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守りたいもの、守るべきもの - 2

翌朝、かがりの帰宅を待って、ユウは意気揚々と昨晩発掘したチラシを見せた。

ところが、かがりはユウの期待に反して気のない反応を示す。


「ああ、そういえば知らせだけは来てたっけな……」


知らない間に紛失していた、だいぶ前に貰って一度目を通したきりだったチラシの記憶を振り返る。そうだそうだ、そういえば確かにこんなものを渡されていた、と。

チラシに記されているのは、昼間原市の商工会が新しく主催するイベントの要項と、参加の誘いである。公園の異変の時に舞が出任せで口にしていたような企画は、市の主催でこそないものの実際に動いてもいたのだ。

その名も「第一回 昼間原うるおいマルシェ」

マルシェという街並みかと、市民として思わず問い詰めたくなる。


「ご多分に漏れず、昼間原も個人商店が大繁盛しているとは言い難い有様だからな。地方都市の宿命とはいえ、商いをしてる側からすればなんとか活性化させたい訳だ」


そこで思っているだけで行動しない団体と、する団体とに分かれる。昼間原市は後者を選んだ。

正直なところ、立て続けの異変が起きている現在、かがりとしては人が一箇所に大勢集まるイベントには不安を覚える。

だが最初の異変が起きるよりも前から企画が動いていた為、今更中止にもできなかった。市側から通達してもらおうにも、中止もしくは延期させるだけの理由がない。

こうなると、かがりとしてはイベント自体に気乗りがしないのは当たり前といえる。

しかしユウにしてみれば、紛失した大切なチラシを発見したのだから、喜んでかがりは参加を決める筈だ、とこうなる。最近きつねやの改装に力を入れていたのも、この思い込みを助長した。


「これね、やるのがだいたい……一ヶ月後で、受付締め切りが明日の午前中までだよ! 急がなきゃ間に合わないよ!」

「ああ、別にいいんだ。うちは参加しないから」

「しないの!? なんで!?」

「なんでって、間に合わないからだよ」


至極当然だとばかりに、かがりは答えた。

まだ一ヶ月、されど一ヶ月。しかも正確には30日を少し切っている。

いくら締め切りが明日までといっても、それは前もって参加を決めてコツコツ準備してきた店ならの話で、全く何もしていない状態から始めるとなると、一ヶ月間ほぼそれに掛かり切りになってしまう。

いつまた異変と直面してもいいよう常に備えなければならない現在、そんな事に割いている時間と労力はない。


説明されればもっともな理由である。

とはいえすっかり盛り上がって参加する気になっていたユウにしてみれば、急に梯子を外された形になってしまった。


「今はどうやって市民を守るかでいっぱいいっぱいなんだ、私は。そんな状態で参加ルールを頭に入れて、一から何を出すか考えて準備をして……なんてとてもじゃないけど無理だよ。参加は諦めて、当日見物に行くぐらいで我慢してくれ」

「うーん、そう言われちゃうとしょうがないのかなあ……」


きつねやとして、表舞台に出ていく。

やってみたいが、かがりの置かれている状況も分かっているだけに、ユウも強くは出られなかった。


「それに、参加するとなると費用もかかるだろうしな。消えた分を上回る利益がうちに出せるとは思えん。当面なるべく出費は抑えたい」

「……それって、あのおフダのせい? すごい高いって言ってたやつ」

「……そうだよ」

「もしかして、かがりが最近おかずを一皿減らしてるのって」

「言うな、節約って指摘されるとちょっと悲しい気持ちになるんだ」


先日の一戦で使ってしまった符の事を、今まさに死にゆく戦友を見送るような気持ちでかがりは懐かしんだ。

効果としては申し分なかった。三人と一匹分の、いやさそれ以上の昼間原市民の命の値段としては安すぎるくらいである。

しかしそうした付加価値は別として、この先も毎回あれを使い捨てざるを得ないとなると、市の雇われであるかがりの財力ではきつい。昼間原八岩はその名の通り合計八個だが、誰も八戦で終わるという保証はしてくれないのだ。

あの後で事情を知った蟻巣塚はまず絶句し、それから苦笑いし、経費で落ちるように計らってみると言ってくれたものの、正式に話が通るのはいつになるやら。羽が生えて飛んでいった札束は、その間戻ってきてくれない。


「今回の仕事で少しは取り戻せたから、しみったれた話はここまでにして朝飯にしよう。ほら、クラブハウスサンドイッチだ。お前の分もある」

「言ってるそばからお金使っちゃっていいの?」

「こういう景気付けまでケチり出すと心が貧しくなるぞ。

それに徹夜明けで今から作る気にもならん」


ぶり返した眠気に大欠伸をしながら言うかがりに、ユウも納得した。

砂糖とレモンたっぷりの紅茶を淹れ、朝のニュース番組を見ながら買ってきたサンドイッチを食べていると、店の戸を叩く音がする。


「ごめんくださーい」

「あっ、フウカの声だ」


パンを飲み込みつつ覗いてみれば、鍵のかかったガラス戸の向こう側で風香が手を振っていた。

大切そうに抱えてきた菓子箱の中には、あの貝殻細工が美しく整列している。今日は営業日であるにも関わらず、急ぎだと判断して自分の店を開ける前に持ってきてくれたらしい。


「頼まれてたの、できたよ。

材料が足りなくて、あんまり数は揃えられなかったけど」

「すみませんお手数かけて」

「いいのいいの。あ、でも作ってほしいって言われたのはちょっと意外だったな。ほら、アーちゃんあんまり好意的な反応じゃなかったじゃない? これに」

「そうですね……ただ品質は最高ですから、やはりいろいろ考えて手元に置いておきたいと思いまして」


騎兵との戦いでも素晴らしい効果を発揮してくれた貝殻の呪具は、風香に面倒をかける心苦しさを差し引いても入手する価値がある。

高品質な触媒は極めて高価なだけでなく、生産数が限られている為、同業者と奪い合いになる事態を回避でき、かつある程度まとまった数を仕入れられるというメリットも大きかった。

背に腹は代えられない、というやつである。


「では、こちら代金になります」

「はい、確かに受け取りました」

「……あまりたくさん払えなくて申し訳ない。

正式な販売ルートに乗せれば、もっともっと高値がつくんですよ。こういう言い方をすると、手に入れやすくする為にあえて正規販売できないよう妨害してるみたいで、自分でも嫌になるのですが」

「でも、そっちに行くとゴタゴタに巻き込まれるのは本当なんでしょ?

アーちゃんそういう嘘をつくタイプの人じゃないし。

空き時間で作った品が人の役に立って、しかも結構利益になるのはじゅーぶん嬉しいよ」

「すっごい効いてたもんね、フウカの作ったやつ」

「そうなんだぁ。いつの間にそんなにいっぱい使ってたの?」

「……試し打ちを兼ねて、日頃の巡回でちょくちょくと」


かがりは言葉を濁した。

騎兵を目撃した市民から何故かその記憶が消えてしまっている事は、蟻巣塚から聞かされている。同じく忘れているのか、それとも最初から知らなかったのかまでは突き止められなかったが、風香も例外ではなかった。

よって、騎兵との戦いで貝殻を使用した事は伏せておくしかない。

風香はかがりの仕事内容に詳しい訳ではなく、目の前で一度害虫駆除めいた使い方をされてもいるので、普段使い用にしたという説明に疑問は抱かなかったようだ。


「あっ、そのチラシ!」


話が途切れたところで、床に広げたままになっていたチラシに風香が目を留める。特大フォントをふんだんに使用した、そのままポスターに使えそうなデザインをしている為、離れていても注意を引きやすい。

反応からすると、風香は既に参加を決めているらしかった。


「きつねやも参加するんだね、楽しみ!

……あれっ、でもこないだ届いた参加予定店には名前載ってなかったような? 申し込み、早くしないと間に合わなくなっちゃうよ?」

「いえ、うちは参加しません。さっきユウともその話をしてました」

「そうそう。残念だけど、今は仕事が忙しくて余裕がないから無理なんだって」


ユウの説明に加えて、異変への対応で手一杯な現状、今から参加準備をするのは困難だという補足をかがりは行った。

しかし話を聞いた風香は、それならとばかりに新たな提案をしてくる。


「本業が大変な状況で、あんまり準備に時間が割けないから出られないって事ね? だったらわたしのお店と合同で出るって方法もあるよ」


あっ、と虚を突かれたようにかがりが目を丸くする。合同?と首を捻るユウ。

慌ててチラシを拾い上げると、参加店舗募集の項目に確かにそうした記載があった。


今回のイベントの参加方法には二つある。

ひとつは店舗単独での参加。これはイベント会場である大通りへスペースを借りて出店を行うものである。客を集めやすく宣伝効果も高いが、そのぶん準備は大掛かりになってしまう。手間暇をかけるだけの見返りが、今のきつねやにあるとは思えない。

いくらイベントの熱気に当てられていても、何屋なのかすら分からないコンセプト不明な店の品揃えに関心を示す客は少ないからだ。


ところが、ここにもうひとつの参加方法が存在する。

他店と共同で出店する、というやり方だ。一店舗用に割り当てられたスペースを、二店が共通で使う。

これなら既に風香が準備を進めているので、かがりは参加申請をして売り物を揃えればいい。一気に手間が省け、今からでも充分余裕を持って間に合う。打ち合わせなどを考えたら全くのゼロとはいかなくとも、一から支度するのに比べてかかる労力は雲泥の差である。


しかしそれでは、とかがりは思う。

前々から計画して準備をしていた風香に乗じて、旨味だけを横から掻っ攫っていく形になってしまうのではないか。

そんなかがりの憂慮を、風香は気楽そうに笑い飛ばしてみせた。


「横から乗っかられるのが嫌なら、最初から合同でやろうなんて言わないよ」

「それはそうかもしれませんが……うちはこういうのに出た事がありませんから、本当におんぶにだっこになりかねません。参加するからには合同だろうと何だろうと、しっかり規則を読み込んで準備するのが筋でしょう? でも、今はそういう事に傾けるだけの精神的余裕がないのです」

「慣れてないのはわたしも同じだよー。

っていうか一回目のイベントなんだから、お祭りで露店出してるとこ以外はほとんど初心者なんじゃない? 申し込み後に送られてきた用紙見たら、規則だって難しい事は書いてなかったよ。何をやるか決めてねとか、そんな感じ。店舗スペースの設置は係員さんが手伝ってくれるみたいだし」


それにね、と思いのほか真面目な顔で風香が言う。


「しっかり準備して参加するだけの心の余裕がないなら、なおさら相乗りして楽しい所だけ持ってってほしいな。アーちゃんがやってるお仕事の詳しい事は分からないけど、命がけだってのはわたし自身体験したから知ってる。張り詰めてる時こそ気分転換は大切だよ」

「そうだよかがり! フウカもこう言ってくれてるんだし出ようよ!」

「う、うーん……商工会なんて会費払って放置する場だと思ってきたから、今更ノコノコ参加しますというのも図々しいんじゃないかな……」

「考えすぎ考えすぎ! 若い子が参加すればおじいちゃん達だって喜ぶってば絶対。ゴーだよゴー」

「ゴーだって、かがり」


ここぞとばかりに押してくるふたりに、かがりは閉口した。

しかし風香の勧めてくる通り、アンティークス薫風ときつねやとの合同にしてしまえば、参加しない理由の大半を占めていた、準備をする時間も余裕もないという問題が一発で解決してしまうのである。少なくとも、かかる手間はぐっと減る。その程度なら今のかがりでも時間を割けるだろう。

この頃追い詰められるばかりで、心の余裕をなくしていたのも事実だ。

だがしかし、大半を人任せといういい加減な姿勢で参加するのはどうなのか、という引っ掛かりも消しきれない。ユウはその辺りについては深く考えていないようで、厚意は厚意として素直に受け止め、すっかり参加する気になっている。

腕組みをしてうんうん唸り続けているかがりに、苦労人タイプだよねと苦笑すると、風香は帰っていった。

参加するにせよしないにせよ、期限は明日まで。悩んでいられる時間は、そう長くはない。



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