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守りたいもの、守るべきもの - 4

それからはあっという間で、かがりは本当に参加している自分に幾らか呆然としながら昼間原うるおいマルシェ当日を迎えていた。

天気は快晴。開始を待つ朝の段階で、既に人の入りはまずまず。開催側としてはほっと胸を撫で下ろすスタートと言えるだろう。

締め切り当日の参加申請。販売する商品の考案。レイアウトのテスト。会計の方法。

地方の商工会が主催する二日限りの小規模なイベントとはいえ、出店する側には考えなければならない事が多い。

準備期間は一ヶ月を切っており、加えて店を長く放置してきたかがりには、この類のイベントへの参加経験がまるでない。勝手が掴めない所は風香が丁寧に教えてくれたから乗り切れたようなもので、かがり一人だったらまず間違いなく頓挫していた。

また、かがりが本業で手一杯な事情も風香は汲んでくれて、飾り付けや配置などをほとんど引き受けてくれたのも大きい。

風香とて実質二軒の店を掛け持ちしているのだから忙しさは変わらないだろうに、このバイタリティには感心させられる。


自分たちのスペースにやってきたかがりは、兎にも角にも天を衝かんばかりにはためく「きつねや」ののぼりに圧倒された。

かがりとて風香に全部投げっぱなしだった訳ではなく、仕事の合間を見て可能な限り準備には参加していたから、風香の手作りであるこののぼりに関してもデザインの段階から知ってはいたのだが、こうして青空のもと実際に掲げられた光景は、室内で見た時とまるで別物に感じる。

魂が宿ったとでもいおうか、有り体に言って恥ずかしい。


「は、派手すぎないか? 共同出店といっても、うちの店なんてオマケなのに」

「こういうのは派手なくらいでいーの。まず立ち止まってもらわなきゃ始まらないんだから」


風香はそう言ったが、やはり立派すぎるが故の場違い感が拭えない。

とはいえ今から参加を取りやめる訳にもいかず、今日明日はよろしくお願いしますと神妙に頭を下げる。

こちらこそと風香が笑った。


「アーちゃんの販売品はここにあるので揃ってるかな? 忘れ物はない?」

「大丈夫、配置も完璧です。……しかし、よくただの便箋をここまで立体的に見せられますね」


多少は人目を引きそうな物をと限られた時間で考えて、かがりが選んだのはあの同業者用の通販カタログで買った素材であった。

一言で言ってしまえば、紙である。形成すら施していない、一枚の厚い紙。

触媒の更に触媒とでもいおうか、本当に一から全て作りたい術者向きの紙で、これ単独で持っておく分には何の効果も有さない。

ただし、色と質が珍しい。

職人が漉き、外には出回らない植物から抽出した粘度のある染料に浸している為、和紙をもっと厚くしたような独特のごつごつした手触りを持ち、薄めた柚子に似た鼻に通る芳香と、桜の花弁を思わせる色が着く。およそ書き物には向いていなさそうな紙質でありながら、墨やインクの吸いも良い。

これを二十枚ばかりまとめて束ね、和綴じにして、線を引き、洒落た便箋として使えるようにしたのである。

手紙を出す機会の減ってしまった昨今、だからこそ大切な相手にこの便箋を使えば、他にはない高級感と特別感が出せるだろう。

これらもただ並べて置くだけではなく、高さを数段階に変えた台の上に配置して立体感を生み出す。更には開いたページに文章を書いたサンプルを展示し、使用した時の状態をアピール。別の一冊は、お試しで書けるように筆ペンと万年筆を添えておいた。


ちなみに便箋として使う他に、作りがしっかりしているから、このまま縦に切るだけでも洒落た栞になる。

これまた風香のアドバイスで「こんな使い方もあります」の文言を添えて、実際に栞に加工してみせたものを隣に置いた。切って上に穴を開けて短いリボンを通しただけの簡素な工作だが、紙自体の厚みのおかげで立派に見える。軽く曲げてみても皺がつく事はなく、何回か使った程度でへたる事はあるまい。


スペースの横には、得意げにユウが待機している。

真上で「きつねや」ののぼりがはためいているので、まさに名は体を表す光景となっていた。

身に纏うは、この日に合わせて新調した服と首輪とリボン。いつもなら嫌がるそれらを、ユウは誇らしげに見せびらかす。

しょっちゅうかがりに連れられて市内を散歩していたとはいえ、今回が正式に公の場デビューとあって、一週間前から犬や猫の写真集を繰り返し眺めては人間に受けそうなポーズを練習するなど張り切っていたのである。

方向性はともかく頑張る姿を毎日見ていただけに、ユウの為にもある程度は客が集まってほしいという気持ちはかがりにもあった。


「それとこれを……」


余っていた端のスペースに、かがりは首から値札を下げたフタコブペンギンラクダのぬいぐるみ達を置いた。


「それ好きなの?」


風香が真顔で聞く。


「ユウがぜひ置くべきだと言い張って聞かなかったんだ。うちで一番の売れ筋だから」

「それが売れ筋の時点で商売方針見直した方がよくないかな……」

「私もそう思う」


かがりは項垂れた。


最初から参加を表明していただけあって、風香の展示はかがりのよりも本格的だ。それほど広くないテーブル上を最大限に活用して、レイアウトを工夫している。

きつねやの商品レイアウトも便箋という地味めの商品が最大限映えるように考えられていたが、いかんせん急ごしらえの便箋と不気味なぬいぐるみと、元から商品価値の高いアンティークとでは魅せるに徹した時の地力が違っていた。

宣伝効果において、統一感が果たす役割は斯様に大きい。


『思ってたほど高くない!? 普段使いに最適なアンティーク特集!』


そんな、一見アンティークの古風で優雅なイメージからかけ離れた俗っぽいキャッチコピーに忠実に、並んでいるのは高くても3000円を超えない品ばかりである。

かがりも風香と知り合うまでは、アンティークなんて一個何万円、何十万円の世界だと頭から思い込んでいた為、初めて知った時には驚いたものだった。現代で作られている品とさして変わらないばかりか、それらより安い物も珍しくない。

風香曰く、ひと口にアンティークといっても製造された時期、数、地域、種類によって、とてもではないが一括りにはまとめられない程の幅があるらしい。

今回はあくまで、アンティークイコール全部高いという先入観を払拭して、入口に立ってもらう為の出店である。先程のきつねやののぼりではないが、まずは興味を持ってもらわなければ何も始まらないという訳だ。


「あとこれね。今日の為にいっぱい作ってきたの!」

「待たんか」


アンティークの隣の空きスペースに、ハンドメイドかがりオブジェをいそいそと並べ始める風香。

明確に見えていた筈の販売プランがここにきて急速に崩壊している。


「貝殻のは売らない方がいいってアーちゃんが言ってたから、こっちにしたんだ」

「しなくていい。というか本人に無断でこういうの作って売るのはどうなんです。肖像権とかあるでしょう」

「うーん、言われなきゃ全然アーちゃんだって分からないから問題ないかなって思って。正直言われても分かんないし」

「尚更なぜ作った」


あの謎生物の省略版に跨ったかがりの省略版が量産されてテーブル上で群れを成しているのは、なかなか視覚と精神にくる眺めであった。

しかも無駄に凝っていて、以前かがりがプレゼントされた物とは一体一体微妙に表情やポーズが異なっている。商品名は「ミステリアスオブジェK」となっていた。全然本人に見えないというならまずそのKを消してほしい。


「ほら……ここをこう並べて、Kとフタコブペンギンラクダで便箋を挟んだら流れが生まれて良くない?」

「間に挟まれる便箋が哀れで仕方ないですよ私は」



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