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昼間原狂騒・二岩 - 9

「やっほうアーちゃーん、新しいジュグ作ってきたよー」

「人の話を聞いてたか!?」


あれから数日後、つまりは次の定休日、風香は意気揚々ときつねやにやって来た。

胸倉を掴む訳にもいかず、かがりは頭を抱える。


「売るのはやめろ、人目につかない所に置けとアドバイスしたのにおかわりするか普通」

「えー、でもアーちゃん偉い人に報告するって言ってたよね。私は身売りされたの……」


身売りではない、人聞きの悪い。

弱小とはいえ妖怪絡みとあっては、昼間原全域が監視対象である現状で報告を省く訳にはいかないし、家屋内に妖怪が留まっていた理由が理由なので、剥製と呪具に触れるのを避ける事はできない。

天然物の一級呪装師が発見されたなどと広まればどれ程の面倒を招くかは、蟻巣塚の方がかがりより余程理解している。

蟻巣塚は、民間人の生活を乱すと分かっていながら意図的に情報を漏洩させるような人間ではない。

だから報告したからといってどうこうなりはしないが、改めて指摘されると裏で売り飛ばしたようで気まずいは気まずく、かがりは赤銅色の混ざった髪をぼりぼり掻いた。

声を聞きつけてユウも出てくる。風香を見ても逃げないあたり、先日の土産がもたらした効果は大きかったといえよう。


「ユウちゃんこんにちは、今日は新しいお洋服なんだね」

「かがりがまた買ってきたんだよ。っていうか普段は家の中だと服着てないからね俺。今は店に来るお客さんの相手したいから着てるの。いつも喜んで着てるみたいな言い方やめてくれよ」

「おおっと、ご機嫌ナナメ」

「ナナメだよ、その箱の中身をくれたら機嫌良くなるよ」

「みっともない真似はやめろアホが」

「あっごめん、これお菓子じゃなくてアーちゃん用のジュグが入ってるんだ」


風香が箱の蓋を開けてみせた。

中には、あの貝殻たちが贈答用の高級菓子のように整然と並んでいる。材料の余りを使っているとはいえ、個数が増えれば費用もそれなりに嵩むだろうに。

作ってしまったものは仕方ないから、材料費くらいは出すとかがりが申し出ると、風香は首を横に振った。


「お金はいいよ。この前嬉しい事言ってくれたから、お礼!」

「嬉しい事? 剥製を褒めた事ですか?

あれなら私じゃなくても、どこでも高い評価を得られると思いますが」

「うふふ、さあねー。あとこれもプレゼント。

アーちゃんこういうの苦手意識ないみたいだったから、よかったらお店やお部屋の隅っこにでも飾って」


そう言って風香が取り出したフィルム製の袋には、なんと小さな小さな剥製が入っていた。しかも目を凝らして観察すれば、造形にはあのキメラ剥製と共通点がある。

飾るなと忠告したそばから、どうして飾る目的のものを作ろうとするのか――。

とはいえここまでミニサイズだとあの独特の生気もゼロで、元と比較して省略箇所が多数ある為、剥製というよりはリアルな動物模型の域に留まっている。


上に乗っている物体さえなければ。


握り拳程度の剥製もといミニ動物模型の背に、人形が跨っている。

こちらも大幅なデフォルメが施されていたが、髪型と髪色、女性の体型である事から誰がモデルなのかは明白だった。もはや呪具でも剥製でも模型でもなく、観光地の土産物屋でキーホルダーに混ざって売られている由来不明の民芸品である。


「乗れるんじゃない?ってユウちゃんが言ってたから」

「何故乗せた」

「すごいやかがり、乗れてる」

「何故乗せた」


まさかり担いだ金太郎か私はとぼやきつつ、袋から取り出して掌に乗せてみる。重心の位置が絶妙なおかげで無駄に安定感だけはあるようで、置物はしっかりと四本の脚を踏ん張って立ってみせた。

好意で持ってきてくれた物をまさか捨てる訳にもいかず、かがりは溜息混じりに辺りを見渡す。


「どこに飾っておきましょうか……文机の端が空いてたかな」

「かわいくておすすめなフタコブペンギンラクダの隣でいいんじゃない。似てるし」

「ええーっ!? これと一緒の括りにするの!? さすがに傷付く!」


「……あのー……」


「似てはいないだろ、似ては。使われている技術のレベルが段違いだ」

「アーちゃんなら分かってくれると思ってた!」

「まあしかし人なんぞ跨がらせたせいでコンセプトが行方不明になってるから、迷走具合ではいい勝負だとも言えるが」

「わたしもう誰も信じない!」

「あのーう……!」


やや強めな二度目の呼びかけで、ようやく一同は入口に立っている来客に気付いた。

慌てて応対しようとして、あっとかがりは呟く。

遠慮がちに店内を覗き込んでいるその客とは、つい先日、共に死線を潜り抜けたばかりである。


「霜走さん」

「あー、あの時の忍者さん!」

「そちらは……先日の些峰風香殿ですね。

自分を『忍者』と正しく認識してくださっているのは非常に宜しいですが、忍者とは闇と影に潜むが定め……。どうかおおっぴらにあいつは忍者だと言い触らさぬよう重々お願い致しまする。ふふふ……」

「うんしないよ、おかしいと思われるし」


割と容赦のない一言を放つ風香に舞がぐぬっと呻くも、泣いて逃げ帰りはせず店に入ってきた。さすがに現代で本物の忍者をやっているだけあって自己肯定力が高い。若干足が震えているが。


「それはそうと店が綺麗になったそうで、おめでとうございます」

「ああ、これはわざわざどうも」


祝いの言葉を述べる舞に、かがりは軽く頭を下げた。

真下からユウが声をかける。


「いらっしゃい。ねえねえお土産ある!? 稲荷寿司かタルト!」

「えっ! あの、自分土産は……持ってきて……おらず……」

「えー、フウカはお祝い持ってきてくれたのにな。あのね、甘くておいしくて、甘いタルト!」

「ぐぬっ!」

「しかもね、しかもね、お店が新しくなって一番乗りで来てくれたんだよ!」

「ぐぬぬぬぬぬ……!」


歯軋りしながら舞が向けた視線の先で、一番乗りなのです、と風香が胸を張った。

何の勝負なのだ、これは。


「じっ自分はっ、仕事の途中ですがっ、先日轡を並べて死闘に身を投じた楝殿にっ、祝いの一言でも申し上げられればと思い立ち寄りっ、ですが言われれば急ぎでも手土産のひとつも持参すべきだったとっ」

「すみませんすみませんこいつの失礼過ぎるたわ言はどうか気にせずに! 今のこいつは寿司とタルトにとり憑かれているんです。暫く粗食させれば治りますから。お前も謝れユウ! 今の態度はいくら何でも無いぞ!」

「う、うん、ごめんなさい……」

「いえ、いいのです。自分が迂闊だったのは確かですから。ここは素っ首かっさばいて」

「床が汚れるのでやめてください」

「しかし些峰殿はこうして二度までも手土産を持参してきているというのに」

「あ、これはお土産はお土産だけどお菓子じゃないのよ」


ちょっと待ったと止める間もなく、風香が箱の中身を舞に見せた。

覗いた途端、これはカタシロですかと驚く舞。風香の所ではその呼び方をするらしい。

ああもう、とかがりは嘆息する。蟻巣塚への報告書はまだ提出していない。どのみち市長の側近である舞には情報が渡る筈だから結果的には同じなのだが、流れが狂いっぱなしだ。


「え?え? 呪装師だったので?」

「いいえ100パーセント純粋な民間人です。

どうやら本業の傍ら、趣味で作っていた品が呪具になってしまっていたみたいで……」

「趣味で!? なってしまっていた!?」

「わたしの作るやつって凄いんだって。試してみてもいーよ」


完全にかがりの身内とでも認識しているのか、風香が気楽に勧める。

舞は勧められるまま貝殻の一個を手に取った。半信半疑の表情はたちまち賛辞に変わる。


「これはすごい物ですよ! 勁の満ち具合が実に実に素直です!」

「かがりと同じ事言ってる」

「やだなあ素直だなんて、照れちゃうよ」

「こっちも同じ事言ってる」


実際この清々しいまでの快適な使用感を表現しようとすると、素直という言葉が最も相応しいのだから似るのは仕方ない。

蟻巣塚が直属の部下として置くくらいだからまず心配無用だろうが、かがりは念の為に軽く口止めしておく事にした。


「あのう霜走さん、お分かりとは思いますけど、この事は内密に。

ほら、こんなの作れるのが広まったら結構面倒な事になりかねないでしょう。

もちろん隠蔽の意図はなく、詳細は報告書が完成次第そちらに提出するつもりです。というか今の話で想像ついたでしょうが、外には持ち出さないよう言っておいたんです。それをこの人は……」

「ああなるほど、承知しましたですよ。

ご安心を、忍者は秘密を漏らしません。どんな拷問にかけられようと偉大なる先輩くのいち達が屈しなかったように」

「ありがと、舞ちゃんも良かったら持ってって。気に入ってくれるといいんだけど」

「まいちゃ……ふ、ふん、自分は物に釣られるような安い忍者ではないですし。伝統と信頼の苦無がありますし。ま、まあ友人思いの些峰殿がどーうしてもというなら使うのもやぶさかではないですけどねっ」

「別に使いたくないなら使わなくていいと思うよ。馴染んでる道具が一番だもんね」

「…………じ、自分はともかくですね、楝殿には良いのでは?

正規の品質試験にかけていないとしても、これが暴走する所はちょっと自分には想像できないですよ。いつ再び先日のような異変に巻き込まれるか予測不可能な現状、小型で高品質なカタシロが手元にあるのは心強いかと。

…………ていうか全部買ったらいくらになるんだろコレ……?」

「高品質なのは間違いないんですが……」


指先で貝殻をひねり回しながら舞が勧めるも、かがりの反応はぱっとしない。

呪具の品質を不安視しているというより、無関係の民間人を極力こちらに踏み入らせたくない内心が見て取れる。

芳しくない反応から察して、舞が話題を変えた。


「新しくなさってから、客入り具合はいかがです?」

「ぽつぽつ、ですね。数は正直あまり増えてません。

ただ、前の店を知ってる人はみんな驚いてます。記念品代わりにひとつふたつ買っていく人も何人かいましたよ」

「ふむむ、そう聞くと自分も買いたくなってくるような。

手土産を忘れるという失態の返上も兼ねて、不肖霜走舞、ここはお金を落とすべきと見ました」

「フタコブペンギンラクダのぬいぐるみ買う? おすすめだよ、かわいいよ」

「だからお前はいい加減に……」

「あっ、これ! うんうん可愛いですよねっ! わかりますユウ殿!」

「………………」

「………………」

「………………」

「なっ、なぜそこで全員一斉に黙り込むのです!?」


いえ、とかがりは言葉を濁した。

あまり深く追求しない方がいい気がする。感性とは本来自由なものなのだから。


「あのぬいぐるみはともかく……霜走さん、せっかく来てくれたんですからお茶でも飲んでいきませんか。お茶請けは漬物くらいしかありませんが」

「これはこれは、お気遣いに感謝ですよ。

しかし残念無念、自分にはやるべき事がありますので。

そうです、今日はお伝えしておきたい話があって来たのです。――先日の一件絡みで」

「あ、仕事のお話かな。わたし外に出てるね」

「大丈夫です、数日中には市民全員が知る事ですから。

揉めに揉めた末にようやく正式に決定したのですが……昼間原八岩公園を当面の間封鎖にかかるそうです」


急展開を告げる舞に、かがりとユウと風香は揃って顔を見合わせた。



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