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昼間原狂騒・一岩 - 9

そして、そのまた翌日。

きつねやからの帰路の車中で、蟻巣塚は昨日の舞の報告と、つい今しがた交わしたばかりの、かがりとの会話内容とを照らし合わせていた。

つまり、幻術が解けた後かがりには帰宅して休むよう告げ、今日は今日で手掛かりはあったかと聞きはしたものの、この時点で蟻巣塚は既に先手を打って一通りの調査は済ませておいた事になる。

別段騙そうとした訳ではなく、かがりの存在を軽んじていた訳でもない。

帰したのは本当に負担を軽くしたかったからで、先んじて舞に調査を命じたのは、極めて重大事であるから念には念を入れただけだと、もしも意図を尋ねられれば彼はそう答えただろう。

言動は豪放かつ適当という印象が強いものの、内面は標準的な術師らしく慎重で神経質。それが蟻巣塚奏詞という男だった。


「もしかしたらと期待してたけど、フッチーの方でも空振りか。やっぱ現状は観察に徹するしかないな。このまま一回限りのハプニングで収まってくれりゃいいんだけどねえ」


右にハンドルを切りながら、蟻巣塚が呟く。

憂鬱そうな口調からは、そのような都合のいい解決をまるで期待していない内心が窺える。

彼は、これといって波乱万丈の人生を過ごしてはこなかった。

妖怪退治の専門家などという家系自体が現代においては特殊だといっても、極力、争い事や厄介事、命に関わりそうな危険は、実入りを犠牲にしてでも避けて生きてきた。

緩い呪いの監視役を兼ねての市長職に就けたのは、血生臭い現場を離れられるという意味でまさに降って湧いた幸運だったのだ。

命と精神を削って怪物と殺し合いをするより、地道に学んで、デスクワークや会議やイベント出席に励む方が遙かに良い。

だがそんな平和主義の彼でも、一旦鎖から放たれた獣は息の根を止めるまで決して鎮まらず、悪意の射線上に立つ誰もが無傷で幸福なままの終わりなど存在しないという現実を、身に沁みて知る程度には歳と経験を重ねている。

だからこそ濁った声は重さを増し、眉間に刻まれる皺はますます深くなるのだ。


後部座席から届く舞の声が、蟻巣塚の呟きに応じた。


「同感ですが……世に乱れは付き物であり、生じた乱れは人がその手を以て平らにならすまで止まぬもの。せめて一般市民に被害が及ばぬよう……及んだとしても最小限で済むよう祈るしかないとは、自分、己が無力さを噛み締めるばかり」

「あのな、それよりなんで座席に座らないのあなたは。そこは荷物とか座った人間が足を置く用のスペースだぞ」

「自分は忍者であるからして、こうした隙間を見るとつい挟まりたくなるのですよ。ご容赦あれ主殿」

「それ忍者と関係なく病気だからね」


ハムスターか、はたまた猫か。

後部座席の足元の空間にすっぽり横たわって嵌まり込んでいる舞は、どことなく満ち足りた声で答えた。下手をすると中高生と間違われかねないくらいの小柄なので何とか収まっているが、それでも手足を折り曲げた姿は窮屈そうである。

せめて高級国産車なら多少はスペースに余裕があったものを、これはその辺りを走っているファミリー向きの普通乗用車でしかない。

おまけに、市長が乗る公用車でありながら運転手もいないときている。

これに関しては、蟻巣塚が妖絡みの職務で動く際にいちいち秘匿せずに済むようにという昼間原市特有の事情も絡んでくるが、元を辿れば、時代錯誤の贅沢はやめようという市民の声に従い、蟻巣塚の就任より更に前に削減されたきりになっているに過ぎない。

高級車による送迎もお抱えの運転手も、その時に消えた。以後は必要に応じて調達するのが続いている。

この決定は、市民には概ね好意的に受け止められたようだ。

地方都市とはいえ、仮にも市の代表者がある程度見栄えのする車を用意できない事で交流先からどう見られるかという問題や、自分で運転させて事故でも起こしたらどうするという点に関しては、ろくに検討もされずに。

響きの良い言葉というだけで民衆はいつだって諸手を挙げて賛同するんだなあと、この顛末を思うたびに蟻巣塚には苦笑いが浮かぶ。


「昼間原の化け大蛭……まだ生きていると思うかい」


フロントガラスに向けて、蟻巣塚が問う。

舞の返事はなく、ごそごそと身を捩る気配が背後下方から伝わってくるだけだった。

昼休みの公用車に市長と二人で乗っているのを目撃されれば噂になりかねないから、そこに身を潜めるのはあながち間違いとも言い切れないのだが、それにしたって人目から堂々と身を隠す手段は習得しているというのに何故あえて潜るのか。

考えれば考えるほど、趣味だとしか言えないような気が蟻巣塚にはしてくる。

重要な事とどうでもいい事とを交互に考えながら、今度はハンドルを左に切った。


そう、結局はそれに尽きる。

去り際にかがりに語った通り、現状では雑談の域を出ない思い付き。

具体的な兆候がひとつでもあった訳ではなく、かつての戦において大蛭が幻術を用いた記録が残っている訳でもない。

それでも心当たりが全く無い中で、これほど大規模な幻を発生させ得る原因を挙げよと言われたら、やはりそこへ行き着く。


敵の姿が見えないのではなく。

ずっと、真下にいたのだとしたら。


「死んでいるのではありませんか。

斃れる前は災害に等しく、斃れた後は土地を蝕む呪いと化した。

そのような大妖の生死が、定期的に確認されていない筈もなく」


暫くして、ようやく舞が言った。

そうだ、それもまたその通りなのだ。

数百年。

諸国を挙げての討伐対象になるような妖怪の死が、しつこいくらい確認されない筈がない。

現代の洗練された技術を扱う者達に見劣りしない、あるいは失われた秘術秘法すら会得していたかもしれない選りすぐりの強者達が、見落としがないか隅から隅まで昼間原を調べ尽くし、同規模の調査はその後も続いた。

事実、調査記録は具体的な年まで記して市に残っている。

疑う余地はない。大蛭は間違いなく死んでいる。

だというのに、何故こうも胸騒ぎがするのか。

もしも、もしもだ。蛭がそれら選りすぐりの強者達の目すら掻い潜って、静かに眠りながら力を蓄え機を伺っていたとしたら。

人間への復讐の機を。あるいは――復活の機を。


よろしくないなと、蟻巣塚は声に出さず思う。

悪い方へ悪い方へと想定を膨らませすぎて、思考が袋小路に迷い込みかけている。

どのみち、今のままでは公的な応援は頼めない。

納得できない話だが、死傷者を伴わない大規模な幻が数時間に渡り発生した後に自然消滅し、それきり鳴りを潜めていますでは、会議にかけたところで様子見という結論で終わるだろう。

あながちこれは職務怠慢の一言で片付ける事はできず、たとえ蟻巣塚が独断で私費を投じて調査隊を組んだとしても、調べてみたけれど何も見付かりませんでしたで終わってしまう可能性が非常に高いのである。


自治体ぐるみで動くにせよ、上に救援を求めるにせよ、それにはもっと大きな動きが要る。嫌な話だが、間違いなく事態が変わると断言できるのは、この現象によって複数の死人が出た時だ。

蟻巣塚は、忌々しそうにその展望を切り捨てた。

いっそ、無事に終わったね、誰も怪我人がいなくて良かったねと能天気でいられればどんなに楽だったか。

生憎と自分も楝かがりも、この世界に携わってしまっている以上そういう風には生きていられない。


「オレもそう思うよ、今はそう思っておくしかない。

季節外れの夏祭りなんざ二度と発生しない事を願いながら、引き続き警戒を続けよう」

「はっ、承知! ……ってわっ! 何ですかこれ!」


助手席に置いておいたぬいぐるみを蟻巣塚が後ろに放ると、舞の驚く声がした。


「さっき買ったフタコブペンギン?のぬいぐるみ。お店ちょっと改装するんだってさ。やる気があるのは結構だが、そのセンスはねぇよなあ」

「…………いい……」

「うん?」

「かっ、かわいい……!」

「………………」


乙女じみた歓声と共に、抱き締めたり撫で擦っているらしき蠢く気配が後部座席方面から伝わってきた為、蟻巣塚はそれ以上このぬいぐるみについて言及するのを中止した。



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