守りたいもの、守るべきもの - 1
あふ、とつい漏れかける欠伸を我慢する。
ひとりきりの家というのは退屈で仕方ない。押し寄せる睡魔に身を任せたが最後、あんなにあった筈のやる気は出だしで挫け、無為にだらけるだけの時間を延々と引きずる羽目になる。
ましてや、この退屈は今夜一晩続くのだ。開始早々に飽きを表に出してしまっては、残り12時間余りを乗り切れない。
今、きつねやに残っているのはユウのみである。
かがりは泊まりがけで市内の仕事に出向いており、帰ってくるのはどんなに早くても明日の朝になる。
きつねやに住み着いてからというもの、ユウはちょくちょく単独で留守番を任されているが、丸々一晩というのは無かった。時間で言えば、最近の図書館ごもりをしていた時よりも長い。
いつ敵が現れるか読めない現状で、かがりとユウが長時間離れるのは好ましくないにも関わらず、こうなっているのには事情があった。
今回かがりが引き受けたのは、市とは無関係な個別の仕事――要は風香の時のような、個人宅で発生した妖絡みの依頼なのである。依頼主の話によれば異変は夜中に集中して発生しているらしく、是が非でも泊まりがけでお願いしたいと頭を下げられてしまった。
真夜中に解決しましたさようならでは不安だから、せめて明るくなるまでは滞在していてほしいと思うのは無理もない。怪奇現象に悩まされるあまり不眠に陥ったり、一晩中明かりとテレビをつけっぱなしにする生活を続けていたり、気味悪がって家そのものに入れなくなっているといった実情を聞かされては、かがりとしても無下に断る訳にはいかなかった。
一応、何かあれば市の中心部まで迅速に駆けつけられる範囲であり、念の為に蟻巣塚と舞に行き先も伝えてある。
さて、そうなるとここで新たな問題が生じる。
ユウの存在である。
かがりの本業は、極秘というには程遠いものの表向きは隠している。
人の口に戸は立てられない以上、こうして新しく知る市民が少しずつ増えていくのはやむを得ないにせよ、それで食っている訳でもないのだから、裏で祓い屋をしている話が大々的に広まるのを自ら後押しするのは避けたい。
お祓いを頼んだ霊能者がアシスタントの狐を連れてきたなどという格好の絵面を提供して、噂に爆発力を付けてやる気はさらさら無かった。
それ故の留守番である。
悪いが頼むと言ってきたかがりに、ユウは一瞬黙り込み、それから言い難そうに呟いた。
「かがりと離れていると落ち着かない」
と。
てっきり置いてきぼりの不満を訴えられると思っていたせいで面食らうかがりに、ユウは続けて言う。
最近留守番をする機会が増えて、そのたびにモヤモヤするものがあった。
最初は自分だけ置いていかれるのが不満なのか、あるいはつまらないのだろうと考えていたが、どうも違う気がしてきた。正しく当てはまりそうな言葉を自分なりに探した結果出てきたのが「落ち着かない」なのだと。
一度は「寂しい」かもしれないとも思ったのだが、やはり「落ち着かない」の方が表現としてしっくりくる。
ひと通りユウの話を聞き終えたかがりは、考え込む表情を崩さないまま言った。
そう感じるのは、蛇を介して自分と結びついている影響の可能性が高いと。
今のユウは、いわば強制的にかがりに従属させられているも同じだ。だからこそ妖の魂が、人よりずっと魂に依って生きる妖の肉体が、主たるかがりの傍らに在る事を求める。
それは、そうしたい願望というよりも、そうしなければ己が危ういという危機感に近い。
逃亡や造反を企てている訳ではないから死に直結するような事こそないが、離れていると落ち着かないというユウの訴えは、人のそれよりも遥かに切実な衝動なのである。
人間と妖怪の主従契約が妖怪側にもたらす作用、それが生む確執の恐ろしさを学んでいるかがりは迷ったが、我慢できない程ではないとユウが言ったので、結局は当初の予定通りに一人で仕事先へ向かった。
人間に従っている妖怪はみんなこんな感じなのかなあと、確かめようもない疑問をひとり残された家でユウは思う。
やっぱり、我儘を言えば良かっただろうか。
今となっては間に合わない僅かな後悔を胸に、少しでも気持ちを紛らわそうと、ユウは今日も自習に取り組む。
相変わらず全然形にならない変身の練習を行った後、毛が飛ぶので普段はあまり入らないようにしている台所を調べてみる事にした。調理器具は人の生活において最も身近にあるものの為、咄嗟の比喩に持ち出された時でも形状や大きさの把握、イメージがしやすい。
もっとも、前回は折角の反復学習もそこまで役立つ機会に恵まれなかったが――。
「そういえばアイツ、なんで俺とかがり達で同じ姿に見えたんだろ? かがりも気にしてたけど……ん? あれっ?」
定規を咥えて測れそうなものを探していたユウは、ガス台と壁の隙間に大きな紙が埃を被って落ちているのに気付いた。
首を傾げながら、定規と前肢を使って引きずり出す。
茶色い染みが所々に滲んだそれを床に広げてみれば、どうやらチラシのようであった。
たまたま隙間に落ちて、そのままになっていたのだろうか。そんな事を思いながら書かれている文字を読み、ユウは目を丸くした。




