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昼間原狂騒・二岩 - 21

「う゛ぇえ゛え゛え゛え゛ええええんん……」


明けて翌日。蟻巣塚が普段よりも一時間早く入った市長室には、舞の情けない号泣が響いていた。

この時間なら誰かに聞かれる心配はまず無い。まず無いが、鬱陶しいものは鬱陶しい。

泣いている理由は尋ねるまでもなかった。

前回に引き続き、またしても自身の攻撃が一切通じなかった為に激しく落ち込んでいるのである。

騎馬武者に関する市民の記憶が本当に消えているかの調査の手配、及びその他の被害状況の確認等々に心底うんざりしていた事もあって、同情する元気もない。いい加減机の下から出ろと、厳つい顔を苦々しく歪める蟻巣塚の前には、風香が作った貝殻の呪具が置かれている。

先の戦闘で、舞が使い切れなかった残りだ。


たいした出来栄えだと、珍しく素直に蟻巣塚は感心していた。

一定水準以上の品を安定供給できるからこそのプロであり、図抜けて優れた品を生み出す地盤を有するからこその名家である。故にこんな事は滅多にあるものではなく、これを以てして「在野にはまだまだ優れた者が潜んでいるのだ、皆々奢らず精進を」などと、したり顔で語ってプロの価値を下に見る気には全くならないものの、たまにこうしてやらかす素人は恐ろしくなる。

なるべくなら、こういう例外にはぶつからない方が安全に過ごせるのだ。今回は良い働きをしてくれたみたいだが。


(いい働き、ねえ)


思考が一旦そこで止まる。


(そう、いい働きをしすぎた――1人限定で)


違和感に囚われたまま、蟻巣塚は貝殻を指先で捻り回し、また机に置く。

その後で、机の下から聞こえてくる泣き声というか鳴き声に対してやっと声をかけた。表情は億劫そうだが、声音から緩みは消えている。それは他者を慰める口調ともどこか違っていた。


「霜走くん、これ霜走くんや」

「ヴォエエエエ、ヴォエエエエエエィ……」

「若い女が出す泣き声じゃないだろそれ。市長が部屋で豚殺して生姜焼き作ってるって噂が立つからやめて。

とにかくね、また敵性体を倒せなくて落ち込んでるようだけど、あなたとフッチーの攻撃の威力にそこまで差があったとは思えない。というか、技量でははっきりあなたの方が上だとオレは思っている」

「ぐすっ、主殿……お慰めくださるのは嬉しいですが、自分など所詮ビルの壁を垂直走りして場を引っ掻き回すのが関の山の未熟者。二戦していまだ一撃すら満足に届かないとは、もはや素っ首掻っ捌いてこの恥を」

「いいから死ぬ前に聞きなさいよ。

実力はあなたの方が上。まして今回は弱点だの真の姿がどうのの話でもない。前回と違って、オレとあなたとフッチーと狐くんに見えた敵の姿が同じなら、攻撃した箇所まで同じなんだからね。

よって、弱点に命中しなかったので効かなかったっていう前回の理屈は通らない。

いや、攻撃箇所の違いによるダメージの差というなら、そもそも前回からちと妙だった。

あなた、敵の全身を巻き込む忍術使ったんでしょ? それも完璧に足止めされてる絶好の好機で。だったら一点突破と全体攻撃で、そこまで大きな差が出るとは考えづらい。出るにしても無傷ってのは絶対おかしい。

これがとんでもなくバカ強い妖怪相手なら、弱点とそれ以外で100と0ぐらい違いが出るのかもしれないけどさ、言い方は悪いがフッチー程度の平凡な使い手の攻撃で死んじまう奴だぜ? 総合力はたいした事ないんだよ絶対」


一休みを入れて、蟻巣塚はまたも貝殻を手に取って眺めた。

見れば見る程つくづく見事な完成度だ。この事件に絡んでいるものの中では、人間含めて一番等級が上かもしれない。


「しかも、今回はあなたとフッチーで同じ触媒を使ってる。

なら尚の事、力の種類こそ異なれ通り方に大差が出るわきゃない。

同じ道を同じ通り方したのに、一方だけが極端に弱まるなんてあるもんかね? 片っぽは舗装された快適な道路で、片っぽは足を取られる沼地だったってのならまだしもよ。むしろ条件が同じなら、実力が上のあなたの方が高い効果を発揮できて然るべきだろ」

「……まあ……それは、若干不可解だと認めるにやぶさかではないですよ。

硬い鎧は斬るより殴れ、もしくは燃やすか薬を使えと言うように、相性によって効きやすい効きにくいはあります。しかしながらそれを加味してもまるで無効というのは、敵性体ノヅチ及び敵性体・名称未定氏が妖怪だったにせよ幻術だったにせよ妙です」


泣き腫らして赤くなった目をこすりこすり、ようやく舞が机の下から這い出してくる。あのラクダペンギンとやらのぬいぐるみと一緒に。どうやら抱いて泣いていたらしい。第三者に見られたら完全に誤解される光景である。

誰か来たら即殺して燃やそう、ついでにこのぬいぐるみも燃やそうと検討しながら、蟻巣塚は思考の海に沈んだ。


(オレの攻撃もさして効いちゃいなかった……それはオレが未熟だったって事でまぁいい。あんなに走り回ってたのが、一回こっちを見付けて突撃してきてからは逃げもせず留まってたのは何故だ? 明らかに素人じゃない連中を見付けたから殺そうとしたのか?)


そしてそれを言うなら、逆に明らかな素人を殺さなかった理由は何だ。

あの騎兵は、それなりの時間、自由に街中を駆け回っていながら、その間誰にも危害を加えなかった。目下調査中だが、馬との事故で死人が出た、負傷したという情報も警察に寄せられていない。数件あるのはどれも、身元のはっきりしている小さな交通事故だけだ。

舞が頑張ったのを差し引いても、攻撃する機会なら幾らでもありながら、市民には手を出さなかった。なのに、蟻巣塚たちが追いついた途端、目の色を変えて突っ込んできたのである。


何だろう、何かがおかしい。

てんでバラバラのようで、全ての事象が一箇所に向かって落下していっているかのような。

首筋を湿った雑巾で撫でられるのに近い不快感に、絶えず襲われている。


蟻巣塚は机引き出しの鍵を開け、中にあったかがりの報告書を手に取った。かがりの退任後は図書館の館長に預ける予定の物だ。

この事件が起きるまでのペラペラの薄さだった報告書とは別物と呼べる程、日々の業務の詳細が記されたそれ。

妖の発生時間、場所、個体数、形態含む特徴。捕獲した罠の種類。そして第一の異変の始まり。

既に二度読み返している報告書を、もう一度最初から一枚一枚捲っていく。

その手がたびたび先頭のページに戻っている事に、舞は注意を引かれた。


「何か……お考えでも? 主殿」


蟻巣塚は答えなかった。

不機嫌そうに唇を引き結び、ページを捲っては戻る往復を続ける。

無視されているのではないと直感した舞は、立ち去らずその場で待ち続けた。

暫くして、ページを繰る手が止まった。

舞を見ないまま蟻巣塚が口を開く。問い掛けに答えたというよりは、自身に言い聞かせるように。


「新しく応援を呼ぶ。今話をつけてる最中だった所とは中止だ」

「――え、ええええええっ!? そんなナンデ、もう日程決める段階まで行きそうなんですよ!? 断ったら向こうのメンツが!

それに、役場絡みの除霊の仕事なんて嫌がる人がとてもとても多いのです! 安いしうるさいし面倒だし! 有名所で引き受けてくれそうな家をやっと見付けたのに、今更要らないなんて言ったら二度とそこには頼めなくなるでしょうし、他所様にも今後迷惑が」

「うるさい黙らっしゃい。謝罪は全部オレがやる。それより急いでこっちと話をつけるぞ」


蟻巣塚が口にした名前を聞いて、舞はまたしても驚いた。

そこは極めて特殊な家風を持つ事で知られていて、言うなれば攻撃特化といえる連中である。

一口に妖退治の専門家といっても分野は様々で、一般人がお祓いなんてどれも一緒でしょと思っている以上に細分化されている。

手法が違っていても同じ結果を出せるなら確かに「どれも一緒」なのだが、今回求められているのは敵の迎撃よりも、むしろ呪いの沈静化と幻術の出処の突き止めだ。それが出来ていないから次々現れる敵と戦わねばならない羽目に陥っているのであって、根本的な解決をしたいなら鎮魂や解呪や破約や遠視などを得意とする者を探すべきである。


つまり、現在の昼間原市が必要としている能力と噛み合わないのだ。

そこにいる敵をただ殺すだけなら申し分ない者達だが、極論それしかできない。非常に強い蟻巣塚や舞やかがりをもう一人増やすようなものである。

それでは解決に繋がらないからこそ、その道で評判の高い家と交渉をしていたというのに、白紙にすると蟻巣塚は言う。

しかもここは極めつけで、来てくれと頼んだら修行中だからヒマラヤから戻る三月先まで無理と断ってきかねないような連中である。各自が己を磨きに磨いて戦う為の強さだけを追求し、その強さを発揮する相手がいるのかという問題はとことん無視という、まるで時代にそぐわない、ある意味では舞の家系と気が合いそうな精神的支柱の上に成り立っている集団だった。


評して人は呼ぶ。

戦闘民族カタン。壊し屋カタン、と。


正気を疑う目を向けてくる舞を相変わらず見ないまま、蟻巣塚は呟く。


「試してみたい事がある」


そこには一刻も早く助っ人を呼ばなければという義務感に加えて、何か他の思惑が紛れているように感じられた。



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