昼間原狂騒・一岩 - 12
かがりが密かに心を痛めているとも知らず、舞は熱心に売り込み続けている。それにしても、こうして見比べると冬服すら軽やかに着こなしている風香と誘拐犯との対比が酷い。
「楝……さんもどうでしょう? おひとつおふたつ」
「ええ……」
「髪が長いですから、これなんておすすめですよ!」
「……じゃあそこの釘っぽい髪留めを……」
髪留めが必要な人は大抵髪が長いんじゃないかと思いながらも、サングラス越しに満面の期待の笑みを向けられてしまっては、それ以上何も言えなかった。
ネジではなくて苦無モチーフですと自信満々で補足してくる舞に、もはや不安しかない。
ところが、これも付き合いだと財布を取り出そうとしているかがりの隣で、風香がこう言ったのである。
「髪留めならうちでも扱ってますけどぉ」
「なっ!」
「シルバーメタルとガラス製です。そんなにお値段はしませんし、手入れも楽ですよぉ。シンプルな二色ですから合わせる服を選ばなくて、落ち着いた銀と上品なピンクの輝きが黒髪を引き立てて……」
「あ、じゃあそっちを……」
「あ、楝殿! そんな殺生な!」
「どの?」
「あっ、えっ」
一瞬しまったと狼狽えながらも、すぐさま立ち直ってキリッと頬を引き締め、舞は風香に向き直る。
「楝さんはじぶ……ワタクシの作った髪留めを欲しいと言っているのですよ? 目の前での営業妨害はいかがなものかと。いえ、役所が催すチャリティーめいた何かに利益は関係ないとはいえ」
「んー、欲しいとは言ってなかったような? どっちかっていうとちょっと困ってたような」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「あ、あの」
なんで若干揉め事になりかけているんだと思いながらも場を収めようとするかがりに、風香が聞く。
「アフチさんって仰るんですね。名字?」
「あ、ええ……センダンって木を知ってますか。それです。あとは珍しいところだとヤマカガシの字でもあります。ヤマカガシはご存知ですかね。蛇の」
「蛇ですかぁ。蛇はあんまり剥製にした事ないかな? 今まさに鳥に襲いかからんとする寸前の絵なんてどうでしょう。ああっ、想像したらその素晴らしい躍動感に思わず手が動いてしまいますぅ」
「いやシーンの相談をされても」
「ふふん、生憎と赤楝蛇は水辺で暮らすカエル大好きカエル蛇なので、ダイナミックに野鳥を襲ったりしないのですよ。髪留めに関しては不覚にも遅れを取りましたが、どうやら赤楝蛇に関してはこの霜走が一歩先を行っていたようですね!」
「わああ、実際には見られない光景だって思うとますます想像の翼が膨らみますぅ。鳥にも逃げさせず応戦させたらカッコいいかも! あとは驚いてるカエルを横に置いてコミカルさを演出してみたり……」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……!」
「………………」
そういえば初めて店に行った時も、岩魚とトビケラが龍と戦っている剥製について語られた事をかがりは思い出した。リアリティある光景よりも、見栄えのする絵を作り出す事を得意としているのかもしれない。
勿論それには、生物本来の体構造や生態への深い理解が必要不可欠なのだろうが。
ああでもないこうでもないと恍惚の表情で構想を練っている風香を、テーブルの向こうから忍者が悔しそうに見ている。
マイペースだなこの人たちと、かがりは思った。
ふと靴をカリカリ擦られる感触に目線を下げれば、何か言いたそうにユウが見上げてきている。かがりと目が合ったのを確認すると、ユウはまず風香を、それから舞を順に見た。
まったくもって同感だったので、かがりは頷く。言葉なしでも通じ合えるという概念を、今こそ理解したかもしれない。
「すみません、我々はそろそろ行こうかと。仕事頑張ってください」
「あっ、はい。お引き止めしてしまって申し訳ない。
暫くはちょくちょく公園に滞在しておりますので、お立ち寄りの際には声をお掛けください。次回までに、一層アクセサリーを充実させておきます故」
「わたしも行きますねぇ。
楝さん、お店の方にもまた顔を見せてくださいね。手頃な価格で普段使いもできるのだと、銀食器なんていいですよぉ」
「……より一層、アクセサリーを充実させておきます故!」
「ははは……」
かがりは、どっち付かずの笑顔でやり過ごした。
一方的に妙な対抗意識を燃やしているというか、のほほんとしているようで意図的に挑発している節が見受けられなくもないというか。
こういうタイプ同士は、案外ウマが合うのかもしれない。
充実したアクセサリーを購入するかどうかはともかく、見回りの一環として明日以降も頻繁に顔を出そうとは決める。同じ問題に取り組んでいる者と簡単な情報交換を行えるだけでも、そうする価値は大いにあるというものだ。
たとえ店構えは胡散臭く店主の格好は人攫いにしか見えなくても、その存在は心強い。
「それではまたぁ。
……ふうぅ、それにしてもまだまだ寒いですねぇ。立ち話してる間にすっかり誰もいなくなっちゃってますぅ」
鼻先をほんのり赤くした風香が言う。
それを聞いたかがりも、何気なく背後を振り返った。
成る程、三人で会話に興じている僅かな間に、広場からはすっかり人影が消えている。花壇に残るのも冬である今は丸く剪定された灌木だけとあって、急に寂しさが増した。辺りに満ちる静寂を反映するかのように、時折髪を撫でていった風もいまや完全に止んでいる。
人っ子ひとりの気配もせず、風ひとつ吹かない公園内は、ひどく静まり返っていて――。
ざわりと、かがりの心が波打った。
不審感を抱いた途端に、周囲の沈黙が一斉に刃となって牙を剥く。
「これは……!」
逸早く、舞が立ち上がった。
二人の尋常でない反応を感じ取り、ユウがそわそわし始める。
風香ひとりが、急にどうしたのかというように目を見開いていた。
まさか、まさか――!
冗談だろ、とかがりは叫びたくなった。
しかし発生源が不明な以上、起こり得る事でもあった。
日中だから。さして日数が経過していないから。出たら退治してやるとは言ったが、あくまで景気付けの雑談だから。
あのような目に遭いながら、結局そんな言い訳ばかりに終始して再びこうなる可能性を真剣に考えていなかったとは、自分はどこまで愚かなのかと頭を殴り付けたくなる。
が、いくら後悔したところでもう遅い。薄氷は踏み抜かれてしまった。
見回り。監視。景気付け。どんな理由があれ、この公園には踏み込むべきではなかったのだ。
「楝殿!」
「わかっています。……やられたようだ。
ユウ、慌てるな。大丈夫だから」
「えっ、えっ? ……あの、急にどうなさったんです?
何かありました? 地震……?」
そんな事情など知る由もない風香は、いきなり血相を変えた二人にただ驚いていた。微妙な語尾の間延びもなくなり、どこかで大きな音や揺れでもあったのかときょろきょろしている。
妥当な反応だった。普通の人間なら地震や火災、交通事故、平和なところで有名人との遭遇あたりを思い浮かべる。
落ち着かなそうにしている風香を、ユウが心配そうに見ていた。
二人からは遅れたものの、ユウもまた公園に何が起きたのかを察していた。そして戸惑い、怯えてもいる。
だが喚き出さず、口を噤んでいられるだけの理性は保てていた。
先だっての経験はこの弱小狐にも多少の強さを齎し、この中で唯一全く事情を理解していない風香を気遣う精神を生んでいる。
いかにも困ったという態度で長々と息を吐くと、舞はサングラスを外し、ニット帽を頭から引き抜いてテーブルの上に置いた。
セミロングの髪が、ばさりと肩にかかる。
少し迷ってからダウンジャケットも脱ぎ、サングラスを上に重ねて同じくテーブルに置く。セーターとスラックス一枚の姿は寒そうではあるが、一気に身軽になった。
走り、駆け回り、跳び、対象を討つには最適に近い軽装に。
見ればセーターの下や足首には、何かを隠してあるらしき不自然な膨らみが数箇所ある。あんな怪しい変装をしていても常に本業に取り掛かれるようにはしてあるのだなと、かがりは場違いな感心をしてから、自分も同じようにコートを脱いで舞の服の横に置いた。割と寒い。
道具ならかがりも携帯している。いつどこで妖と遭遇しないとも限らない為の習慣だった。
しかし、いくら備えがあろうと、この幻術を相手にどこまでやれるというのか。
前回は、蟻巣塚すら空振りに終わっているというのに。
「楝殿、初めに確認しておきたいのですよ。
これはやはり……その、アレだと思って良いでしょうか?」
「別件の可能性も残されていますから絶対とは言い切れませんが、おそらくは。
こんな大規模な代物に関われる奴が何名もいるとは思えません」
「自分も同意見です。まずはここを離れましょう」
「あのー……?」
風香は、かがり達と違った意味で困惑していた。
無理もない。いきなり二人が訳の分からない話をし出したと思ったら、何故か服まで脱ぎ始めたのだから。
打ち合わせをするまでもなく、かがりと舞の間で自然に呼吸が繋がる。
妖との諍いに一般人を巻き込んでしまった場合、小事であればしらばっくれるというのが最も適切な対応である。あいつが化け物と戦った、魔法を使ったなどと触れ回られたとしても、異常者扱いされるのは触れ回った本人だからだ。そのまま放っておけば、やがて本人もあれは夢だったのだと思ってくれるようになる。
だがここまでの規模になってしまっては、気のせいや白昼夢で片付けるのに無理が生じてくる。ならば次善の策として、一旦作業を中断し、適当な嘘をついて現場から引き離してしまうのが一番いい。
そして今回の場合は、それが幻術を脱する為に最初に取るべき選択でもある。
「失礼しました。どうも地震があったみたいです」
「あ、やっぱり地震だったんですね? わたしは全然気付かなかったですけど」
「ええ、それで続けてまた地震があるかもしれないから、一度公園から出た方がいいとの連絡です。はい、そういう連絡がありました。せっかく来たばかりだけど一回外に出ましょう」
「は、はあ、そうなんですか?
でも地震の時って公園みたいな広い場所に避難するんじゃ? ここにいた方が安全かも……」
「それがですね、この公園は高い場所にあって崖にも近いから、地すべりを起こして崩れる危険があるらしいです。ほら、市職員として誘導しますから早く出ましょう。ニュースなんて安全な場所まで避難してから見ればいいです」
「えー……ええっ、と、はい。わかりました……?
お店と服はあのままにしておくんですか? ていうか避難するのになんで服を脱いで……?」
「あんなに着膨れしてたら避難誘導に支障をきたしますからね」
「荷物や服なんか後で回収すれば済みます。人命最優先ですよ」
「……そう――ですね。人がいないのも先に避難したからなのかしら?」
かがりと舞が交互に繰り出す出任せによって、風香の中でありもしない前後の光景が勝手に組み上がっていく。あとはスイッチを入れてやればいい。かがりが軽く背を押すと、風香はぎこちなく歩き始めた。
地震で公園が崩れるかもしれないという話に整合性がないのは子供でも分かるが、そうはいっても、大人二人がそのような嘘をつく理由も思い当たらないのである。よって二人がかりで避難を促されれば、勧誘や押し売りと違って損をする訳でもないし、訝しみながらもとりあえず従うだろう。
片方が市の職員で、ここにいるのは仕事だからと紹介されているのも大きかった。仕事中の市役所職員が市民の避難誘導を始めた。この行動に勝る説得力を持つ説明は限られる。
結果として風香には、状況から原因を考えるのではなく、説明に合わせて状況を都合良く解釈していく逆転現象が発生したのだ。
運良く公園の外へ出られれば、それで良し。
すぐに嘘だとばれても構わない。命の方が遙かに重要だ。
だがもしも夏祭りの時と同じく閉じ込められたなら、その時は観念して真実を明かすしかない。何も知らないふりをしたまま脱出の手掛かりを探して公園内を歩き回るのは、さすがに無理がある。
まずは逃走。それから解除。
しかし、そのどちらも試す機会は与えられなかった。
ジクザクのタイルが敷き詰められた遊歩道を引き返し始めて間もなく、ユウが短く吠える。
悲鳴というよりは、注意を促す鋭さ。
かがりは立ち止まり、毛という毛をぶわりと逆立てたユウの視線を追い、愕然とする。
「ちっ……そう都合良くはいかないって事か……!」
かがりの唇から、忌々しそうな声が漏れる。
ユウが何を見たのかは、ひと目で分かった。
つい先程、話題に持ち出したばかりだった昼間原八岩。そのうちのひとつ。なんなら近くで見てみるかと勧めた岩石の周囲に、おびただしい黒煙が立ち込めていた。
火災か――否、そうではない。
黒煙は見る間に明瞭な輪郭を描き、あたかもガスを注入した風船の如く急速に体積を増して膨れ上がりながら、定まった形を作ろうとしている。それに呼応して、岩全体がガタガタと細かく振動した。
重機でもかけたように、周囲の土が盛り上がっては崩れていく。
策を練る暇すらない。鞭を思わせる長い尾がずるりと地中から引き抜かれ、唸りをあげて回転するや一瞬凍る。
丸く膨れたもう片方の先端に真横の線が走り、ばくりと割れた。
黒き尾を持つ、一ツ目の人魂。
口もなく鼻もなく、ただその巨大な茜色の眼球だけが、立ち竦むかがり達を見据えている。
逃がさない、と。
舞が小さく舌打ちをする。
ユウが掠れ声を漏らして後退ったのが、握っていたリードからかがりの手に伝わった。そのリードを、まずかがりは手放す。自由な動きを確保してやらなければ。
が、出来たのはそれだけだった。頭の中で幾つもの対処法が立ち上がっては、有効打とならずに消えていく。
逃げる。次に浮かんだのはそれだ。
眼前の敵の出方すら不明な状態では最適解でもある。
即座に風香の手を引いて走ろうとしたかがりは、彼女の唇から漏れた呟きに愕然とした。
「……え……え……?
あの、アレって……何です? なんか風船みたいな……え?」
かがりと舞は素早く視線を交わした。双方の目に共通した驚愕と焦燥がある。
見えている、あれが。
元からああいったものを見ている人間だったのか。
能力はあったが見るのは初めてなのか。
それとも幻術の中という特殊な条件下だから、特別な力がなくても見えてしまうのか。
どれが正解かは不明だが、この時点で二人とも自分たちの正体や、街が抱える本当の事情を秘匿する道を捨てた。ここから先はあらゆる手を尽くして、彼女の無事を確保しなければならない。
そして沈黙の中であがった最初の声に注意を引かれたのは、それも同じだった。眼球の中央にある歪に崩れた虹彩が、それでも明確な意志を以て風香へと向けられる。
見られている。
目の前で何が起きているのかも、突然現れた怪異の正体も、何もかもが分からなかったとしても、その事実だけは誰にでも理解できただろう。
肺腑を咀嚼するような粘ついた視線に射抜かれ、本能が呼び醒ます恐怖に全身が勝手に絶叫する。
理屈など知らずとも、己が喰われつつあるという恐怖は生物である限り忘れられない。
人魂の長い尾が動いた。
否――霞んだ。
速いとはいえ、かがりの目はその動作を捉えてしまっている。
軌道上には、呆気に取られたまま佇む風香がいた。
ガガガッ――。
硬い物体が広範囲に削れる音がする。
かがりが想像したような惨劇は、起きていなかった。
既の所で、舞が風香を突き飛ばしたのである。
舞は鹿のような身ごなしで地面に倒れた風香の前に立ち、彼女を庇う。
舞の顔には焦りがあった。今の一撃だけでも片手間に倒せる相手ではないと分かる。非戦闘員を抱えたまま戦うなど自殺行為だ。だが逃げようにも、鎌首をもたげた蛇のように、くの字型に曲げられた尾が舞に狙いをつけている。
敵が動きを止めた事で、形状をはっきりと確認できた。尾の先端は尖っておらず、トングのように二股に分かれている。
これで挟みながら、地面をタイルごと抉り取ったらしい。
幻術内である事を考えれば、あるいは抉り取ったように見せているだけなのかもしれないが、だからといって試しに食らってみる気にはなれない。実際には掠り傷ひとつ付いていないとしても、心臓を潰されたという思い込みだけで対象を殺せるような幻術とて存在するのだ。
舞が手首を返す。
何処から取り出したというのか、たったの一動作で、小振りな掌に投擲型の短刀が現れていた。
引き絞られた矢のように、素手で投げた苦無が空を裂いて飛ぶ。尾の一撃すら比較にならぬ凄まじい疾さだった。
狙いを外さず、苦無は宙を漂うそれの眼球に吸い込まれ。
捻れた。
「!?」
舞が狼狽したのが分かる。
あれがただの鉄、ただの刃物である筈がない。
苦無には、たすき掛けのように斜めに符が巻き付けてある。刃を紙で覆えば当然切れ味は落ちてしまうが、この飛び道具はそれ単体での殺傷力を追求してはいなかった。その本分は、剥き出しの先端で傷を付けた対象に、符を通して気を送り込み内部から滅する事にある。
極論、刺さらなくても命中さえすれば最低限の効果は発揮する。故に牽制を兼ねた初手としては最適であった。
その一投が、武器ごと無力化されたのである。
この時には、かがりも攻撃の準備を整えている。
舞が稼いでくれた貴重な時間と隙で、手探りで掴み出した符を親指の腹で伸ばす。
普段の見回りで使っている、さしたる手間もかかっていない安物だ。あれに効くとは思えないが、棒立ちでいれば死ぬ。
かがりが得意とするのはもっぱら近接戦である。というより、雑な近接戦で問題のない仕事しかしてこなかったと言ってもいい。せめて蛇を譲渡する前だったなら、兄弟狐を相手取ったように無茶をする気にもなれるのだが。
迷ってはならない状況で、一瞬の後悔がかがりを襲った。
迷いは思考に横道を生む。
どうせ効かない攻撃なら棄てて、風香を逃がすのに徹した方が良いのではないか。
しかし、突き飛ばされたきり腰を抜かしたままの風香が、逃げろと言われて逃げられるかとなると難しいだろう。出口まで走れたとしても、夏祭りの時と同じく外へは出られず、他の場所に迷い込んでしまうかもしれない。はぐれれば詰みだ。
それに敵がこの一体だけだとも限らず、逃がした先で襲われても終わりである。
「楝殿! こちらへ!」
舞が叫ぶや、何かを前方の地面に叩き付けた。
ひしゃげた六角形の塊から、耳をつんざく噴気音をあげて猛烈な量の白煙が噴き上がる。
呆然としているだけだった風香が悲鳴をあげた。
その手首を舞が掴み、力任せに立ち上がらせると半ば引き摺りながら走っていく。
かがりは即座にその後ろについた。たちまち視界全域を塞いだ分厚い白煙の中へ向けて、手持ちの符三枚をばらばらに放る。倒せなくとも足止めになればいい。どちらへ逃げたか迷わせる効果も少しはあるだろう。
舞はだいぶ距離を稼げている。覚束ないとはいえ、風香の脚にも力が戻っているように見えた。その横をユウがリードを靡かせながら駆けていき、時折立ち止まっては振り返り、全員の安否を確認する。
広場の半分を飲み込んだ白い壁を破って、黒い人魂が追撃してくる事はなかった。




