昼間原狂騒・二岩 - 15
翌日、市役所では日常通りの業務が開始されて間もない頃。
蟻巣塚は予定通りに、昼間原八岩公園内に立っていた。
目の前では機器の搬入が行われている最中である。大型の工作機械は正面入口ゲートを通れない為、道幅に余裕のある運動場側から入らせた。つまり、この公園はそれだけ侵入経路に関して隙間だらけという事である。
運び込んだ重機などは、ひとまず草野球に使われているグラウンドに停めさせておく。用具置き場、フェンスや野球場の照明など、改修の対象になりそうな施設が多いのでここを選んだ。
あとは適当にブルーシートを張り巡らせ、カラーコーンを設置して警告色のバーを渡しておけば、素人目なら誤魔化せる。草野球好きの光安がこの光景を見たら、老い先短いジジイの楽しみを奪いやがってとさぞ嘆くに違いない。
「あーい、こっちこっち」
「こっちだよーぅ」
業者の掛け合う号令を聞きながら、茶番だよなあ、と蟻巣塚は自嘲気味に唇を歪めた。
何も知らされないまま機器を運び込まされている彼らは、自覚なき被害者でもある。ミーティングもせず、作業員も監督もおらず、道具を置いて暫くさよならなどという工事があるものか。
機器を提供してくれた業者側も不自然には感じているだろうが、妖怪の攻撃に備えて封鎖したのでカモフラージュ用ですなどと説明するより、まだ不審がらせておいた方がいい。
いやだねえ、と呟き、蟻巣塚は作業現場に背を向ける。
市役所に戻るのではない。視察はこれからだ。
業者をグラウンドに残して歩き始める。途中、視線をやや上へ向けた。
見えるのは葉の茂り始めてきたナラやクヌギの梢だけだが、どこかに舞も潜んでいる筈だ。目を凝らしても耳を澄ましても、気配はまるで感じ取れない。その点はさすが忍者だなと、可笑しげな笑みがこぼれる。
梢を通して差し込む光が、地面に複雑な影の模様を作った。
当てもなく公園内を見て回っても仕方がない。
目的は昨晩かがりとも電話で話した、公園の名前ともなっている昼間原八岩に定めている。
この岩に関して有している知識を、蟻巣塚は歩きながら振り返った。
名前の通りに合計八個が広い公園内に点在しており、高さは1メートル前後、幅は成人男性のひと抱き程度。岩の表面、それも正面ではなくわざわざ近寄って眺めなければ気付かないような位置には、大蛭との決戦討伐において大きな役割を果たしたとされる八名の勇士の名前が、彼らを讃えて刻まれている。
公園を作るに当たり寄付や土地の提供をしてくれた昔の地元の有力者を記念しての碑というのが、表向きの扱いだ。
どちらにせよ、記念碑でしかない。
外見は何の加工も施されていない縦長の岩で、どれも意識して探さないと目につきにくい木陰にひっそり立っていたりと、とにかく地味なせいで、八個全部を見た事がないか、存在を知っていても場所を言えない市民の方が圧倒的に多いだろう。
公園には憩いの時間を求めて訪れるのであって、わざわざ薄汚れた岩に近付いて観察したがる者などまずいない。最も賑わう広場にある一個さえ、ただの岩だと思っている人も少なくない筈だ。
だが、そのただの岩が問題を起こした。
正確には、まだ岩が起こしたかどうかは確定していない。
幻術が公園を侵食し、そして広場にある岩の下から攻撃性の高い一体の幻が――あるいは妖が姿を現した。
敵性体ノヅチ。偶然公園内に居合わせたかがりと舞、そしてユウによって辛くも討ち取られたものの、一歩間違えば死人が出ていたかもしれない。妖ではなく、ただの幻であったとしてもである。
本人が死んだと思い込めば死ぬ。それを可能としてしまうのが高度な幻術なのだ。
人通りのある街の一画を丸ごと幻で包み、かつ数時間維持してみせるような怪物ならば、容易に可能だと思われた。
果たして、敵性体ノヅチと岩との間に明確な関連はあるのか。
あるかもしれない。
ただの偶然かもしれない。
だがどちらのケースでも「敵意を持つ存在が岩の下から出てきた」という事実だけは共通している。
調べてみる価値はあった。
「準備が整ったら……下掘ってみねえとな」
あれらは別に墓ではないのだ。何か出てくるとは思えないが。
しかし個人の思う思わないは、そこに存在している事実に影響しない。
掘って、何もなければそれで良し。否、良くはないが。
何か出てくれば、解決の糸口がひとつ増える。
どうであれ空振りにはならないのだ。
やがて蟻巣塚の足が止まった。
八個の岩のうち、グラウンドの近くにあるのは二つ。
そのうちの片方、テニスコートに向かう道沿いにある岩を見下ろす。
盛り上がった木の根を足場にするように立つ岩は、一見、立ち枯れた木の幹にも見えた。
かがり達が敵性体ノヅチと戦ったというレストハウスも、ここから近い。
利用者のいないテニスコート周辺は、寂しい程に静まり返っている。
視線を逆側に向ければ、公園に隣接する住宅が、植え込みで作られた生垣の先に車道を挟んで確認できた。
生垣は大人の腰を超える程の高さがあり、びっしりと隙間なく植え込まれているとはいえ、低木を掻き分けて強引に突破しようと思えば出来てしまえる。
この広大な公園を完全封鎖する難しさを、蟻巣塚はこんな所で改めて実感した。
生垣の向こう側にはカラーコーンを立て、張り巡らせたロープに一定間隔で立入禁止の札をぶら下げてあるものの、かがりの言うように浮かれた学生や悪戯盛りの子供にはたいした意味を持つまい。
本心では、獣害防止用の電気柵で囲ってしまいたかったくらいだ。
「さて」
まずは外観の観察から。
といっても、前から眺めようと上から眺めようと、やはりただの岩でしかない。
形も整えられず、表面に文も刻まれていない大きなだけの岩では、脇を通り過ぎる人の注意を引くのも難しいだろう。しかもこの岩の存在意義である勇士の名でさえ、地面に近いせいで風で飛んだ土が溝に入り込んで固まり、判読し難くなっている始末。
記念碑だというならもう少し見栄えに気を使ってやれよと若干同情しながら、蟻巣塚は名前が見える位置にしゃがみ込んだ。
(駒葉……登一郎……いや二郎か?)
埃を被った名前を心の中で読み上げる。
正直なところ、勇士個々の名前は全く覚えていなかった。
こうしてあの資料室以来に向き合って、そういえばこんな名前の奴がいたかなとあやふやに思い出す程度である。
大蛭との戦では、どういった役割を果たしたのだったか。多くの兵を率いての陽動か、それとも単騎での突撃か。
そこの記憶も、やはり年数の経過によって曖昧にぼやけてしまっていた。
じきに時間を捻出して読み直しに行く予定だから、その時にちゃんと覚え直してやるか。柄にもなく、蟻巣塚はそんな気分になった。
全体をざっと観察し終えたので、立ち上がる。
今ここで掘って調べる訳にもいかない以上、見て回るといっても岩の表面と、周囲の土や木を調べるくらいしかできない。今日の調査にたいした意味はないのは承知していたが、それでも実際に足を運んで現場を見ておかないと気持ち悪いのだ。
家から距離を置いて久しいとはいえ、修行時代の習性は蟻巣塚の中にしつこく息づいていた。
岩は他に七個。屈んだ時にズボンについた皺を手で叩いて伸ばすと、蟻巣塚は次の岩を目指して歩き始めた。




