昼間原狂騒・二岩 - 10
その日の午前。朝の忙しなさもひと通り過ぎ去り、街が落ち着きを取り戻し始める頃。
かがりとユウは、昼間原八岩公園の入口ゲート前に並んで立っていた。
ゲートには横にチェーンが渡され、警告色をした「改修工事中につき立入禁止」の看板が設置されている。
「始まってしまったなぁ」
「散歩コース減っちゃったね」
看板を眺めながら、それぞれの思いを二人は呟いた。
市内では貴重な、緑と土が豊富な場所だっただけあって、ユウは残念そうである。
物心つく頃から公園を利用していたかがりはかがりで、寂しい気持ちでこの事態を受け止めていた。
「昼間原の呑気さと平和の象徴だったのになぁ」
「そうだったの?」
「すまん適当に言った。でも、この公園がなんだかんだで昼間原で一番目立つ顔だったのは事実だよ。他にパッとする名産品や観光名所がある訳でもないし、公園としては全国的に見ても大きな規模だからな」
「きっとすぐまた元通りになるよ」
「だといいけどなぁ」
ぼんやり答えながら、かがりは先日の舞との会話を思い返していた。
「昼間原八岩公園を、当面の間封鎖にかかるそうです」
舞はそう言った。
置かれている状況を考えれば妥当な処置である。
とはいえ、事態が動き始める瞬間に直面すれば、やはり驚きは隠せない。
昼間原八岩公園といえば、単なる市民の憩いの場に留まらず、近隣の市町村においてもちょっとした有名スポットとなっている。そこを封鎖となれば少なからず市民たちの話題にのぼるだろうし、市役所に問い合わせがくるのも避けられない。
近所の小さな公園を暫く立入禁止にするのとは規模が違うのだ。
まず封鎖しなければならない範囲が相当の広さに渡り、加えていつまで続くのかも現状では不明。解決が遅れる程、封鎖が長引けば長引く程、不審がる目と声は倍々で増えていく。こんなに長く何の工事をしてるんだ?と。
また公園の敷地を囲う高い柵などは元から存在せず、正規の入口の他にもいくらでも入り込める場所がある。公園全域を常に監視しておくなど、費用を考えても人手を考えても不可能だ。
風香が帰っていった後で、改めて舞が経緯の説明をした。
「主殿が粘って粘って宥めてすかして、やっと通ったのですよ。
不発弾が見付かった事にする訳にもいきませんし、ある程度の長期封鎖を不自然さなく行うには改修工事しかありませんでした。おかげでこちらはそれっぽく見えるような偽装の手配に大わらわです」
「他のお偉方はなんでそこまで封鎖に難色を示すんです。市の危機でしょうに。
そりゃ一回発生したからって次も公園で起きるとは限りませんが、起きないとも限りません。しかも今回は明確な敵性行動示す奴が発生してるんですよ。一刻も早く、正式な調査隊を招ける体勢を整えておかないと」
「自分たちは被害にあっていないから、ですよ。
前回の偽祭りが発生した付近に家のある人いませんし、皆様公園になんてそうそう近付かないですし。となればいくら危機を説かれても、実感が湧かないのはやむを得ないのかもしれません」
「呆れたもんだ。次こそ自分や家族が巻き込まれるとは考えないのですか」
「それより公園の封鎖で増える問い合わせへ対処しないといけない方が嫌なのでは。皆様こっちの業界の人間ではありませんから、これが当たり前といえば当たり前の反応なのですよ。呪いについて知っていても、それが自分の仕事や生活と関係あるだなんて考えた事もないんです。市長以外」
かがりよりもずっと市役所内の内情に近い位置にいる舞は、淡々としていた。
市民への言い訳を考えたり、問い合わせ件数が増える面倒を避けたい気持ちの方が、市を襲う脅威への対策より優先されるというのか。
かがりは自分に置き換えて考えてみて――まあ、されるのかもしれないなと渋々納得した。
知識としてしか知らず、実害も被っていないとあっては、余計な仕事を増やすよりも当面の静観を選ぶ。危機感が薄いというよりも、舞の言うように一般人なら妥当な反応なのである。
上層部全員を蟻巣塚のようなプロで固めていれば対応は真逆かつ迅速だったろうが、そこまでの厳戒態勢は要らない土地という結論の上で、昼間原は何百年もやってきたのだ。
個人事業ではないのだから、そうそう臨機応変で自由な対応を役場は取れない。そんな弊害が、いざ事が起きてみて初めて存在していたのに気付かされる。
「まぁでもでも、これでちょっぴり市民を危険から遠ざけられると思えば!
今後は工事関係者に変装して、日中からいつでも堂々と公園内の調査だってできるようにもなりますから」
「変装というか普通に作業着を着るだけでしょう、それ。
しかし本当に封鎖なんてできるんですかね……民家の横通ってる道からも入れちゃったりするでしょう、あそこ」
「外周はぐるっとポールやコーンで囲う予定になってますが、侵入を完全に防ぐのは無理だろうと主殿は仰っておりました。いかんせん地方行政が真相をおおっぴらにしないまま実行できる限界といいますか……。
一応警告はしたんだから、進入禁止の看板をすり抜けて入ってしまう人の安全までは面倒見きれないという結論のようです」
「……対策を練る為の最大の障害が、まさか市民の目だとはね」
「本当に」
人目につきやすい場所での発生が仇となるのは、この仕事には付き物である。専門家ですらまず一生遭遇しない規模の異変なせいで、人目の範囲が市内全域にまで広がっているのが問題なのだ。
新鮮だ、とかがりと舞は苦笑し合い、その日は解散となった。
(なるべく早く……こんなものを撤去できる日がくるように)
かがりは踵を返し、来た道を引き返していく。
市民を守る為の決定を、いつまで引きずっていても仕方ない。
蟻巣塚が後任を招くまで記録を続け、事が起きれば対処し、そして生き延びるのが、今のかがりに出来る仕事である。乏しい手札で厳しい状況を凌ぎ切る為にも、情報は集められる限り集めておきたい。
だからこそ、今日は朝から外出しているのだ。
「この後はどこに行くの? 買い物?」
「いいや、図書館に行く」
図書館、と復唱するユウに、かがりは説明した。
「昼間原市立図書館だ。図書館は知ってるよな?
建物は古臭いがけっこう広くて、蔵書も多い。割と利用されてると聞く」
「そうなんだ。本読むの?」
「読むさ、だいぶ普通じゃない本をな。
昼間原の化け蛭との戦に関する記録と、呪いや調伏の経過。そういった資料を集めた裏の歴史書だ。少し前に申請してたのが、やっと閲覧許可が下りた」
「そ――そんな本があったんだ!? っていうか図書館にあったんだ!?」
「こら、あまり大きい声で喋るなアホ。周りに人がいなくても油断するな」
かがりが釘を刺すと、ユウは慌てて声を潜めた。
「図書館にあったんだ……」
「そんな大袈裟なもんじゃない。や、まあ、裏の歴史書なんて言ったのは私だがな。
かなりの大捕物だっただけに当時から記録は残していて、その後も調査や調伏を行うたびに追加されていった。そういう報告書の類を一箇所にまとめて管理してるんだよ。昔は市長室に置いてあったらしいが、何かと不都合が起きてな。書物の管理はプロに任せた方がいいという事になった。扱いとしては貴重書のそのまた上になってて、図書館長しか触れない。
私の提出した報告書も、将来的にそこに加わる筈だったんだ。まさかこんな事になるとは思ってなかったけどな……」
「そのトショカンチョーさんは、蛭や呪いの事は知ってるの?」
「そりゃ知ってるさ。
中身の不明な極秘資料が、自分しか入れない部屋に鍵つきで保管されてるなんて怖すぎるだろ。もうずっと長くやってるばあさ……婆さんってのも失礼だな……おばさん? いや御婦人……」
「何ブツブツ言ってるの」
「うるさいな、デリケートな問題なんだよ。
とにかく資料室の鍵を開けられるのも、中身を知ってるのも図書館長だけだ。本人宛に直で閲覧許可を申請しなければ、市長だろうと私だろうと勝手に中に入る事はできない。事情を知ってるだけの市役所職員が申請しても、まず許可は下りないだろうな」
「すごいな……なんか俺ワクワクしてきた! 早く行こうよ、かがり!」
リードをぐいぐい引っ張りながら足を速めるユウだったが、進むにつれて次第に足取りが鈍り始め、やがて怪訝そうに振り向く。
「ねえ、かがり。こっちってうちのある方角じゃない?」
「そりゃそうだ。一回家に帰るんだから」
「忘れ物?」
「いや、お前を置きに」
「そっかあ、俺を置きに……ってなんで!?」
「なんでってお前、図書館に狐連れて入れる訳ないだろ」
「ええー!」
もっともすぎる理屈であり、あんまりな理屈でもあった。
動物は基本、店に入れない。まして図書館となれば。
そんな掟はこの街に来てから身に沁みており、重々承知もしている。
しかしここまで魅力的な話を聞かされてからの留守番宣告には、さすがにユウも抗議したくなった。
「じゃあなんで連れてきたんだよ!」
「閉鎖された公園見たいかと思って」
「……それは見たかったけど。
けどさ、けどさ! ここまで話したなら普通、俺も入れるようにしてくれてるもんじゃないの? あ、そうだ。お寿司屋さんの時みたいにコートの中に隠れて行けない? 風呂だって我慢して入るよ」
「駄目だ。あそこは定期的に取ってる写しと一緒に、原本も保管されてる。内容どうこう以前に貴重な史料でもあるんだ。黙って動物を連れ込むような真似は許されない。言う事を聞きなさい」
「ちぇーっ」
「お前にしてみれば納得いかないだろうな。汚しも破りもしないのに、と。
ただ、悪いがこればかりは我慢してくれ。お前の群れにルールがあるのと同じく、ここは人間のルールが適用される共同体なんだ」
「……うん、それは分かってるよ。あーあ、でも残念だなあ。謎の極秘資料見てみたかった」
「別に謎でもないぞ、私も昔一回見てるしな」
喋りながら灯玄坂を下り、やがて家に着いた。
ユウからリードと首輪を外し、服を脱がせると、留守中のせめてもの慰めにと、かがりはユウにも読めそうな雑誌や本を床に広げ、テレビをつけ、昼食を皿に盛ってラップをかける。
謎の極秘資料には遠く及ばなくても、暇潰し程度にはなってくれるだろう。
「それじゃ行ってくる。帰りはたぶん夕方になると思う。
土産は買ってくるから留守をよろしくな」
「うん、いってらっしゃい」
見送りにきたユウの頭を撫でると、本日休業の札を戸に引っ掛けて、かがりは店を出ていった。




