昼間原狂騒・二岩 - 6
己の身を直に武器とする例がほとんどの化性と異なり、身ひとつで戦える人間は限られている。天才と謳われる不出生の実力者や、蟻巣塚のように特殊な道に進んだ家でない限り、内に宿す力の源泉を損なわず放出するのは不可能に近い。
そこで、用途別に作られた武器や道具を手に取る事になる。そこまでは獣相手の狩猟や、人間相手の殺し合いと大差ない。
異なるのは道具の性質である。彼らが相手取るのは生物であって生物ではなく、時に肉体すら持たぬ存在。場合によっては呪詛の沈静化のような、もはや概念と呼べる対象にまで範囲は拡大される。
よって、装備品にもそれ相応の調整が求められる。
余程の凄腕なら家庭用の包丁一本で妖とやり合うのも可能とはいえ、やはり専門家が仕上げた品に勝るものはない。
具体的にはまず、対霊の力を通わせやすく、増幅してくれる物。
ほとんどが武器であり、古典的なところでは剣や短刀。
一風変わった品としては特殊な弾丸を撃ち出す銃や、退魔の矢を発射するボウガンなどもある。術者の間で広く用いられる記入式の呪符や護符もこれだ。
もうひとつは、最初から用途の固定されている物。
繰り返し使える武器と違い多くが使い捨てで、設置式の罠や爆弾、毒や薬剤がこれに該当する。
そして最後は、特殊な育成を施した動植物だ。
これはほとんどの場合そのままでは使われず、更に別の道具を作成する為の一次素材として用いられる。
あとは例外中の例外として、遺物がある。
言ってしまえば伝説の剣だの精霊界への扉を開く宝石だの魔王を封じたと銘打たれる石だのといった、出自不明であるが、しかし紛れもなく莫大なポテンシャルを宿す、再現不可能な武器や道具がこれだ。
ところがこれらは現存したとしても大概は大きな所が秘蔵していて、表に出てくる以前にまず実戦投入される機会すらない。
せっかくの強力な武器を美術品扱いしていては本末転倒だという批判は、半分正解で半分外れている。
身も蓋もない言い方をすると、どうやって作られてどう動くかが正確に把握できていない道具を使うのは危ないのだ。まして強力なら強力なほど、反動や暴走を警戒しなければならない。どこぞの妖刀よろしく、握った途端に心を支配されて誰彼構わず斬りたくなるような危険が無いとは言い切れないのである。
癖のない量産品が普段使いには最適、夢やロマンがなかろうとそれが現実であり常識だった。
かがりが説明すると、そうなんだぁと気の抜けた相槌が返ってくる。
まったくの門外漢故にやむを得ない反応だとはいえ、事の重大さをまるで認識できていない。
「……念の為に確認しますよ、狙って作った訳じゃないんですよね?」
「知らないよー……見た目にバリエーション出るよう工夫はしたけど」
「その……師匠だという方から、それとなく技術を教え込まれていたという事は? 当時は疑問を感じなかったけど、独り立ちした今にして思えば、あの技術は一般的な剥製作りとは無関係だったみたいな」
「ないない、ないってば。そんなのあったら、わたしの他のお弟子さんも作れちゃってると思うし」
それはそうだ、技術の伝達過程がガラス張りだったのなら。
では、特に風香だけが選ばれて呪具作りの技術を伝えられていたという事もないらしい。
その事実こそが、かがりに最大の驚きをもたらす。
モグリとして密かに製作に従事していた訳ではなく、知らない間に製法を伝えられていた訳でもないのだとすれば、つまり風香の剥製作りの腕前は、本人が意識しないままに呪具製作の域に踏み込んでいた事になる。
これは、呪具製作が剥製製作の上位に位置する技術という意味ではない。
並行して走るふたつの技術の間にある壁を、普通なら掠りもしない透明で厚い壁を、風香は知らずするりと抜けてしまっていたのだ。
呪具製作を生業とする者を特に呪装師と呼び、習得となれば入門、入社、養子入りが普通。天然物の在野の呪装師など、まず現代で見付かるものではない。
しかも拾った貝殻と、剥製を作る過程で出た端材と、市販の諸々だけで完成させたという。
とんでもない話だ。庭の草むしりを引き受けたら大判小判の詰まった壺を掘り当てたような心境になりながら、かがりは掌に乗せた貝殻をしみじみと眺める。
「ハコ型の呪具ですね」
「ハコって箱? ぴったり閉じてるから?」
「正解。この様式の呪具は適用範囲が広いんです。
箱というのは閉じた形をしていますから、結界や捕縛罠といった囲う、閉じ込める用途と最も相性がいい。あとは、中に何かを入れておくという概念に沿った道具向きでもあります。例えば爆弾のような。応用がきくぶん、使う側の工夫が問われる呪具なんですよ」
「ふーん、いい物なんだ?」
「いい物ですよ。呪具といってもピンキリですが、ひと目で呪具だと分かるような品を作れる呪装師は一握りです。質のいいものは量産しにくいので、どうしたって高価になりますし」
「すごいじゃん! フウカもいっぱい作って売れば?」
「ううん……趣味で作るなら出来そうだけど、三足のわらじを履くのは忙しすぎて無理! あっでも、そっちの分野で有名になれば剥製好きの友達ももっと増えるかな?」
「友人になれるかはともかく、剥製を高く評価する人間は間違いなく増えます。ついでに失礼を承知で言えば、稼ぎも今とは比較にならないくらい跳ね上がるでしょう。ですが勧められません」
「どうして?」
きっぱり止めてくるかがりに、風香は不思議がった。
儲かるし評価は上がるし人脈も増えるとなれば、いい事尽くめに聞こえるというのに。
右に左に首を捻り、はっと目を見開くと風香が口に手を当てる。
「もしかして……独占欲!?
お前は私だけの作り手でいてくれ、風香……みたいな」
「違いますっつーの。
この分野に進出するという事は、妖怪退治なんて語句が日常的に出てくる世界に本格的に身を投じるという事。直にドンパチやってる連中ほどではないにせよ、業界特有の厄介事が降り掛かってくるのは避けられません。
いいですか、妖怪よりも人間が面倒なのです。
高品質な道具をオリジナルから作れる天然物の呪装師なんて、どこも喉から手が出る程欲しがりますからね。有力な後ろ盾もないまま名が広まれば、うまく言い包めて囲い込みにくる所や、商売敵と見て絡んでくる所が絶対出ますよ。騙されたのに気付いた時は身動きが取れなくなっているという寸法です。そんなの嫌でしょう」
「アーちゃん……心配してくれてるんだ……」
「いやあの、話聞いてたか?」
さすがにかがりも真顔になった。
真剣に身の危険を説いている時に自己陶酔している場合ではないだろう。
かがりの目付きがやや険しくなったのを見て、焦った風香がガクガクと首を縦に振る。
「……でも、ほんとにそんなオオゲサな事になる?
わざわざ素人をスカウトしなくても、プロになりたい新人さんくらいどこでも足りてるんじゃないかな?」
「なりますよ。いつでも捨てられる歯車は沢山いても、天才は稀ですから」
「さらっと怖い話した!?
えっえっ、まさか攫われて頭に電極埋め込まれて働かせられたりしないよね!?」
「しませんよ! そんな事をすれば二重の意味で社会的制裁を受けます!
私も昔、人伝に聞いた話に過ぎませんが、要は勧誘がしつこく来るんです。断っても断っても連日連夜の「基礎から教えるから大丈夫。ただしカリキュラム終わったらうちで働け」の電話に加えて、賄賂代わりのプレゼント攻勢が続くなんてげんなりするでしょう」
「うえぇ、それは嫌……他のお仕事やれなくなっちゃう」
やらせたくないんですよ他の仕事をと、かがりは心中密かに溜息をつく。どうしたものか、という思いである。
今の時代いきなり誘拐するような奴はいないとしても、この仕事一本に絞らせるくらいの干渉はどこでもしてくるだろう。風香は、アンティークショップにも剥製店にもやり甲斐を感じている。偶然発見した副産物で平穏を乱したくはなかった。
一番いいのは、おいそれと他がちょっかいをかけられない大物にバックアップについてもらう事だが、かがりにそんな有力者とのコネクションは無い。市長という表側での有力な立場にある蟻巣塚に頼もうにも、間違いなく関わるのを当の蟻巣塚が嫌がる。
とりあえず当面の安全策として、店頭やオークションで売ったり大勢の目につく場所に置くのはやめるようかがりはアドバイスし、これには風香も素直に同意した。
「じゃあアーちゃん、これあげよっか?
売るのはやめるけど、アーちゃん個人がこっそり使うぶんにはいいんじゃない?」
「あっ、そうしなよ! いい道具を使えばパワーアップできるじゃん!」
「いや、質の高さは明らかですが、製造工程が不明な呪具をぶっつけで使うのは危険なんですよ。どこにどんな癖や欠陥を秘めているかまでは、見た目からは分かりませんからね。
そういったマイナス面を潰しているか、潰せないまでも使用上の注意として客に伝えられるからこそのプロなんです。だからこれを使おうと思うなら、繰り返し試験にかけて特徴やばらつきを把握する所から始めないと」
「工業製品みたいだね。まーでも、わたしもテストしてない服や化粧品なんて使う気にはなれないから分かる」
「だったら、かがりがその試練をやってあげたら? それで使えそうなら譲ってもらおうよ」
「試練じゃなくて試験な。……簡単なテストならやれるが、とても正規品として合格を出せるようなもんじゃないぞ」
かがりに限らず、普及品をまとめ買いした時に誰もが行っている程度のテストである。
ランダムにふたつみっつ抜き出して、普段使うように使ってみるだけ。
欠陥品など滅多に紛れていないが、不良品を完全に消す事はどうしてもできない。かがりも一度端が破れている物と、字がおかしな滲み方をする呪符にぶつかり、交換してもらった経験があった。
既に剥製が動いた原因を探るという趣旨から外れつつあるものの、当の依頼主である風香の希望もあって、一個だけという条件で引き受ける。行きがかり上仕方ないという気乗りのしなさは、たちまち新たな驚きに取って代わられた。
「素晴らしいな……なんて素直な力の通り方をするんだ……」
一個だけという約束はどこへやら、興奮のまま何個か同じように試したかがりは感嘆を抑えられなかった。
かがりが呪具への刻印用に主に使っているのは、特定の植物から抽出した液体を混ぜ込んだ墨だ。現場で対応する必要に迫られた時に備え、常に小瓶に詰めて携帯するようにしている。
その墨と筆を使い、貝殻の表面に字を書いただけの簡単なテストだが、結果はまさしく目を見張るものであった。高級品とは無縁な仕事をしてきたせいで尚更感動が大きいのを差し引いても、貝に宿るクリアな色調は声をあげたくなるばかり。
というよりも馴染みの術式でありながら、明らかに効果が増大している気配すら感じ取れる。
ほら、と試しにユウに向けてみせると、ぎょっとしたように後退った。
これならすぐにでも実戦投入できる――という判断は尚早に過ぎるとしても、正式なテストにかければまず間違いなく突破すると確信できる。仮に欠陥が発見されようが、この出来なら解消する方法を周囲が勝手に探してくれる筈だ。
その後は――考えるまでもない。引っ張りだこになるか勧誘合戦になるか、暫くの間平穏からは程遠い生活を風香は強いられる。
優れている事を率直に喜べないこの分野の現状を、かがりは多少憂いたくなった。
「素直なんてそんなあ、照れちゃう」
「フウカじゃなくて道具の事を言ってるんだと思う。
ねえねえ、こういう貝殻みたいなのって他にも作ってないの?
――お、あっちにあるのは違う? 布がかかってるやつ」
「あっ、それはダメッ!!」
歩き出したユウの背中に、鋭い制止が飛んだ。




