とある寿司屋の通常営業
がま寿司の一日は仕入れから始まる。
といっても毎日ではなく、必要な日に限られる。場所は昼間原市の外れにある生鮮関連の仲卸だ。
昔は暗いうちから車を飛ばしてわざわざ漁港近くまで買い付けに行っていたが、齢を取って体に響くような無茶は出来なくなったらしい。
この程度毎日できなくて何が寿司屋だ、仕入れは自分の二つの目で見極めてこそ、という反骨精神というか若さ故の勢いというかも多分にあったと、この話題に及ぶと光安は懐かしそうな苦笑交じりに語る。
品質に問題はないらしく、それどころかなかなか良い物を揃えてくるようだ。
このご時世に、どうせ選択肢はないからうちで買うだろうと見くびって舐めた仕事をしようものなら、子供や孫世代のアドバイスでネット経由に代表される他へ鞍替えされかねない為、業者側でも下手を打てないのである。
実際には付き合いもあるからそうそう簡単に縁切りとはいかないとしても、時代に適応できない所から滅んでいくのは、忍者に限らず世の常なのであった。
ちなみに、家族のアドバイスで実際にネット仕入れも試してみてはいる。
光安曰く「そこそこ」なのだとか。
それが済むと、店内の清掃に移る。
掃除なら前日の営業終了後にも行っているのだから必要なさそうなのに、仕入れをしない日であろうと定休日であろうと、これだけは欠かさない。
掃除さえできなくなるようなら店を閉める、ときっぱり光安は言う。
疲れないのかと聞かれれば、動かないとボケる、と言う。
人を雇ったらと言われれば、金が無い、と言う。
まあ、自由にやりたいのだろう。
春や夏といった長い休みのある時期には、アルバイトに来ている孫らしき青年を見る事もあるとかないとか。
「んん?」
昨晩きっちりと雑巾を掛けた筈のカウンター裏隅に、何やら蠢く塊がある。
さては鼠でも入り込んだかと顔の皺を深くして近付けば、妖。
寒天を固めたような半透明の虫が、光安に気付いて動きを止めた。
ん?とでもいうように丸い頭を傾げる。割と愛嬌のある顔立ちをしていた。
「ふんぬ」
流れるように虫を踏み潰す光安。
子猫程の大きさがあった妖はべしゃりと飛び散り、たちまち溶けて消えた。
「しょっちゅう湧いてくっけど、糞だの死体だのが残らねぇのはいいやな」
がま寿司の近くには、かがりが認定した「溜まり」が存在する。
ただしうまそうな海産物に引き寄せられるのか、定期的に湧いた妖のほとんどがここに集まり、それを光安が片っ端から潰したり、生ゴミと一緒にポリバケツに突っ込んだりしてしまうので、かがりがこの近辺で仕事をする機会はあまり訪れないのだった。
店内と店外の掃除を終えた頃には正午が見えてきており、ランチ営業の支度を始める。
儲けはあまりないらしい。それでも値段はずっと据え置きのままだ。
値上げが話題になるたびに、このトシだしもう半分趣味でやってるみたいなもんだからなと、光安は嘯く。
実際に、余った魚が勿体無いからと家族やご近所さんを訪ねついでに土産に持っていった賄いちらし寿司が甚く好評で、これを昼にも食べたいという声に押し負ける形で始めた為、趣味でありなおかつ奉仕作業に近い。
光安の中ではあくまでオマケの位置付けなので、余りの材料がなくなった時点で昼の営業は終わりだ。たまに、草野球の試合が見たいからといった理由で突発的に閉まっていたりもする。
それでも客に愛想を尽かされないという事は、まあそういう事なのだろう。
ランチメニューはバラちらしのみ。
これに茶碗蒸しとあら汁と香の物がつく。漬物以外、いずれも余り物の有効利用なのだとか。
とはいえ当然味はいい。今日のランチも早々に売り切れた。
戸を閉めてランチ終了の札を張り、洗い物を済ませ、カウンターを拭き、生ゴミを始末する。
後片付けも終わろうかという頃、控え目に戸を叩く音がした。
開いてるよと光安が答えると、遠慮がちに戸が開き、風香が顔を覗かせる。
「こんにちはぁー……もう閉めちゃってますよね?」
「閉めてっぞぉー。どうした?」
「それが急に師匠が訪ねてくる事になって、またお寿司を持ち帰りたくて……三人前。師匠二人前、わたし一人前で、別の寿司桶に入れてほしいんです。容器は後で届けに伺いますから」
「はいよみっつな、入って座ってなァ。ちっとかかるぞ」
「ありがとうございます、とっても助かりますぅ!」
斯くの如しである。
営業終了とは一体。
待たずに出前を頼みたい時にも、この時間帯が狙い目だ。
営業終了とは一体。
夕方が近付くと、いよいよ本番である夜の営業が始まる。
近所なら出前も可能だが、光安ひとりで切り盛りしている為、数が多い場合は電話予約が望ましい。
また、届けに行っている間は営業時間に入っていようと「出前中」の札ひとつで開店時間が伸ばされたり、ちょっと出てくるの一言で客を残して光安が店を離れてしまう事まである。
基本、出前は近所限定ですぐ戻ると分かっているからこそ、ぎりぎりで許されている自由さだった。
夜からは酒も出すが、泥酔は厳禁である。
というより、酔って暴れる、他の客に絡む、さっさと料理を出せと怒鳴るなどしたが最後、「愛想が良くて融通のきく、うまい寿司を握る爺さん」である光安が鬼神と化す事を、店に通って長い客ほど心得ている為、店内の空気は落ち着いたものだ。
大声で騒ぐ若いチンピラ集団が店に入った直後、包丁と鯛の骨と鯵のゼイゴの機銃掃射を食らっただとか、殊の外タチの悪かった客は店を出た直後に月明かりの途絶えた路地裏で突然姿を消し、翌日のランチメニューに何故か生ハムサラダが追加されていただとか、真偽不明な伝説には事欠かない店でもある。
それで真実はどうなんですか、とボーナス後に奮発して食べにきた舞が勇敢にも聞いてみたところ、どうなんだろうなァ、と光安は答えたという。
そんな事してる訳ないだろという否定は何度尋ねても遂になかったと、後に舞は青い顔で蟻巣塚に語った。
逆に言えば治安と雰囲気のいい店でもあるので、夜に子供連れで食べにきても、常連ばかり相手にしていて疎外感を味わう羽目にもならない。
超一流の店とはいかなくとも、味と価格と利便性と人柄とのバランスが取れているおかげで、昨今の厳しい競争に晒されても致命的なまでに客が離れてはいかないのだろう。
あの店主あってのあの店という言葉を体現しているような飲食店が、がま寿司なのであった。
「うぅし、今日も働いた働いた!」
そんなこんなで、一日が終わった。
今夜の客は四組だけだった。たまにはこんな日もある。
それはそれで翌日のランチにありつける客が増えて喜ばれるさと笑う光安の肌艶は、とてもいい。
いつ辞めるか分からんと口にする頻度が増え、利益への執着も薄くなりつつあるのは確かだとしても、光安が己の技術とこの店と、そして訪れる客を愛しているのもまた間違いない。
強い生き甲斐がもたらす心の張りこそが、人をいつまでも若々しく保ち続けるのである。
すっかり暗くなった外に出てのれんを下ろし、立て看板をしまい、戸に鍵をかけようとした時、視界の端を掠めた違和感に、光安は、あん?と怪訝そうに目を細めた。
いつものヘンテコな生き物かと思いきや、どうも微妙に違う。
と、植木鉢の影に隠れて蹲っていた二匹が、勇を奮ったようにわさわさと体を揺すりながら近付いてきて、並んで光安を見上げたのである。
驚くべき事に、そこには何らかの自我や人格の類が感じ取れるではないか。
昼間原の呪いによって誕生する妖は、下等な妖の中でも更に下等。それが自我を宿すなど極めて稀である。鳶が鷹を生むではないが、このまま数年、数十年という時を経れば、大妖として存在を確立する奇跡も起こり得るかもしれない。
『こんばんは、おみせにいれてくれませんか』
『くれませんか』
『このこに、おすしをいっこほしいです』
『おかあさんのは?』
『おかあさんはいいのよ、おまえがおたべ』
『じゃあはんぶんずつたべよう』
『まあ、なんてやさしいこなの』
『いつかおかあさんにおすしをにこたべさせてあげるからね』
といった内容ではないかと推測される会話を身振り手振りで行うと、二匹は再び揃って前を向く。
『おすしをいっこ』
「ふんぬ」
光安は、それらを両方まとめて踏み潰した。




