表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/86

昼間原狂騒・一岩 - 14

「と……とにかくっ!

説明は以上です。我々は霊能者で、この狐は妖怪で、そして全員が現在非常に危険な状態に置かれている。他の気になる事は全部後回しにしてください。いいですね!」


とうとう、かがりが風香の元から強引にユウを奪い返した。

ああん、と名残惜しげな声をあげて手を伸ばしてくる風香を睨み、念を押す。


「いいですね?」

「…………えーと……大変、失礼致しましたぁー……」


射殺しそうな目を向けられればさしもの興奮も冷め、営業口調で風香が狂態を詫びる。時間にすればごく僅かの、しかし一名にとっては永遠にも感じる長い拘束であった。

ともあれ現段階で開示できる必要最低限の情報は与えた。次は脱出法の検討に移る番だ。ガタガタ震えているユウを宥めて落ち着かせながら、かがりから疑問点を切り出す。


「あれは……何だろうな」

「率直に言って、見た事がありません。黒い風船……でしょうか」

「そうだね、風船みたいだった。風船に目はないけど」

「フーセン?」

「ああ、お前は知らないのか風船。あの夏祭りでも売ってたんだが……今度教えてやるよ」

「ふうん……?」


首を傾げるユウを除き、全員が受けた印象は共通していた。

ばらばらの形で生まれてくる妖もいれば、ある程度種族で固まった姿をしている妖怪もいる。前者は概ね生まれたてのような不安定で弱い存在が多く、後者は概ね霊格の高い強者である事が多い。

昼間原で見掛けるのは全て前者だった。

かがりが今日まで始末してきた中にも、あれと共通する外見要素を備えていた者がいなくもない。その一種だと思えればいいのだが、それにしては強さが段違いである。


「無理に例えるなら野槌でしょうか。細部は全然似ていませんけどね」

「ノヅチ?」

「野槌ってのは……いや詳しい説明なんか後でいいか。

要は蛇だ蛇。頭が無いでかい蛇だと思っておけ。全然似てないけどな」

「……?」


相変わらず分かっていないユウと、今度は風香も置いて作戦会議は進む。

考えるべきは二点。一点はあの敵をどうやって倒すか。もう一点はこの幻の公園からどうやって抜け出すかである。

そしてこの二点は、綿密に結び付いている可能性が高い。


つまり、あの化け物を倒せば幻が解ける。

逆に言えば、あの化け物を倒せない限り幻からは抜け出せない。


あくまで可能性であって、倒せば幻が解ける保証はなく、また倒せなくても解けるかもしれない。故にこのまま身を潜めて待っているというのも、ひとつの選択ではある。

しかしやはり、かがり達が幻に囚われるのとほぼ時を同じくして出現している事から、あれの死と解除のトリガーを切り離して考えるのは難しく思えた。


敵を倒せば抜け出せる。


条件としては非常にシンプルだ。

優しい、とさえ言える。仕組みを知らなくても、腕っぷしさえあれば逃げられるようになっているのだから。

もっとも、その腕っぷしのハードルがどの高さに設定されているのかは未知数であるが。


次に、かがり達は互いが所持している道具を確認した。

かがりの手持ちは、茶色みを帯びた名刺サイズの符が五枚。これは要所要所に仕掛けて捕獲に使っている。次に砂の入った小瓶。無論ただの砂ではなく、土や樹に刻んだ紋様の線上へ振り掛けたり盛る事で、効果を補強してくれる。これもやはり捕縛用だ。あとは一見ゴム紐のような、拘束用の紐。ユウを縛るのにも使った。

動けなくして叩き潰すのを基本としてやってきた為、どうしても道具の幅が狭くなる。宙に浮かぶ相手には効果が発揮し難くなるのも痛い。


次は舞。こちらは驚くべき事に、あちらこちらから出てきた道具の全てが苦無だった。符を斜めに巻いた苦無。横に巻いた苦無。全部覆った苦無。特に仕込みをしていない素の苦無。

技のベースが苦無なのだろうとはかがりも予想していたとはいえ、まさか全部苦無だとまでは思っていなかった。別に撒菱やら手裏剣やら水蜘蛛が出てくるのを期待していた訳ではないのだが、それにしてももう少しくらいバリエーションがないのかという気持ちが目に表れてしまうのは仕方ない。忍者のくせに。

かがりの視線を受けて舞は若干気まずげに目を逸らし、家に帰ればもっとありますからと主張した。

議題になっているのはその家に帰る為の方法である。


せめて個々の最大限の能力を発揮できるのならまだしも、手持ちの道具も厳しい。

戦力が不充分なら作戦でカバーしろとは昔から言われている事だが、実際の作戦など、戦力が充分だと想定して初めて成り立つようなものがほとんどである。


「こちらの戦力は二名とすれば、取れる作戦はせいぜい不意討ちか挟撃かの二択。あとは逃亡か待機になるが……」


夏祭りの時の事を思うと、敷地外を目指す方法で脱出できる可能性は極めて薄い。

煙幕を使った後に出口へ向かわず、確実に化け物と距離を取れそうなグラウンド方面へ撤退した理由もそこにある。ループ先がせっかく撒いた化け物の目と鼻の先では目も当てられない。

そうやって堂々巡りを繰り返すうちに、体力だけ消耗するのが最悪のパターンだ。


それに比べれば、戦闘を避けて待機し続ける方がまだ望みがある。

舞が市の仕事でここにいるという事は、その指示を出したのは蟻巣塚だ。連絡の取れない時間が長引けば、何か起きたと悟って救援が差し向けられるだろう。

ただし、差し向けられはしても破れるかとなると別問題だ。

なにせ前回の幻術においても、自分は有効打を打てた訳ではないと蟻巣塚は明言している。結局は、時間と体力を浪費するだけに終わってもおかしくはない。


苦無を元通りにしまいながら、舞が陽気に言った。


「ここは捕まって責め苦にあい、それでも脱走を諦めなかった先輩くのいち達のようにポジティブに考えるべきです!

先の幻術の時には発生源の手掛かりさえ掴めなかったから、ただ歩き回るしかなかったのですよね。ですが今回は実に分かりやすい敵が出てきてくれているのです。だったらあれを倒せば、と思えませんか?」

「うん、かがりならあんなヤツ絶対勝てるよ!

かがりは凄いんだぞ。毎日この街の平和を守ってるし、群れの若手でもリーダー格だったあいつらまで倒しちゃったし」

「お前はまたそういう……だからあの時はまだ私に蛇が残ってたからであってな……」

「そうだ、俺も考えてみたんだけどさ、弱点を狙ってみたらどうかな。

ヒーローがやっつける悪い奴には、必ず弱点があるんだ! あの鎧と鎧の隙間なんてどう? なんか光ってたし、いかにもな感じじゃなかった?」

「……は?」

「鎧?」


揃って聞き返すかがりと舞に、ユウは胸を張って答えた。


「思い出した! 鎧武者っていうんでしょ、ああいうの。

フーセン……?やノヅチってのに似てるっていうのは分からないけど、それは知ってる。日曜日にテレビで見たやつでもさ『ダメだ堅すぎるッ、効いていない!』『あの隙間を狙うんだ!』って」

「ま、待て! ちょっと待て!」


下手くそな声真似までして得意そうに喋り続けるユウを、かがりが制止した。心臓が激しく脈打っている。


「お前には、あれが人間に見えてるのか?」


えっ、と言葉を失うユウに、冗談や勘違いで言った訳ではないとかがりは確信する。舞の目付きも変わっていた。両者とも、膠着した状況に何がもたらされたのかを瞬時に理解したのだ。


ユウには、自分たちに見えていないものが見えている。


狐という種族の生来の力によるものか。あるいは他の要因か。

弱いくせに何故、などと追求している場合ではない。事実を事実として受け入れ、利用する。それなくして勝利と生存はない。

これまでと性質の違う眼光を放ち始めた二人を、一転してユウが不安げに見ている。先程の発言にまずい箇所があったのかもしれないと思っているらしい。

とんでもない、千の宝にも勝る。


あれを人型として認識していたのはお前だけだとかがりに聞かされて、ユウは非常に驚いていた。


「風船は知ってるけど、フーセンっていう俺の知らない物があるのかなって思ったんだよ。俺の知ってる風船とは全然見た目違ってたのに、みんな何も言わないしさ」

「そうか、風船や野槌という単語への反応が鈍かったのはそのせいか」

「そう。でもノヅチは本当に知らなかったんだけどね」

「そこは知っておけよ。ユウ、もうひとつ教えてくれ」

「う、うん?」

「最初の霜走さんの苦無、投げたやつな。あれはどういう感じでヤツに当たってた?」

「……あんま覚えてないけど、当たってなかったと思う。っていうか今聞くまで外したんだと思ってたよ」

「そうか……」


全てが手探りな中で、かがりは、ようやくひとつの解答を得た。


「効かなかったんじゃない、そもそも命中していなかったんだ。

輪郭の位置が、我々に認識できているのと違っている」

「はあ、ずらしてるのですか。

ここが幻術内だという事を思えば妥当な真相ですが、おのれ小癪な真似を」

「むしろ忍者の方がそういう小癪や姑息な戦法の専門なのでは」

「ぐっ……そう言われると何も言い返せない……。

仰る通り、なるべく自分は真正面から戦いたくないのですよ。不意討ち毒殺トラップ上等なのでござるよ。にんにん」

「その語尾いらないですから」

「忍者……?」

「些峰さんもお気になさらず。

よし、ひとつだけ――ほんのひとつだけだが先が見えた気分だ」


先というのは、つまりこうだ。

ユウに敵を目視してもらい、指示に従ってかがり達が攻撃する。

単純明快な作戦に、舞は難色を示した。


「簡単に言うけど相当な難易度でござるぞ」

「だから語尾……確かに難しいですが、ナビゲート無しで戦うのはもっと難しい。ユウ、こういう丸くて長いのの……どの辺りが鎧で、どの辺りに隙間があったかを言えるか?」


かがりが指で土にざっと描いた絵を見て、ユウは困り顔になった。


「うーん、わかんない。かがりにはこう見えてたの?」

「お前を除く全員にな。……そりゃそうか、両方の姿を知らなきゃ比べようがないもんな。よし、次はお前の番だ。私がやったみたいに描いてみろ、その鎧武者とやらの…………いや、わかった、もういい」

「えっ、なんで? 俺ちゃんと描けるよ。あのね、こういうふうに腕が二本あって、足も二本あって」

「もういい。そうだな、腕が二本あって足も二本あるな。良く描けたな、偉いな」


元より、狐に画力を期待する方が間違いだったとかがりは反省した。

それでも幾つかのヒントは得られる。

タイルごと地面を削った長い尾による振り抜きは、おそらく腕であり、その手に握る武器である刀だ。

あれがユウの言う通り刀を持つ鎧武者だというのなら、頭突きに蹴り、体当たりと想定し得る攻撃は他にも複数あるとはいえ、一撃が致命傷となるような攻撃は尾の他からは来ない、とひとつ仮定できる。

それにしても、頭部から直に垂れ下がっていた長い尾が人体における腕と刀に該当するとは、認識と実体間でのずれは想像以上に大きい。かがり達からは何も見えていない、透明な箇所に体があるとするのなら、敵の諸動作に合わせて動く事などまず不可能である。


腕組みをしていたかがりが言った。


「私が囮になり、足止めを行います」

「楝殿!?」

「先程の僅かなぶつかり合いだけでも、今の私より霜走さんの方が突破力があるのは明らかです。ユウ、悪いがお前も敵の姿を確認できる位置にいて、身体的特徴……風船野郎のどこが鎧武者のどこに当たるのかを教えてくれ。可能なら鎧と鎧の隙間と、さっき言ってた光ってるとかいう場所まで、細かくな」

「う、うん。……かがりはそれで平気なの? 危なくない?」


怯みながらも頷くユウに、死ぬほど危ないとは言えなかった。

今更ながら心が痛む。単純な力の大小で見れば、ユウは弱体化しているかがり以上の戦力外である反面、能力の特異性という面では最も重要な存在である。ユウなくしてまともに攻撃を当てるのが困難とあっては、避難させておく訳にもいかない。


「でも見えてる姿が違うのに、どこに何があるなんてどうやって教えればいいの?」

「周囲の景色との位置関係がいい。例えば、あそこのベンチを敵の脚と並べるとどの辺りの高さに膝がくるか、みたいな感じだ。できれば具体的に何センチ何メートル程度と数字で教えてもらえるのが一番だが、そこまでは求めない。

問題は、そう都合良く比較できるような物が近場にあるかだが……」

「ユウ殿。まずは自分が先制して、何本かの苦無をそれぞれ位置をずらして敵に投げます。敵は当然避けるか、受けるか、そもそも外すでしょう。その瞬間をようっく見ていて、苦無の当たったあるいは外した箇所が、人体のどこに一番近いかを叫んで頂きたい。可能であれば、その時に敵がどういう体勢だったのかも。繰り返す事数度でおおよその人体構造を割り出してご覧にいれまする」

「それは凄い」

「おおよそですよ、楝殿。おおよそ。過剰な期待は忍者的にもちと辛く。

それででしてね些峰さま」

「ひぇっ!?」


急に話を振られて、ほとんど内容の理解できないまま聞き役に徹していた風香が素っ頓狂な声をあげた。


「あなた様はここに残ってお待ちください。

敵から見えなくなる無敵バリアは新しく張っていきます故」

「わ、わたしだけで!?」

「まだ他にも敵がいる可能性を考えれば、目の届く範囲にいてもらうか、離れた場所にいてもらうかの、どちらが最善なのかは判断できません。なので今回は、避難していてもらう方を選びます。

ただし新手が来たとしても、この中なら暫くは持ち堪えられます。その間に我々が絶対に戻りますから。

できればユウも一緒に残しておきたいのですが、敵を倒すには必要不可欠ですので、それは出来ません」

「ね、ねえ。それよりやっぱさ、みんなでここに残って救助待った方が良くないかな? 遭難した時だって動き回るなって言うでしょ? あの風船も全然追っかけてこないし、諦めたのかもしれないよ?

あっそうだ、電話は!? 電話で助けを呼んで……」

「無理です、繋がりません」


風香の案を、舞があっさりと否定した。


「広場で異常を察知後、いの一番に確認しております。だからニュースは後にするよう止めたのですよ。圏外……とありますが、またずいぶんハイテクな幻術があったものです。幻のくせにあらゆる理に干渉してシャットダウンしてくるとは、アリなんですかそんなの?」

「実際には出鱈目な番号に送信でもさせられているんでしょうかね。

これではネットも駄目だろうな……一応試してみる価値はありますが、それよりはじっとしているのを勧めます」

「ううー……」


何とか一緒に居残って欲しいという希望を却下され、風香が落胆する。

妖怪の存在を知らされて浮かれていた心に、具体的な作戦実行が近付いたせいで、恐怖がぶり返したのだろう。

しかし、これもまた正当な意見である。

救助の来る保証がないのと同様に、戦って勝てる保証もない。初見の妖との交戦とはいつだってそういうものだ。

かがりと舞がやられてしまえば、風香はこの場に一人で取り残されるしかなくなってしまう。かがり自身、蟻巣塚と会えた際の安堵が記憶に新しいだけに、風香の抱える心細さは察するに余りある。

それでも、動くのなら今を置いて他になかった。

時間が過ぎれば過ぎる程、体力と気力と手持ちの道具は目減りしていく。


「必ず、勝って戻ります。ですからここで待っていてください。

そして、我々が戻ってきて結界内に入って地面に刺さったこのナイフを抜くまで、絶対に動かないように。いいですか、戻るまでではありませんよ。戻ってきて結界の中に入ってナイフを抜くまで、ですよ。もしも結界の外側から話しかけてくる事があっても、一切相手にしてはいけません」

「に、ニセモノって事なの?」

「察しがいいですね。公園丸ごとの幻を作るような奴です、我々の幻を追加して喋らせるくらい訳もない。騙されて外に出てしまったらおしまい、という訳です」

「こっわ……」

「では、次は我々のなぞる手順だ。

結界を出て、最初に交戦した広場まで戻る。広場ないし途中で遭遇次第、直ちに処分開始。

まずは苦無を投擲し、これをユウが観察して敵本体のおおまかな姿を割り出す。次いで囮役による誘導と足止めを行い、割り出した人体構造とユウのナビゲートを照合しつつ弱点らしき箇所を撃つ、と。大雑把だがこんな感じか。あの広場なら見取り図を描けるから、あとは作戦開始後の位置取りを煮詰めて……」

「――待って、あれ何っ!?」


ユウの両耳が高く立ち上がった。

妖としては弱くとも、純粋な獣としての聴覚、五感は人のそれを超える。

視線を追ったかがりと舞は、揃って顔色を変えた。


「クソッ、ここまでだ! 出るぞ!」

「ひゃああ!」


風香が悲鳴をあげ、頭を両手で抱えて縮こまる。

まるで一通り話し終わるのを待ってでもいたかのように、あの人魂が土を削り飛ばしながら地面を走ってくるのが見えた。

かがりと舞が、僅かな逡巡もなく結界を飛び出す。

居場所を突き止められたからには、危険であろうと風香が巻き添えを食わないよう敵の懐へ飛び込んでいかねばならない。

かがりに、他者と連携して戦った経験は皆無である。強いて言えば父の訓練を受けていた時くらいだ。

無い無い尽くしだな私はと自嘲し、その後悔を刹那で振り切る。

戦う。そして生かして返す。

強い決意が迷いを塗り潰し、極度の集中によってかがりの視界は急速に狭くなっていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ