昼間原狂騒・二岩 - 14
「まーでも暗い話ばかりじゃないぜ。
これでこの後の本格調査に向けての目処が立ったんだからね。助っ人に呼ぶ……呼ぶ……呼べたらいいなあ……なプロもぐっと仕事がやりやすくなる」
「私なんか比較にならない実力を持つプロですね」
「拗ねんなよ、あなたどころかオレが雑魚扱いされるぐらいのじゃなきゃお話にならん。で、だ。調査っていえば、あの岩だよ。覚えてるだろ?」
はいとかがりは答えた。
昼間原八岩。今回、最も特徴的な異常を示した調査対象である。
「黒い人魂……ユウの眼によれば鎧武者だったそうですが、敵性体ノヅチは勇士の名を刻んだ岩の下から発生しました。これは私と霜走さんだけでなく、ユウも、そして民間人である些峰風香も目撃しています」
「みんな揃ってそう思い込まされてた可能性もあるけどね。
痕跡も残ってなかったみたいだし、岩の下から出たのか出たように偽装されたのか区別つかないだろ」
「………………」
「ただそれを言い出すとキリがないから、ここはお侍の幻は岩の下から出てきたとして話を進めよう。なんだってそんな場所から出してくるんだゾンビじゃあるまいし。演出? 別にあれ墓じゃなくてただの岩だろ?」
「今日読んだ範囲だと、掘り返して調べた記録は残っていないようです。調べるも何も、あの岩はだいぶ後で置かれた記念碑的なものですからね。掘り返す理由がありません」
該当するメモを読み返しながら、かがりが答える。
電話の向こうから、不快そうな唸り声が聞こえた。
「何か気に触る事でも」
「そこ、そこなんだよ」
「は?」
「理由だ。理由がない。必要性の欠如、それが始まりからずっと付き纏ってる。
記念碑の下を掘って調べる理由がなければ、幻術をわざわざ死人の名前書いた岩の下から出してみせる理由もない。そして街中でただ祭りやって騒いでるだけの、凄いには凄いが何の意味もない幻展開してすぐ消す理由もねえんだ。
鎧武者? クソゴミウンコ蛭が自分殺しやがった野郎共の姿使って嫌がらせでもしてるのかねえ」
「そこまで知恵が回りますか? それではまるで――」
人間の仕業だ。
発しかけた言葉を、かがりは飲み込んだ。
蟻巣塚が言うように、妖怪の中には人に近い――あくまで近いだけで絶対に同じにはなれないが、比較的思考の線が重なりやすい種族もいる。
かがりは、まさに身近な代表であるところのユウを見た。化け蛭の知能がどの程度高かったのかにもよるが、成る程、かつての仇敵の姿を悪用して名誉を貶めてやろうという発想自体は、そこまで無理なく辿り着くのかもしれない。
吐き出すだけ吐き出して少し気分が晴れたのか、苛立ちの薄れた声音で蟻巣塚は言った。
「人が来て調査が始まったら、いっぺんこっちで掘り返して確かめたいわな。ひょっとしたら誰かこっそり何か埋めてるかもしれないしね」
「タイムカプセルじゃないんですよ」
結局、話はそこに戻る。
岩の下がどうなっているかなど、掘れば一発で分かるのだ。
しかし、それに刺激されて次なる異変が引き起こされる危険まで考えると、市側としても身軽には動けない。よって助けが来るまで様子見するしかないのだ。親が迎えに来てくれるのを待つ子供のように。
公園の件についてはひと通り話が済んだと判断したのか、蟻巣塚が話題を変えた。
「功労者の狐くんの調子はどう?」
「次はもっと正確な仕事ができるようにと、毎晩特訓していますよ」
「それもだけど、オレが聞きたいのは敵の正体が見える方ね。岩に続く今回の大きな疑問点その2。なんで狐くんにだけ本性見破れたのかは突き止められたかい?」
「いいえ、特には。
念の為に家の中にある物品や、外で見掛けた動物や人間の絵……のようなものを描かせてみましたが、私が見ているものと大きく違ってはいませんでした」
敵性体ノヅチに限らず、同じものを見ているのにユウと人間とでは根本的に見え方が違っている可能性を考え、様々なものを片っ端から絵に描かせてみたが、それらは概ねかがりの見たものと一致していた。
口でペンを咥えて四苦八苦しながらの作であるから出来栄えはともかく、人間が人参に見えているなどという事にはなっていない。
やはり、あれだけが特別だったのである。
「それについちゃ、オレに一個思い付きがあるんだけどね」
蛭の生存の可能性という爆弾を落としていった記憶が蘇り、かがりは思わず身構えた。
が、蟻巣塚の思い付きというのは、ユウを助ける為に融合させた憑き物の蛇の影響ではないかという事だった。
それはかがりも一応考えた。考えた上で、可能性としては薄いと思っている。
あの蛇は、継いだ者の身体能力を強化するという、憑き物としては特殊な使い方をしてきた。しかしあくまで強化であって変容ではなく、そも、あんな乱暴な貼り付け方をしては継承にすらなっていない。ただの蓋だ。
だいたい治療前と後でものの見え方が変わっていたなら、ユウが真っ先に申告している筈である。
実は強化されていた結果真実を見抜けるようになった、他は同じに見えるがあの人魂にだけは効いた、などと言い出したら、それこそ何でもありになってしまう。だったらまだ、ユウは……というか狐は最初からそういう特殊能力を持っていたという説明の方が納得がいく。
「だって前後にあった大きな変化なんてそのぐらいだろ?
あとほら、蛇には紫外線だか赤外線だかを感知できる器官があるらしいじゃない。動物番組で見たもんね」
「ああ、ピットとかいう……でもあれってヤマカガシにもありましたっけ?」
「知らにゃい」
「…………………………」
「ごめんて」
「……仮に赤外線を感知できたとしてもですね、要は熱源でしょう。
視認できる姿まで変わりはしないのでは」
「そこはほら、狐とうっかり妙なミックスしたせいで化学反応が起きたとか」
「適当に言ってませんか市長」
「試行錯誤なんて、いつだって適当で無責任な思い付きから始まるもんさね。
助っ人が来たら一緒にその辺も調べてもらえたらいいな」
「どんな実力者でも修めてきた分野がありますから、生体専門に取り扱ってきた所じゃないと難しそうですよ。それに個人的に言わせてもらえば、術者に堂々と妖を見せたくありませんね。何されるか分かったもんじゃない」
「がはは確かに、オレとかな」
騒がせて申し訳なかったねと謝って、蟻巣塚は電話を切った。
「ふー……」
ひと仕事終えた心地になって、かがりは息を吐き出す。
それからユウを見た。すぐにスピーカー通話に切り替えていたから、会話内容はほぼ全て聞こえていた筈である。
はしゃぎながら鯛めしをがっついていた先程までとは打って変わって、獣なりにやけに神妙な顔付きをしている。
「……わかった……かがり……」
「ん?」
「俺……今になって遂に秘めたる真の力、雌伏の時を経ての九尾の狐としての覚醒を……!」
「そういうのはいいからな」
無情な制止。
むしろ本当に覚醒してくれたらどんなに有り難いか。
九尾とは言わない、この際七尾でも八尾でもいい。贅沢は言わない。
いっそ三尾、いや二尾でも。というか尻尾など一本でもいい、まともな妖狐というだけでも大助かりである。
真面目に考えろとかがりが言うと、真面目なのにとユウはむくれた。
人間だったら目一杯に頬を膨らませているところだ。
「俺にだけ敵の本当の姿が見える理由かあ……」
「そうだ。うまい事その方法を突き止められれば、応用する道が開けるかもしれない。でもまぁ私も市長も現時点では、化かすのが得意で幻に強い妖狐特有の能力という線が一番妥当だと考えている。お前まともに能力発揮できない弱さだけど」
ユウがブーイングで抗議するのと同時に、再び電話が鳴った。
「……うん? また市長だ」
「忘れ物かな?」
「忘れ電波だな、この場合は。もしもし……」
電話に出ると、やはり蟻巣塚であった。
「ごめんごめん、ひとつ伝え忘れてた。
フッチー明日ってまた図書館ごもりだよね。となると空いてないのか予定」
「何かご用件が?」
「うん、明日オレさっそく公園に行くからさ、暇なら一緒に来てほしかったのよ。封鎖しといて工事する気配ゼロじゃ不自然だから、機器を少し入れとこうってね。それに乗じて……乗じてってのも変だな。ついでだからオレもいっぺん現場見ときてえんだ」
「危なくありませんかそれは。援軍到着まで待ってみては?」
「オレだってできれば入りたくねえよ。
でもこの調子じゃ援軍をいつ呼べるのかが分からず、かといって機器だけ運び込ませるのは、万一何かあった時に現場に素人しかいなくなって洒落にならん。
ただの機器入れをいち職員の霜走くん一人が監督するのもおかしな話になっちまうし、その点オレならまあ、市長が市を代表する公園の工事開始を視察に来たっていうそれっぽい名目が立つ」
「そうですか……注意しようがありませんがお気を付けて。
間に合いそうなら私も合流します」
「ヨロシク。オレもそんなに長く滞在してるつもりはないから」
そう言って、今度こそ蟻巣塚は電話を切った。
「市長のおじさんは公園に行くんだね。勇者の岩も調べるのかな?」
「そうらしい。いくら何でも掘り返しはしないだろうが」
あの日から立入禁止になるまでの間、広場も運動場も毎日市民に利用されていた。それで何も起こらなかった。
だから、明日の視察も何事もなく終わる筈なのだ。
一週間以上開放されていて何も起きなかったのに、数時間程度の滞在を狙い澄ましたように発生する訳がない。
発生地点だって、次も公園内になるとは限らない。
そう自分に言い聞かせながらも、かがりは不安を抑え切れなかった。
まさにあの日、ほんの僅かに足を踏み入れただけの自分たちを待ち構えていたかのように、公園は幻に包まれたのだ。




