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昼間原狂騒・二岩 - 17

ユウと共に、かがりは市内を駆けていた。

車なりバイクなりの免許があればと痛感するが、無いものを嘆いても意味がない。

逐一入ってくる連絡を頼りに、蟻巣塚から指定された場所へ向かう。

しかし、そこに彼の姿はなかった。

かがり達が到着するのとほぼ同時に電話が鳴り、新たな報告が入る。


「また大きく移動した。今追ってる。

霜走くんが回り込んで経路塞ごうとしてくれてるが、どこまで粘れるもんか……」


かがりは手短に返事をし、指示された場所を目指す。

こちらは徒歩、相手は馬だ。当然ながら完全に翻弄されている。最も敏捷な舞でさえ影に食らい付くのがやっとでは、彼女が振り切られたらもう追跡は不可能になるだろう。

走り出して間もなく、また電話が鳴った。立ち止まって出る時間すら惜しい。耳に掛ける無線が欲しくなる。

リードを外されて自由の身になったユウは、かがりから付かず離れずの位置を駆けていた。腐っても野生の獣なだけあって、単純な走る速さはかがりよりも上である。


市内を走り抜ける最中、所々でざわつく市民を目にする。

数人が一塊になって立ち止まっている光景など、普段まず発生しないというのに。

敵性体ノヅチと同じく今回の敵も見えてしまっているのかと、かがりの焦りは深まる。

ただし、車道側には目立った異常はない。

交通規制を敷くのが間に合っていないのもあり、至って正常に運行が為されている。蹴り飛ばされた乗用車がひっくり返っている事もなく、大混乱という程の状況には陥っていない。

意外なようで、考えてみれば当たり前の話だった。

逃げたのは騎兵つまり馬が一頭で、騎馬隊が押し寄せて道を占拠している訳ではない。だから遭遇する回数自体が限られている。そして道路を馬に乗った武将が駆け回っている程度なら――そう、その程度なら、人々はまず驚き、隣に人がいればとりあえず一緒に騒ぎ、間に合いそうなら写真や動画を撮り、走り去っていく騎兵を見送る。


そう、見送るだけだ。


いかに予想外のハプニングであれ、人には各々の予定がある。

それを崩してまで、野次馬根性を優先させて馬を追い掛けていく者はほとんどいないのである。

現代社会においては、馬と侍が道を走っていた程度では、パニックにまではならない。せいぜい写真や動画を他人に見せて自慢したり、その日のニュースで報じられれば、これ見たよと少し得意気に喋って終わりである。

現代人の忙しさと無関心ぶりが、ギリギリでかがり達に街中で騎兵を追跡する余裕を許してくれていたのだ。


とはいえ、紙一重な状況であるのに変わりはない。そして極めて危険だ。

馬に乗った武将が車に混ざって道路を走っているだけなら、驚いて騒いでそれで終わりにする現代人も、その武将が無差別に人を攻撃してきたなら話はまるで違ってくる。

犠牲者が出る前に始末するか、少なくとも街中から追い出して、人家の少ない川や山側に誘い込まねば。


純粋に戦う事だけを考えれば、管理の行き届いた街中というのは、足場が不安定な山や川より人間にとってずっと動きやすい。

が、動きやすいという事と、仕事がしやすいという事とは別である。

妖怪とは無縁の人間が大勢行き交う昼の市内で、御札を飛ばしたり刀で切りかかったり爆発を起こす訳にはいかないのだ。この街の住民である蟻巣塚とかがりと舞にとっては、今後の生活にも影響してくる。

これに関しては昔から常に付き纏ってきた問題なだけに、催眠術を用いて目撃者の記憶を弄るといった対処法が幾つか考案されている。

しかし、かかる手間と費用を考えたら、真っ昼間の市内で大立ち回りを演じるなど正気の沙汰ではなかった。その狂気に踏み込まなければ収集がつかない段階にまで、事態は悪化しつつある。


「市長!」

「おう、来たか!」


合流するや、敵はと聞くかがり。まだ市内にいると告げる蟻巣塚。

最初に連絡があってから三十分は経過している事を考えると、とうに市外へ脱していてもおかしくなかった。なのに、まだ留まっているという。舞が懸命に逃げ道を塞いでいるのか、あるいは昼間原の外へは出られないのか。


「バラバラに探す? それとも固まる?

こっちだって闇雲に追いかけっこしてるだけじゃない。既に通った道には符を貼り付けてきてる。そうやって徐々に徐々に外周を狭めていこうって寸法だ。追い込み漁だな。ははははは、このくっそ広い市内で、たった二人で、徒歩で行ける範囲内で、量産品の安い符使ってだけどな!」


やけくそ気味に蟻巣塚が言った。

問う彼自身、どちらが最善か迷っているようである。

索敵の人員を増やしたいなら、ばらけた方がいい。

しかし敵を見付けても、互いに離れすぎていて駆け付けるのに時間がかかれば再び逃げられる。最悪殺される。

何をするにも圧倒的に手数が足りていなかった。

数秒ほど考え、まとまって動こうとかがりは答える。舞はともかく、この二人が単独行動を選ぶメリットは薄い。


「あっちだ、行くぞ」

「はい!」


かがりとユウと蟻巣塚は走った。

切羽詰まった表情で歩道を駆けてくる大人二人と、その後について走る狐にぎょっとした目を向ける通行人もいたが、誰しもおかしな連中には関わりたくない心理から、急ぐ事情があるのだろうと勝手に納得してくれる。片方が昼間原市長だと気付いた者がいたとしても、わざわざ呼び止めるには至らない。


「ハァ、何? 馬を見たって問い合わせが警察に? 鋭意調査中ですとでも言わせとけ! んな事よりうぉい、ここからはどっちだ? おい、おい霜走――」


途中、蟻巣塚が何度も携帯に呼びかけている。

追跡中なのか危険な目に遭っているのか、舞からの応答が途切れた。

この間にかがりは立ち止まり、乱れた呼吸を整える。束の間体を休めながら、周囲に忙しく視線を動かす。

同じくやや息のあがっているユウが、かがりの足元で囁く。


「かがり平気? 俺周り見てるから座ってもいいよ。ちょっと休みなよ」

「いや、まだ大丈夫だ。クソ、いっそ逃げ回るより向かってきてくれればな……」

「え……襲ってきたのをやっつけるって事?」

「そうだ。この調子で逃げ続けられたら打つ手がない。しかもあっちは何時間走り回ってもたぶん疲れないから、疲労で休息した隙をつく手も使えない。追いかけっこが長引けば長引く程こっちがバテるばかりだ」


人間の足では馬の脚力に追い付けない。加えてスタミナも無尽蔵ときては。

体格故に狭い小路に入り込めはしなくとも、大通りを縦横無尽に駆け回られるだけで、かがり達はおいそれと手出しが出来なくなる。

最悪なのは日中故の人目の多さだ。目撃される云々以前に、妖が市民に危害を加えようとすれば、倒すのを放棄してでもまず救助にいかなければならない。討伐のみを目的に雇われた、周辺被害を問わない仕事とは違うのだ。

蟻巣塚もかがりも舞も、昼間原市民を守るという大原則、大前提の上に今の職に就いている。よって仮に一人巻き添えにすれば確実に殺せる状況であったとしても、その一人の為に攻撃を放棄しなければならない。放棄した結果より多くの死者を出す事になろうとも、引き金を引けない立場なのである。

人質を取るような知能は今のところ無いようだが、馬に乗った武将が刀を振り回すだけで脅威だ。


汗を拭うかがりを心配そうに見上げていたユウが、刺すような緊張に全身の毛を逆立てる。


「かがり! あっち!」


ユウの吠えた方へ、咄嗟に顔を向ける。

つい今しがた目をやったばかりの脇道の、まさにその彼方から四足の巨獣が突進してきていた。

遠い。まだ遠い。にも関わらずアスファルトを叩く蹄、振り上げ、下ろす前脚の逞しさ、胸筋の凄まじい盛り上がりが見て取れる。筋骨隆々とした、悪路の移動にも耐え得る頑健さを備えた巨躯の馬であった。結われた鬣が炎のようになびいている。馬上には、甲冑姿の乗り手がひとり。その手に握っているのは刀ではない、槍だ。

騎兵である。蟻巣塚の言っていた通りの。

当惑混じりの悲鳴があがる。かがりのすぐ近くに立っていた女性だ。やはり今回の敵も見えている。遅れて気付いた若い男が、なんだあれと叫んだ。

ガードレールの向こう側へ身を躍らせながら、かがりは絶望的な気持ちになった。騎兵が駆けてきたのは、よりによって単身者向けのアパートや団地が立ち並ぶエリアである。となればここまで走ってくる間にも、窓から目撃した者が多くいるだろう。これではもう現在進行系での隠蔽は無理だ。後始末が手広く完璧に行われる事に期待して、開き直るしかない。却ってやりやすくなったと開き直れる図太い神経をしていれば、どんなに気が楽だったかと思う。


「あなた戦ってきなさいよ。オレはほら、立場的にね?」

「ご自分の保身よりも市民の保護を優先してくださいよ! 市長!」

「ええいしゃあない、これ疲れるんだよなあ! お前ら念の為に耳塞いどけ!」


蟻巣塚が胸を反らし、大きく、深く息を吸い込む。


「市民のおおおおおおおおおお!! 皆さああああああああああああんん!!」


それは区画一帯に響き渡らんばかりの大音声であった。

数台連ねたメガホンを通したかのような、もはや声というより音と呼ぶに相応しい波が、付近に佇む人々を次々に撃つ。


「すみやかにいいいいいいいいい!! たてもののォなかにいいいいいいいい!! おはいりくださあああああいいいいいい!!」


仕込みかと錯覚する程、効果は覿面だった。

道端の誰もが一瞬ぼんやりするや、手近な商店の中にぞろぞろと移動を始めたのである。

肺の中にあったもの全てを吐き出した蟻巣塚は、ぜいぜいと息を荒げながら言う。


「集団催眠だ。ちょーーっとの間ぐらいならボケさせていられる!」

「市長も大概デタラメですよね……」

「褒めんな褒めんな。ええいもう、後始末マジどーすんだよこれ!

近場の牧場から馬が脱走した事にして……牧場なんてねえよ! 今から作るか!? それとも改修工事で公園に乗馬クラブを作る事になってて、その予行演習の馬が逃げ出して……いや、もしくは時代劇の撮影に行く途中だった馬がエキストラごと逃げ出して……今すぐラジオ昼間原の局長にローカルニュースの捏造を」

「市長、それより今は戦闘準備を!」

「わーってるよ! 精神安定用の戯言だ!」


自暴自棄の心境を吐き出すだけ吐き出した蟻巣塚も、ガードレールを乗り越えた。

ちょっとした異変なら、しらばっくれていれば「変なものを見たと言っている奴の方がおかしい」で片付いてくれる。ところがあまりに目撃者が多かったり、対象が既存の知識や常識に収まる範疇の姿をしていると、途端にこれが難しくなる。

妖だ妖怪だと言っても、今回現れたのは「馬に乗った武将」だ。

テレビや映画や各地のイベントなどで散々目にしている、馴染みのある存在である。

形容しがたい容姿の化け物ではなく、この手の明瞭かつ簡潔な言葉で表現できるものだった場合、気のせいでは済まない深さにまで観測者の心に焼き付いてしまう。

つまり、もはや専門家に頼み、一人一人催眠術に落とし込んで記憶を消していくしか解決法はなくなった。目撃者全員を洗い出す作業だけでも気が遠くなってくる。


「主殿ぉー!」


聞き覚えのある声に、かがりは目を疑った。

舞が、騎兵を追い掛けてビルの壁を突っ走ってきている。


「なんだあの動き! 気持ち悪っ!」

「まずい、こっちの道路に出すな!」


往来している車に構わず道路を突っ切るかがりに、慌てて蟻巣塚とユウが続く。

あの騎兵が、交通量の多い県道に再び出したら戦うどころではなくなる。そうなる前にかがり達が踏み込むべきは、数十メートルの距離にまで騎兵が迫りつつある一車線のみの脇道。

ここで食い止め、何とかして押し返さなければならない。走りながら取り出していた呪符を、かがりが眼前の地面に叩き付ける。


だが、無駄であった。


馬は高々と跳躍し、撒かれた符を、そして唖然とするかがり達の真上を軽々と飛び越えて、県道中央に降り立ったのである。

およそ重量を感じさせない動作で、背の武将が頭上で長槍を一回転させた。ヒュオウ、と柄が空を切る。

そして、けたたましいクラクションの音が響き渡った。

突然目の前に降ってきた騎馬武者に、驚いてブレーキをかける車。何をやってるんだと窓から身を乗り出して怒鳴る運転手。この状況でもどうにか横を迂回して先に進もうとする車もいれば、車体を脇に寄せて車から降りる者まで出始めた。

停車した先頭車両に後続車が重なっていく。一旦は蟻巣塚が立ち去らせた通行人が、騒ぎに引きつけられて再び増え始めている。




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