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昼間原狂騒・二岩 - 3

照明をつける。

扉を開く。

看板を出す。

以上の三工程を以て、開店の儀とする。


「できた……」

「できたー!」


季節外れの大掃除に始まり、昼間原全域を巻き込む幻術という店とは全く関係ないトラブルに見舞われながらも、遂に新生きつねやの始まる朝がやってきた。

仕入れが滞った、資金繰りに行き詰まった、届いた品がイメージと違ったといった問題ならどんなに気が楽だったかと遠い目をしつつ、ひとまず最初のゴールを迎えた気持ちにかがりはなる。

実際にはゴールではなくここがスタートであるが、店で稼ぐ必要性が然程ないかがりにしてみれば、計画が無事に完了したという意識の方が強い。


出入り口の引き戸は間隔の広い格子の走るガラス戸に取り替えて、中が良く見えるように。店内の照明は民芸調の吊り下げ式と、行灯のようなフロア式のふたつを、この面積では強すぎると感じるくらいに明るく。

電気代は嵩んでしまうが、道路側からきつねやを何度も眺めて決めた事だった。

抑えた照明は、巧く使えば店の雰囲気作りに一役買ってくれる。ところが狭いとはいえ庭を挟んだ奥にあるきつねやでは、単に薄暗い印象だけになってしまう。

丸太を横にスライスして作った看板には、造花のアイビーを巻き付けて縁取りとした。これなら世話も要らず、彩りになる。緑が加わっただけでぐっと親しみやすさが増すから、不思議なものだ。

更に歩道から入口まで続くように敷石を並べ、道にする。土やら砂利やらが剥き出しでは入るのが躊躇われる点に配慮した。


店内の様子が良く見える扉。

明るい照明、小洒落た看板。

どうぞ入ってくださいとばかりに敷かれた道。


なんという事だ、ちゃんと店に見える。

やれば出来るじゃないかと、かがりは自画自賛した。

相変わらず何を売っている店なのかは不明なままでも、弄り始める前と比較したら天と地程の差がある。前の状態を写真に撮っておけば、比較してより感動できたのにと悔やんだくらいである。

これなら通りすがりの人間も店だと認識するだろうし、興味を持って数秒間立ち止まる者も出るだろう。その中からは、思い切って戸を叩いてみようと思う者も生まれるかもしれない。


ただし、新装開店の告知は一切行わなかった。

張り紙などは貼らず、チラシを郵便受けに投げ込みもしていない。

面倒だったというより、頑張るには頑張ったが宣伝するほど大した改装だろうかという気恥ずかしさに負けた為である。知る人ぞ知る位置付けの店であればいいのだという方向に逃げる事で、かがりは自分を納得させた。


「やったね! 見違えるみたいだぞ、かがり!」


隅々まで見通しの良くなった店内で、ユウが高らかに祝辞を述べる。

どんなに丁寧に拭いてもカバーしきれない経年劣化による剥げや汚れは、壁紙を貼ったから前ほど目立たない。それでも隠し切れない所には、中古家具店で購入したシェルフを置き、造花の鉢植えや雑貨類を置いて誤魔化した。

トレイに渦巻き模様を描いただけの、こんな物を誰が買うんだと首を傾げていた小物が、まさかこういう形で役立つとは。

長いこと窓の役割を全く果たしていなかった窓からも、新調したガラスを通して光が差し込んでいる。最近は心労の増す出来事ばかりだっただけに、店内に満ちる光はそのままかがり達の心を照らしてくれるかのようだった。

快調に稼働を続ける空気清浄機のおかげで、咳やくしゃみが止まらない悲劇も二度と起こるまい。


「はやく呼び込みしようよ! いらっしゃいませーって叫ぶやつ」

「……アホ、できる訳ないだろそんなこっ恥ずかしい真似。

今まで通り、こんな店を訪ねてくる奇特な奴だけが変化に気付いてくれれば、それでいいんだ」

「ええーっ、せっかく頑張ってキレイにしたのに?

そこで控えめになる必要ある? かがりが恥ずかしいなら、俺が表に出て客連れてこようか。招き猫っぽくさ」

「やめろ、近所の人に迷惑をかけるんじゃない。そもそもたいして人通りもないんだ、ここは」

「ちぇっ」


などと言い合いつつ店を開けてから、あっさり二時間が経過した。

いまだ来客はゼロ。ユウは畳の間に上がってすぐの位置に陣取り、今か今かと人影が近付いてくるのを待っていた。

一方、かがりはこれといって客足を気にする様子はなく、無関心とすら思える態度で仕事道具の手入れに勤しんでいる。

が、実の所はそうでもなかった。素知らぬ顔をしているようで体全体がさりげなく店側に傾いており、正座した足先は痺れてもいないのにそわそわと動いている。


「客来ないね」

「そうだな」

「やっぱり気になってるんじゃん。ずっと家にいるし、作業しながらチラチラこっち見てるし」

「いくら何でも店が新しくなった初日から留守にはできないだろうが。たとえあまり関心がなくても」

「だいぶ関心ありまくりじゃない? やっぱ俺が外で……あっ来た!」

「なにっ」


ユウが上擦った声をあげ、かがりも弄っていた仕事道具を放り出して立ち上がった。手櫛でざっと服と前髪を整え、ごほんと咳払いをして店の方へ向かう。

さてどうする。愛想良くいらっしゃいませと挨拶するか。店が綺麗になったんですよと自ら切り出してみようか。それともあえて、別に変化など起きていませんが?とばかりの態度を装ってみるか。いやいやそれに何の意味がある。

様々な思惑が走馬灯の如く脳裏を駆け抜けていくかがりだったが、興奮しきったユウが一転ぴぃと鳴いて飛び上がり、身を翻して一目散に台所へ逃げ込んでいくのを見て、記念すべき来客第一号の正体を察した。


カラカラカラと、だいぶ滑りの良くなった戸が横に引かれる軽快な音。

次いで顔を覗かせるアイドル、でもなく役者でも芸能人でもモデルでもなく、しかしどれを名乗っても違和感はない人物。

たった一人加わっただけで、店内が更に一段階明るく、華やかになったかのような。


「これは些峰さん」

「こんにちはっ! もう入っても大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ、どうぞ」


一番乗りで訪ねてきたのは、先日の事件で本格的に知り合いとなった些峰風香であった。きつねやが今日から新装開店だという話を知っている、数少ないうちの一人である。


妖と関わる生業の人間は、本来ならそうしたものに無縁な一般人には近寄らず、距離を置くべきだとされている。

というよりも一般人が彼らの本業を知れば、普通は恐れや胡散臭さへの警戒から自然と関係を避けてくる筈なのだが、関わる事で得られるメリットを取るタイプの人間であった場合には、付き合いが継続するケースがままある。

それにしても、ここまで親しげに接してくるのは珍しい。

ほとんどは、正真正銘の祓い屋がいると知っていればいざという時役に立ちそう、程度の距離感に留まるというのに。


「お店今日からだよね、おめでとう!

花輪は用意できなかったけど、ハイこれ」


そう言って、風香が花束と菓子箱を差し出す。

菓子箱には、市内では良く知られた洋菓子店の名前がプリントされていた。

林檎とバナナのタルトだよ、と風香からの補足がある。

来るとは言っていたがあくまで客としてで、まさか祝いの品まで持参してくるとは思っていなかったかがりは少し慌ててしまった。

幾分恐縮しつつ、礼を言って受け取る。

畳の間からは、戻ってきたユウがそっと顔だけ出して様子を窺っていた。

風香と目が合いびくりと引っ込むも、お菓子あるよと風香が呼びかけると、再びじわじわと鼻先が前に迫り出してくる。あの調子では、そのうち檻に仕掛けた罠に引っかかるのではないだろうか。


「今日は、そちらの店は休みですか?」

「うんそう、ちょうど定休日。

アーちゃんのお店が新しくなるっていうから見に来たんだ。前がどんなだったかは知らないけどね」


あれは知らなくて正解だとかがりは思った。

そして、開店後すぐの来訪でなかったのは、手土産を買う為の店が開くのを待っていたのだと遅れて気付く。

そこまで細やかな気配りができるというのに、頑なにアーちゃん呼びをやめようとしないのは謎だ。おそらく蟻巣塚と同族なのだろうと、かがりはこの件に関しては早々に言って聞かせるのを諦めている。


やけにキラキラした目で店内の設置物を検めている風香に、かがりはだんだん決まりが悪くなってきた。素人なりに頑張ったという自負こそあるものの、ほぼ雑誌の真似で、本業の人間に見せて誇れる程の出来栄えでもない。

加えて風香は、アンティーク及び剥製という二系統の美術品を扱う専門家である。プロの厳しい審美眼に自分の拙いレイアウトが晒されていると思うと、若干どころではなく居心地が悪くなってしまう。


「ええと、アドバイスなんかがあれば」

「ほへ? アドバイス? なんの?」

「プロから見て、ここをこう変えるべきだとか、ここがなってないだとかの」

「わたしだってアドバイスできるほど偉くないよー。

自己流でいいんだよ、自己流で! やっててしっくりこなくなったら直せばいいの」


風香は明るく笑い飛ばし、手前にある桐箱入りの食器を指差す。

触れはしない。


「これってお茶碗? アーちゃん陶器が好きなんだね」

「好きというか……保存が楽そうで在庫管理を気にしなくて良さそうで、単品で置いておいても見栄えがしそうなものという条件で探したら、そこに行き着いたんです」

「陶器でも、ちゃんと管理しないと染みがついたりするよ」

「そうなのか……」

「こっちの部屋にもエアコン付けて、簡単にでも温度湿度管理するといいかもね。

あとなるべく日光の当たらない場所に移動させるとか」

「検討してみます」


なんだかんだでざっくりした助言を行いつつ、次に風香は茶碗の隣にあるぬいぐるみに目をやった。ラインナップに統一性がないせいで、一見、内装の一部と間違いそうなそれの前にも、商品名と値札が貼ってある。

フタコブペンギンラクダ、700円。


「これ何?」

「フタコブペンギンラクダです」

「いや……何?」

「……何だろう」

「えっと……どうしてこれを売ろうと思ったの?」

「あそこの百貨店で売っていたので、隙間を埋めるのに丁度いいかと……」

「売ってたんだ……」

「何故か見に行くたびに補充されてるんですよね……」


蟻巣塚も買っていったし、意外と売れ筋なのかもしれない。どの層が購入しているのかは謎だが。

死んだイカのようにだらんと伸びた長い手足に指を引っ掛けて上下させている風香を見ていたかがりは、立ち話をさせっぱなしだった事にやっと気が付いた。ただの客ならまだしも、わざわざ手土産まで持参してくれたのだから、一言声をかけて然るべきだろう。


「些峰さん、せっかくお土産を頂きましたし、奥でお茶を淹れますよ。

お時間があればどうです」

「わ、招待してくれるの?」

「招待というか、まあ、古びた茶の間ですがね」

「嬉しいけど、お店に出てなくて大丈夫?」

「どうせ誰も来ません。来たら中座しますので」

「うーん、じゃあ遠慮なく! ご馳走になるね」


素直に喜んでくれる風香を伴って、かがりは畳の間に上がった。

生花は管理が面倒だからと店内の植物は全て人工物で揃えたくらいなので、当然花瓶など用意していないしどこにもない。代わりに花束を生けられそうな容器を探していると、すぐに挿さなくても大丈夫だよと風香が言う。大丈夫らしい。なにぶん花を買って飾る機会がほぼ無いまま生きてきたかがりに、その辺りの事は分からない。

ひとまず台所に置いて、使い込んだヤカンを火にかけて戻ってくると、観念したユウが風香の前に出てきている所だった。


「いらっしゃい……」

「こんにちは、ユウちゃん。あの時は励ましてくれてありがとね。

今日持ってきたタルト、すっごくおいしいから楽しみにしててよ」

「うん……フタコブペンギンラクダのぬいぐるみ買うの?」

「買わないけど」

「おすすめだよ。かわいいよ」

「アーちゃん……この子大丈夫? 疲れてない?」

「その宣伝文句で前に売れたので、今度もいけると思ってるのかもしれない」

「売れたんだ……どんな人が買ったの?」

「守秘義務です」


市長です、とは言えなかった。

座卓の前に座布団を敷き、座るよう勧める。


「狭くてすみませんが」

「ううん、とってもいいお部屋だよ。あったまってるもん」

「……? 確かにまだ冷える日もあるから、寒くないようにはしてます」

「あはは、そうじゃなくって。

お店も建物も剥製もそうだけど、出来たばかりはまだ、そこに携わる人の体温が移ってないの。どんなに完璧に作った物でも、あったかくなるまでには時間がちょっとかかる。ちょうど、生まれたての赤ちゃんが起き出してハイハイ始めるみたいに。

そういう意味でこの部屋は、そう、もう呼吸をしてる。ずいぶん長く。だからとってもいいと思うよ。ね、ユウちゃん」

「呼吸とかあったまるは分からないけど、俺もこの部屋は好きだよ」

「お店の方も、だんだん体温持ってくるといいねー」

「……そうですね」


理解不能なようで不思議とニュアンスは伝わってくる風香の言葉に、かがりは頷いた。

じきに、湯が湧いた事を知らせるヤカンの笛の音が響いてくる。

かがりは台所へ戻り、火を止めると菓子箱の蓋を開けた。

あらかじめ切り分けられているタルトを取り出し、皿に乗せる。

自分ではまず買わない菓子だが、艶のある焼き色が食欲をそそる。断面も美しい。さすがに評判の店の菓子は違うなと感心しながら、かがりは急須に湯を注ぐ。

茶と菓子を盆に乗せて戻ると、風香が畳の上に広げられたままだった冊子や仕事道具の方を眺めていた。そういえば、作業をしている途中に風香がやって来たのだ。


「ああ散らかったままで失礼、いま片付けるので」

「これって仕事道具? こないだ使ってたのみたいな」

「そうそう、さっきまでかがりが掃除してたやつ」

「掃除じゃなくて手入れと整理な」


訂正しつつ、かがりは湯呑みに茶を注いでいった。

ユウは渋いと言って茶は飲みたがらないので、タルトの乗った皿だけを床に置いてやる。もう最近では動物だからとは考えずに、当たり前に人間の物を食べさせていた。


「といっても私が使う道具はだいたい使い捨てだから、磨いたり研いだりの手入れは滅多にありません。今日は、新しく導入する道具をどれにしようか検討していたんです。

あんな大物が出てきてしまった以上、今まで通りにぬるくやっていたのでは死にますからね。打てる手は打っておかないと」

「……大変だね……ほんと大変。お疲れさまです。改めて、あの時は助けてくれてありがとう」

「どう致しまして」


幾らか神妙になる風香に、かがりは微笑んだ。



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