「保健所がなんぼのもんじゃい!! 食中毒が怖くて寿司が食えるかああ!!」
色めきだつギャラリー。
こいつら全員酔ってるだろとかがりは思った。やはり昼からの酒は悪だ。絶対悪だ。かがりは考えを変えた。
声援に応えて光安もますます声を張り上げる。一ヶ月以上も公園が封鎖されているせいで余程フラストレーションが溜まっていたのか、あるいはこちらも酔っ払っているのかもしれない。
「せっかくやるからには全店売り上げ一番を狙ってくからよ!
うちが優勝した暁にゃあ、三日間限定で普段は出さねえ特別な寿司を振る舞ってやらあな!
変わり寿司に飾り寿司……おおっと、見た目だけじゃぁねえ! あすこのオヤジが引退しちまってから手に入らなくなってた老舗豆腐店『なべかわ』の特・稲荷揚げを、この祭りに合わせてほんのちびっとだけ作ってもらえたんだ。あれだ、今風に言えば夢の復刻コラボってやつだ。
この機を逃したら、次に食えっのは今の店主が先代の腕に追い付く十年後二十年後だぞ!」
「あっ、物で釣るなんて汚えぞジジイ!」
「うるせえや! おめぇも若いラーメン屋ならいつ死ぬとも分からねえジジイに勝ちを譲れ!
ほらほら寄ってった寄ってった! ここで勝たなきゃ食えない、特製五色変わり種稲荷寿司! 稲荷寿司の常識を超えちまった稲荷寿司をいっぺん食ってみたくないかよぉ!」
「若さはともかくラーメン屋関係ないだろこの場合……」
巻き込まれた近くの店の店員が呆然としながら言った。言葉遣いからして結構な親しい仲のようだが、この突然の来襲には為す術がない。
これ後で大問題になるんじゃないか、蟻巣塚が揉み消してくれるのかと同じく呆然としているかがりに、ユウが鋭く呼びかける。
「かがり……」
「どうした。というか人のいる場所で喋るなよ」
「勝ちを譲ろう、おじいちゃんに」
「稲荷寿司目当てだろお前」
譲るだけじゃ駄目だ、絶対におじいちゃんが勝てるように裏工作しないと、そうださっきのチワワに依頼してライバル店を潰して、などと不毛な計画をぶつぶつと呟き始めているユウから、かがりは溜息をつきつつ目を離した。
周辺では、光安に負けじと呼び込み合戦が始まっている。
今までは比較的落ち着いた雰囲気だったのに、この活気。法的な面はともかく活性剤にはなったようだ。
それにしても、ここまで見てきたどの店も予想外に面白い。
市内で営業している店舗が出店しているぶん、お馴染みの屋台がメインの昼間原まつりとは趣きが違うが、工夫を凝らせば夏祭りと並ぶ市の名物に成長していきそうだと感じる滑り出しだった。
宣伝目的、売上目的、市を活性化させる目的。
参加する側にも様々な思惑と願いがあり、客はそれを受け止め何倍にも拡大して放出する。光安ではないが、中にはもちろん売り上げトップを取ってやるという志を抱いた店もあるだろう。
イベントは今日と明日の二日間。どこが一位になるのかはかがりには預かり知らない話だが、どこでもいいと思った。
悪い意味でのどこでもいいではない。冷めている訳でも、無関心な訳でもない。
どこが勝っても祝福できると思えるくらい、このイベントは既にとても楽しいものになっているのだ。




