昼間原狂騒・一岩 - 16
「やだああー!」
「ダメだ!」
「嫌だったら嫌だあー!!」
「ダメだったらダメだ! あっ、こら爪を立てるんじゃない!」
近いいつかのどこかで見たような修羅場が、きつねや内部、というか楝家の風呂場で繰り広げられていた。
かがりに両手で脇の下を掴まれてしまったユウは、それでも逃れようと背を捩り、手足をばたつかせ必死の抵抗を試みる。その嫌がり方たるや、初めて服を着せられそうになった時の比ではない。動物病院に連れて行かれた時と争うか、あるいは上回るだろう。
激しい動きに加え、全身ずぶ濡れなせいもあって何度も滑りそうになる手に力を込め、かがりが一喝した。
「おとなしくしろ!!
お前は、店で寿司が食いたくないのか!!」
かがりがその単語を持ち出すと、嘘のように抵抗がぴたりと止まった。
風呂か、寿司か。二つを天秤にかけられたユウは暫し動きを止め――やがて先程よりは弱く、だが諦め悪くバタバタともがき出す。ぬるめに調整した湯が、そのたびに手やら足やら尻尾から、かがりの顔と髪目掛け飛沫となって飛んでくる。
それらを浴びながら、最後の抵抗の意志を挫くべく、かがりがもうひと押しした。
「いくら先日の一件の報告の続きを兼ねた労いの席といってもな、本来ならお前は留守番だったんだ。こっそり座敷席にあげてくれるという見切さんの厚意を、風呂が嫌だの一言で無駄にするつもりか!」
「うっ、うう……おじいちゃんのお寿司……」
それ抜きにしても一回洗いたかったがなと、かがりは心中でこっそり付け加えた。
ざっと毛を掻き分けたところノミやダニはいないし、毛繕いもこまめにしているのだろうが、やはり純山育ちというだけあって若干気になるといえば気になっていたのである。手触りとか、匂いとか。
遂にユウが観念したのを見て取ると、それでも用心深く片手で首根っこの皮を握って押さえながら、もう片手で買ってきたシャンプーを引き寄せる。容器には犬用シャンプーと書いてあった。狐に使って良いのかは不明だが、低刺激性らしいから問題あるまい。妖怪だし。
かがりの親指が栓を跳ね上げる。きゅぽん、という小気味良い音が狭い浴室内に反射し、ユウは目を閉じて思い切り背を縮こめた。
「さあ行くぞ、お前も覚悟を決めろ。
野生の誇りを示しての逃走か――はたまた極上の稲荷寿司か」




