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昼間原狂騒・二岩 - 4

「そういう道具ってどこで仕入れるの?

……やっぱり妖しの世界だけに生きる者達の秘密の裏ルートがあったり?」

「そこに転がってる通販冊子で買えますよ」

「通販できるの!?」

「裏ルートというか、昔ながらの古めかしい対面交渉での取引を続けている家もありますが、こうやって時代の流れに適応しているところも出ています。

どこもかしこも客が群がる最高級品を作れる訳じゃありませんから、こうやって量産可能な商品で稼ぐんです。秘術秘法に使うような希少品は、今でも直接交渉するしかない世界ですけどね」

「ほへー」

「まあ、私には縁のないものです。

飛び抜けて優れた触媒が必要になる大技なんてそもそも習得してませんし、価格もそれこそ二桁三桁違います。うちは市の雇われですからね、そんな物を好き勝手に買ったら怒られるじゃ済みませんよ」

「普及品と一点物の違いって事ね。ね、これわたしが見ちゃっても平気?」

「構いませんよ。面白くないと思いますけど」

「ありがと! ね、ユウちゃんも一緒に見よ」

「それよりお菓子食べようよ」


風香は上半身を伸ばして通販冊子を拾うと、興味深げにページを捲り始めた。隣では許可を得たユウがタルトを貪っている。菓子のおかげで警戒心は解けつつあるようだ。

専門外の人間に見せて良いのかに関しては、既にこういう分野があると知ってしまっているなら、中身は単なる商品カタログである為問題はない。

もっとも載っている写真は50枚1セットの御札やらプラケースに収まった針やら砕いた水晶やらで、説明文にも「焼却」「切断」「血液入り」「影縫」「初級蠱毒向き」といった怪しい単語ばかりが記載されており、一般的な専門分野のカタログとは異彩を放っている。

写真と文面だけなら完全にオカルト雑誌なので、その類のジャンルが好きなら面白く読めるのかもしれない。


一段落したらしくページを閉じ、思い出したように茶を飲んでタルトを頬張る風香。お行儀が悪くてごめんねと謝ってから、再びページを開く。そういう所はしっかりしている。

半分皿に残ったタルトを、座卓に顎を乗せたユウがじいっと仰ぎ見ていた。

かがりが睨むと、すごすごとずり下がっていく。


「ね、アーちゃん。これってお札だよね?」

「札ですね。我々の間では呪符や護符といった呼び方が一般的です。

書かれた文字や図形によって、攻撃から足止めまで幅広い用途に使えます」

「でも何も書いてないよ? 真っ白」

「字や図は自分で書くんですよ。売ってるのは土台です」

「へーえ。買うの?」

「それはこの前買ったばかりだから、まだ足りてますね」

「ほうほう、しっかりしてらっしゃる」


何故か感心したように言い、風香はページを捲るのに戻る。

様になる読書姿を眺めながら、かがりもタルトにフォークをめり込ませた。一口食べる。甘い。だが美味い。さっくりしたタルトの生地。そこに被さるねっとりしたバナナと林檎。重たい甘味が舌を通して脳に染み渡るようだ。

疲れた時には甘味がいいと言う。近頃は多方面に気を使いっぱなしだったから、体が求めていたのかもしれない。

無意識に二口目、三口目とフォークが進む。

深く考えずに緑茶を出してしまったが、互いの味は反発しあっていない。

いつの間にかテーブルの下を通ってにじり寄ってきていたユウに気付き、小さく切り取った先端を落としてやる。繰り返し食べたくなるのも理解できる美味であった。


「あれっ、生き物も売ってるよ。ペット?」

「ペットじゃありません。虫だの蛙だのでしょう?」

「うん、そう」

「それらは触媒です。車を動かすのに必要なガソリンの役割を持つと思ってくれれば。

そのまま使うのではなく、潰したり血を絞ったりして他の道具と混ぜる事で効果を高められるんですよ。それぞれ専用の餌や環境で育てた、特殊な生き物なんです」

「へええ、すごいね。ブランドのお肉みたい」

「気持ち悪くありませんか、こういう話は」

「ぜんぜん」

「それはそれは」


聞かれるまま喋りすぎたかと一旦ブレーキをかけるかがりを余所に、風香に気に留める様子はなく、むしろ未知の世界の話に興味津々で耳を傾けている。

カタログに掲載されている写真はヒキガエルやイモリや蚕といった、お世辞にも女性受けしなさそうなものばかりだが、日頃から剥製を通して多くの生物に触れている風香にとっては、毛の有る無しなどたいした差ではないのかもしれない。潰して血を絞る云々に関しては、そもそも彼女自身が出会い頭にユウを剥製にしかけたくらいだから今更である。

そういえば結局何だったのだろうか、トビケラ弾というのは。


「あっそうそう、生き物で思い出した。

今日はお店のお祝いの他に、相談があって来たんだ」

「相談?」

「うん。あのね、なんとうちに置いてある剥製がいきなり動いたの!」

「そちらを真っ先に話すべきだったのでは!?」


かがりは、思わずフォークを取り落としかけた。

ついこの間命に関わる危険に晒されておきながら、よりによって自分の生活空間に発生した異変を後回しにして、茶を飲みながら通販カタログ閲覧とは呑気にも程がある。

それとも豪胆というのか、これは。

大声を聞きつけ、なになにとテーブルの下からユウが這い出してくる。

剥製が動いたらしいとかがりが聞いたままを伝えると、ユウは小首を傾げた。


「俺は詳しく知らないけど、剥製って動くの?」

「動く訳ないだろ死んでるんだから。

詳しい事情を聞かせて頂けますか、些峰さん」

「こないだも思ったけど、アーちゃんってユウちゃんと他の人に話す時とで喋り方違うよね。わたしには自然体でいいって言ってくれたのに、ちょっと寂しいな。『詳しく聞かせてくれ、風香』って言ってもいいんだよ」

「詳しい事情を聞かせて頂けますか、些峰さん」

「無表情でリピートするのやめてってば。ごめんってば」

「別に怒ってはいませんよ。それに――さて、案外こちらの口調が素なのかもしれませんし」

「え……俺って距離置かれてたの……」


ともあれ、風香の説明はこうだった。

昨晩いつものように工房へ入り、明日の支度をしていたまさに目の前で、床に置いてあった剥製が動いたのだという。それも多少揺れた、傾いたといった動き方ではなく、こちらへ向かって一気に直進してくるという激しさで。

死ぬほど驚いたものの、異変はすぐに収まり、それきり剥製が動く事はなかった。

公園の時と違って本当に地震が起きた可能性も考えたが、どこのニュースでも発生は知らせておらず、もう一度工房に戻りやはり動いていないのを再確認した後、腑に落ちないながらも就寝。そして今日、店の祝いも兼ねてこの件を相談したく訪れたのだという。

いや寝るなよと呆れているかがりの前で、風香は自分の両手を見下ろして戦慄く。


「どうしよう……わたしってば、遂に死から生を作り出す境地に達してしまったのかも……。しかも老境に入ってからじゃなくこの若さで……師匠が今度来たら自慢しよ……」

「そこは喜んでないで怯えるところです。

怖くないんですか? 祟られたかもとは思わないんですか?」

「ほへ、祟られる? なんで? 死んでるのに」

「死んでるから祟られるんじゃないですかね……生きてるなら怒られるとか憎まれるって言うでしょう」


そうは言ったものの、実際に祟りの類である可能性は限りなく低いとかがりは考えていた。

昼間原がまさしくそれに該当するように、呪いや祟りは現実に存在するが、死した後までも現世に影響を残し続けられるとなると、一定水準以上の力を持つ妖に限られる。

風香の手元にあるのは野生もしくは飼育下の鳥獣で、しかも大半は死んだ状態で運び込まれてきたものに過ぎない。基本、ただの動物や人間に祟る力などないのだ。死んでるのにという風香の言葉は真理をついている。

となると挙げられる可能性は三つ。

昼間原市で日常的に発生している低位の妖が悪さをしたか、例外的にただの動物が外的要因により妖に変性したか、夏祭りの幻術に端を発する大規模な異変の兆しであるかである。

可能性が最も高いのはひとつめだが、昼間原の現状が現状なだけに、他のふたつに関しても無視はできない。


「全く見知らぬ場所ならこないだの公園みたいに恐怖が先に立つけど、自分の工房だからめちゃくちゃビックリはしても怖いとは感じなかったなあ。わたしの体の一部みたいなものだしね」

「そんな考え方もありますか」

「でも勝手に動かれるのは困るよね、売り物だから。

それで、この前言ってた妖怪が出たのかもしれないと思って、見に来てほしいの。もちろん、ちゃんとしたお仕事としてお願いしたいです。お寺や神社にお祓い頼むより、あんな凄い事やってたアーちゃんにお願いした方が確実そうだし」

「わかりました、そういう理由でしたら引き受けましょう。

ところで、あれ以来妖怪を目撃してはいませんか? 剥製が動いたみたいなのではなく、この前の黒い人魂のような奴を」

「それがー、ないの」


風香は目に見えてがっかりしている。余程剥製にしたかったらしい。

かがりは密かに安堵していた。たまたままだ遭遇していないだけかもしれないが、あの一件がトリガーになって妖が見える位置まで力が引き上げられてしまう懸念は、一応消えたと思って良さそうである。

またそうなると、風香にもはっきり見えていた敵性体ノヅチが、妖怪ではなく幻術である可能性が非常に高まった。

何故なら、肉体を持たず、霊体のみで構成された化性が何の能力も持たない一般人に知覚されるには、相当に高次の力を備えていなければならないからだ。にも関わらず、敵性体ノヅチの強さはそこまで格の違うものではなかった。というより、妙に脆かった。

これらから考えるに、あれは見せる事、惑わせる事を目的とした幻術の一部だったと結論付けるのが、現時点では妥当である。


「仮にまた出会えたとしても、剥製にするのは難しいと思いますよ。

この街にいるような弱い妖は、息の根を止めたら消滅するので」

「消えちゃうんだ。どうして?」

「肉体を有していないからです。

もとから肉体を有している妖は、まあ大概が高等な存在ですね」


話しながら、かがりは最後のタルトを口にした。

皿を片付けたら、さっそく風香の店に行ってみようと決める。

自分の店は――たぶんもう今日は閉店まで誰もこないという気がした。



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