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昼間原狂騒・二岩 - 19

「……倒し、ましたか……主殿?」

「速攻だったな。10分もかかってねえ」


荒い息を吐きながら、妥当な時間だと蟻巣塚は思った。試合ならまだしも、人間はそんなに長時間殺し合っていられないのだ。

今度も無事に敵は始末できた。全員大怪我もなく生きているのもめでたい。

しかし、本当の意味で大変なのはこれからである。

ここまで広範囲で目撃された現象を、完全になかった事にするのは難しい。ある程度は妥協せざるを得まい。付近住民は問答無用として、目撃者全員の正確な割り出し。市内における損壊箇所の調査。補修工事の手配。考えるだけで頭痛と胃痛がしてきた。

静観を貫いてきた連中も、今回ばかりは市として大々的に動く事に反対しなくなるだろうが、見返りとしては割に合わなすぎる。

差し当たってこの場に集まった野次馬にどう説明したものか悩みながら、疲労困憊しているかがりの肩をぽんと叩いて横をすり抜け、県道へと出た蟻巣塚は、だがそこで新たな驚愕を味わう事となった。


野次馬がいない。

皆、何事も無かったかのように歩いている。

まだ近くに立っている市民も何人かいたが、信号待ちをしているか、店先を覗いているか、携帯電話を覗き込んでいるかで、誰も蟻巣塚のいる方など見ておらず、馬だの侍だのの話をしている者もいない。脇道の前を通り過ぎる際に、蟻巣塚の声によって抉られたアスファルトに気付いた者が、あれっという顔をするだけだ。

無論、最初に使った集団催眠の効果はとうに切れている。

車道側も同じだ。いつの間にか渋滞は消え、停車している車は一台もない。


蟻巣塚は、一番近くにある青果店の店主に尋ねてみた。

さっきの騒ぎはもう気にしていないのか。馬がどこへ行ったか気にならないのか。すごい煙だったが、火事の心配はしていないのかと。


「はぁ? 騒ぎって……なんにも起きてないと思うけど……馬? 馬なんて見てないよお、街を馬が走ってる訳ないでしょ。火事ってこの近くであったの? あれ、それよりあんた市長さんじゃない?」


腹の出た老人だが、受け答えはしっかりしている。

蟻巣塚は適当に会話を流して、その場を離れた。

他にも近場の数名を捕まえて聞いてみたが、結果はいずれも同じ。

あんなにも派手な追跡劇を、昼の市内を馬に乗った鎧武者が駆け回るという珍事を、誰も彼もが口を揃えて知らないと言う。

前の二回は一定範囲内で発生した幻だったから、巻き込まれなかった人間が何も知らないのは当たり前だった。だがこれは、実際に起きて、その目で見、騒いだ事まで含めて忘れてしまっているのだ。あたかも、記憶という現実が幻にすり替わって消えてしまったかのように――。


「こんな大規模な一斉記憶消去なんて無理だぞ。なんなんだよこれは」


途方に暮れたように蟻巣塚が呟いた。



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