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昼間原狂騒・一岩 - 11

ふたりは店を出た。

リードを手に灯玄坂を登り、市の中心部へと足を伸ばす。

進路が昼間原八岩公園に向いている事に気付いたユウが、物問いたげにかがりを見上げる。

いいのさ、とかがりは答えた。


「市長にああ言われた手前、本陣を見回っとかない訳にもいかないだろ。

どうせ何もないに決まってるしな。うん何もない。何もない……」

「かがりしっかりして」

「だから大丈夫だって言ってるじゃないか。

この際、復活しててくれたっていいくらいだ。その場で叩き潰して一件落着にして、帰路で市役所に寄って賃上げ要求してやる」

「あーそっか! 復活した凄いヤツをかがりがやっつけちゃえば、みんなかがりを尊敬するしお金だっていっぱい貰えるもんね! 稲荷寿司どれだけ買えるかなあ」

「復活してない復活してない復活してない」

「かがりしっかりして」


時折遠い目になりかけるかがりをユウが連れ戻しつつ、徐々に互いの口数を減らしていく。

灯玄坂の緩い坂道を登り切る頃には、建物と建物の距離は近くなり、住宅と商店の数が入れ替わる。ここから先は昼を生きる人々の領域だ。闇を駆ける生命との関わりは隠していかなければならない。


「さあて突撃といこうじゃないか。

蛭野郎を倒せたら、稲荷寿司が幾つなんてケチくさい事を言わず、家ごと建て直せるボーナスをふんだくってやる。そうなったらお前専用の小屋も建ててやるからな」

「えー、俺かがりと一緒の家の中がいいよ」

「じゃあ床暖房だな……」


成果報酬ではないから実際には臨時ボーナス支給は夢のまた夢だが、そんな絵に描いた餅について喋っている方が、家で塞ぎ込んでいるよりずっといい。一枚の宝くじに夢を見るような他愛ない行為だ。

信号が変わるのを待って、突き当りの細い十字路をそのまま直進。

商店が消え、再び住宅と駐車場、そして福祉や行政書士などの事務所が目立ち始めれば、やがて入口が見えてくる。

石塔と木材で造られた馬蹄型ゲートには「昼間原八岩公園」の名が大きく彫り込まれ、門の脇には公園の歴史を記した金属プレートが設置されていた。無論、蛭との戦について書かれている筈はなく、年号の順に当たり障りのない文章が添えられている。

内容が薄すぎて足を止める者さえいない、いかにも慣例で作りましたといわんばかりの面白みのない説明文。それが昼間原市民の大多数にとっての、この公園の真実なのである。


この先も永遠に真実のままであってくれるよう願いながら、かがりはゲートを潜った。

門ひとつを隔てて、一気に草木が増える。

芽吹きを控えた木々の影が落ちる緑道を進み、二股路を左に行けば、花壇が広がる散策向きの広場。右へ行けば、スポーツを楽しむ人々で賑わうグラウンド方面だ。

それにしても、公園内に敷かれた道の方が、ここへ来るまでの車道よりも整備が行き届いているのはどうなのだろうか。


「……そうそう。蛭といえば、ここの公園な。

どうして昼間原『八岩』公園なのか知ってるか? 私からは話してなかったと思うんだが」


影の作るトンネルをのんびりと歩きながら、かがりが問う。

もう、ユウは言葉では答えない。

が、ちらちらと送られる視線で、興味を持ったのは分かる。


「はは、昼間原公園でいいのにって思うよな?

複雑な理由がある訳じゃないんだ。名前そのまま、公園内に岩が八つあるからだよ。ほとんどは植え込みの中や樹木の間に紛れ込んでいて目立たないから、今の私たちみたいに、名前の由来を気にしてわざわざ探し回りでもしない限り、大抵の人は気にも留めない。

スタンプラリーでもあるまいし、全部回ったからって景品が貰える訳でもないしな」


言われてみればそれらしき岩があったような無かったようなと、ユウは首を傾げた。公園には何度も来ているのにも関わらず曖昧にしか思い出せないのだから、かがりの言う通り、余程意識しないと記憶には残らなそうである。


「で、だ。これがただの岩じゃない」

「?」

「ああいうのは石碑っていうのかな。ようく見ると表面に名前が彫ってある。対外的には、ここに公園を作るに当たって協力してくれた昔の地元の有力者たちという事になっているが……」


違うのかと、声に出して聞きそうになるのを我慢してユウは続きを待つ。

そんなユウに、かがりは若干悪戯っぽい目を向けて言った。


「実は、化け蛭を倒す要となった八人の勇士の名前だったりするんだな、これが」

「!? そ……!」

「こら、声を出すなアホ。

その偉大な功績を讃えて名前を残してもらったらしい。といっても理由が理由だから大々的には讃えられないが、お前が目指してる英雄ってのはこういう存在じゃないのか?

一応、さっきの入口の説明文にも書いてあるぞ。

昼間原八岩公園という名前は敷地内にある八つの岩にちなんでいます、とあっさり気味にな。まあ、そんな理由があったからって普通に昼間原公園でいいと思うけどな……あ」

「あ」


思いがけない遭遇に、かがりも相手もほぼ同時に立ち止まった。

やや間を置いて、やけに間延びした声で、あれぇ、と相手が言う。明らかに見覚えのあるものを目撃した時の反応だ。一度寄ったきりなのに、憶えていたらしい。狐を連れた客というインパクトは相当強かったようである。


「剥製屋の……」

「剥製屋じゃなくてアンティークショップですよぉ」


可笑しそうに笑う女に、かがりは若干慌てた。すぐに間違いを詫びたが、別に気を悪くした様子はない。アンティーク。剥製。どちらも彼女にとっては等しく愛する対象なのだから、この反応も当然であった。

とはいえ危うくユウを剥製にされかけたかがりにしてみれば、どうしてもそちら側の印象が強く残っている。

かがりは、貰った名刺がまだ財布に入っていたのを思い出した。

本人の目の前で名刺を取り出して名前を確認するのは礼儀としてどうなのだろうと思いつつも、剥製屋さん呼びを続けるよりはマシだと開き直り、ごそごそとバッグを漁る。


「……ええと、アンティークス薫風、さん?」

「はい」

「代表の、些峰風香さん」

「はい。代表っていっても一人でやってるお店ですけどぉ」

「今日は散歩ですか?」

「はい、ここはたまに来るんですよ。野鳥も多いですから剥製の動きを作る参考にしたり」

「なるほど……」

「あと小さな子を連れたお父さんお母さんも多いですから」

「ちょっと待ってくれませんか。親子連れと剥製作りと一体どういう関連性が」

「やだなぁ。ご両親の後をついて歩くちっちゃな子供を見ると和むだけですよぉ、えへへ」

「………………」


本当にそれだけなんだろうなと、かがりはやや引き攣った笑顔を作る。

ユウはとっくにかがりの背後へ逃げていた。狐ちゃん、と瞳を輝かせた風香がしゃがんで手を振っても、完全に無視している。

店の雰囲気作りの為か、若干暗めな照明の下で見ても整った顔立ちをしていたが、こうして昼の野外に立つと、いよいよもってお洒落なだけの若い女性だった。アンティークはともかく、この年齢と容姿から剥製作りのプロという職業は想像しにくい。人は見かけによらぬものである。

白のファーコートの隙間から覗く肌はとても綺麗だ。青みがかった茶色に染めたショートボブに、斜めに留めたライムグリーンのベレー帽がまた良く似合っている。

というか、全体に小顔だから何を付けても似合うだろう。

今日は、眼鏡は外しているようだ。コンタクトなのか、あるいはあれもファッションだったらしい。


彼女も広場方面へ行くというので、そこまで一緒に歩く事にする。

怯えているユウには気の毒だが、わざわざここで自分たちだけ立ち止まって先に行かせるというのも変だ。

かがりと風香はぽつぽつ言葉を交わしながら、ユウは二人からなるべく距離を取って歩いた。風香はユウと親睦を深めたそうにしているものの、第一印象というのはなかなか覆し難いようである。

名前を知りたがったのでユウだと教えてやると、ユウちゃんって言うんだぁと風香は一層嬉しそうになった。すっかり耳の寝てしまったユウから、かがりに向けて若干恨みがましい視線が送られる。


「ああ、ユウ。

ほら、あそこにあるのがさっき言った岩だ」


広場に入るや、かがりはリードを握る手でそれを指し示した。

散歩中の犬に話しかける人間は珍しくないので、そうする事に不自然さはない。

広場のほとんどを占めているのは、中央の噴水を囲む広大な花壇と、その間を縫うタイル張りの遊歩道である。また外周側には、モルモットが飼育されている動物舎、桜やアカマツの植えられた雑木林などがあり、いずれも平日休日を問わず人気だ。

そんな遊歩道沿いの一角に、ひと抱きほどの岩が鎮座している。

冬場の乾燥した土の上にひっそりと立つそれは、目立つには目立つがやはりただの岩である為、視界に入ってもあまり気にする人はいなさそうに思えた。


「見てみたいか?

土をほじくったりしなけりゃ怒られないから、近くで見たいなら柵の中に入って……も……」


かがりの声が不自然に途切れた。

動物舎からほど近い場所にいた、その存在に気付いてしまったせいで。

ユウに教えてやりたくて岩にばかり注意を向けていた為、広場内でも殊の外目立つそれに目が行くのが遅れたのである。


「あれぇ、路上販売なんてやってるんですね。公園内で珍しい」

「………………」


かがりは返事をせず、完全に広場の異物と化しているその露店に向かって歩いていった。背後から聞こえてきた、風香の呼び止める声にも振り向かずに。

露店や出店には先日嫌な思いをさせられたばかりだが、気付いてしまったからには見なかった振りをする訳にもいかない。

誰も客のいない店の前に立つと、かがりは潜めた声を投げかける。


「何をやってるんですか……!」

「おや、これは楝殿。と、そちらは話に聞く妖狐殿」


え、とばかりにユウが鼻先を持ち上げた。

脚の短い木のテーブルに東南アジア風のクロスを敷き、そこへ様々なアクセサリーを並べて、上にはパラソル。

というより番傘だ、これは。緋色の地に家紋が黒く染め抜かれている。

他の季節なら多少は絵になっただろうが、冬の今は単なる野晒しであり、とにかく寒そうだった。客がいないので余計に。


すっかり閑古鳥の鳴いている臨時店舗にぽつんと座っていたのは、誰であろう蟻巣塚の部下である霜走舞であった。

当然かがりは彼女の本業を知っている。一般職員に混ざって市役所で働く姿を見た事もある。

しかしモコモコに膨れまくったダウンジャケットを着て巨大なポンポンの付いたひよこ柄のニット帽を目深に被り、果てはサングラスまで決めた姿は、有り体に言って非常に怪しい。

販売商品の種類や品質と関係なく、この誘拐犯のような出で立ちでは日中の公園を訪れる層はまず店に近寄るのを避ける。


舞もまた声を潜めて、かがりに言った。


「あるじど……蟻巣塚市長と先日お話をされましたよね?」

「はあ……」

「ご存知の通り、現在ここ昼間原には正体不明の不穏の影が立ち込めておりまする。事の元凶の候補として考えられているのが、かつてこの地にて斃れたという化け蛭。

果たして、蛭めは本当にあの時滅ぼされたのか?

となれば次なる脅威の有力な発生源となり得る決戦地、昼間原八岩公園を定期的に監視する価値もあるという事で、こうして自分がそれとなく露天商に扮して様子を見ているのですよ」

「それとないんですかねこの奇っ怪な光景は。管理者に見付かったら怒られますよ」

「ここは市営ですから、あらかじめ公園側に話が通っております。どうぞご安心を」


真っ昼間から寒空の公園に応援も付けられず追いやられている舞に、体よく厄介払いされてるんじゃないかこの人と、かがりは心配になった。

それにしても、雑談だと言っておきながらしっかりと監視役を手配しておいたとは。

騙し討ちをされたようで腑に落ちない面はあるものの、現在進行系で活動中の味方ができたのは頼もしい。


「商人に偽装して情報を集めるのは忍者の本分……ふふ、ここはどうか自分にお任せあれ」


サングラス姿でくつくつと肩を揺らして笑う舞は、とりあえず楽しそうだった。

忍者らしい任務に本人が満足しているならそれでいいといえばいいのだが、市役所が関わっている事を示す立て看板でも置いておけば、そもそも偽装する必要さえないのではあるまいか。

足元ではユウが、誰これという目を何度もかがりに向けていた。

端的に言うなら市長に仕えている忍者であり、くのいちのサザンカである。

端的に言っているのにここまで説明になっていない例も珍しい。


「通報される心配がないのは分かりましたが、表向き市職員の霜走さんが日中から張り込んでいて大丈夫なんですか? 市役所の仕事は……」

「そこも抜かりないのですよ。今度、市の主催で行うかもしれないイベントのプレオープンという名目になっておりますから。

かもしれないというふわっとした所がポイントです。開催されなくてもボツになっただけだから怪しまないでねという」

「残念ながら見た目からして既に怪しさしか漂ってないですね……」

「お知り合いですかぁ?」

「うわっ!」


かがりが振り向くと、追い付いてきた風香がきょとんと立っている。

広場に着いた時点で別れる筈だったが、あんな勢いで路上販売員へ迫って話し込んでいれば、気になるのも当然だった。

かがりは慌てて今までの話を打ち切り、風香をどう紹介するべきか考える。無理して作り話を盛るよりも、舞から聞いたままを話した方が後々矛盾が出なくて良いだろう。


「こちらは市の職員の方で、今日は市で新しく企画するイベントのテスト……のような仕事をしているそうです」

「へえぇ。市主催のフリーマーケットでもやるんですかぁ?」

「それも候補です。まだテスト段階ですので、どういう方向性のイベントになるかは未定です。あっ、手作りアクセサリーいかがですか? 市民の皆さんからの手応えがあれば企画が通りやすくなりますので! どれもとっても素敵でお手頃価格なの!ですよ!」

「んー」


リングやらブレスレットやらを指差して声を弾ませる舞に、風香はだいぶ曖昧な顔をしていた。

まさか、わざわざ手作りと銘打つからには、これらは舞が作ってきたのだろうか。

かがりにはアクセサリーの出来栄えの専門的な良し悪しは分からないが、アンティークという分野の美術品を扱うプロがこういう表情をしている時点で色々と察するものがある。

売り上げは全額寄付と宣伝して市民の良心を刺激すれば少しは売れるんじゃないかとアドバイスしかけ、舞が傷付きそうだからやめておいた。

いっそ忍者とやらの技を活かした大道芸の方が、まだ見物客が集まりそうである。

そうなると今度は、市役所は一体どこを目指しているんだという話になりかねないのだけれど。



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