昼間原の女 - 11
派手に荒らされた店内の掃除には、数日を要した。
掃除機。水拭き。ゴミ出し。壊れた品物の確認。買い出しに発注。ただの大掃除とは訳が違う。
戦いが決着するまではおそらく一瞬だったろうに、それでこの有様である。
今更ながら、気絶していた為にその光景を見られなかった事が、狐には少し残念に思えてきた。
あらかた室内が片付いたら、次は庭だ。
建物内と比べたら遥かにマシとはいえ、力の余波を食らいでもしたのか、こちらはこちらで台風明けのような惨状となっている。
めくれた庭土を周囲から集めて平らに直したり、庭石を鼻で押して転がして戻したり、引っこ抜けた植木を咥えて運んだりしていた狐のところへ、女が何かを抱えて家から出てきた。
「ほらどけ、そこに置くぞ」
「あっ、お店の看板作ったんだね!」
「お前が気にしてたからな。いい機会だと思って決めた」
そう言うと、女は店先に看板を立て掛けた。
切り株を真横にスライスして、足を付けただけの雑な造りだが、それなりに味がある。表面には、剥き出しの年輪に重なるようにして、大きく「きつねや」の四文字が記されていた。
看板が出来ても、何屋なのか不明なのは相変わらずである。
幾分ぐらつく足元に、つっかえ棒代わりの植木鉢をあてがい、よし、と満足そうに女は頷いた。
塗りたての染料の刺激臭を嗅いでしまった狐が、ふしゅん、とくしゃみをする。
「ねえ、そういえば俺、あんたの名前知らないや」
「なに? ……いや、そういえばそうだったな。確かに教えてない。
忘れてた私が言えた義理じゃないが、看板より先に気にするのはそっちじゃないのか? なんで一度も聞かなかったんだよ」
「んー、俺たち誰がどんな名前とかあんま気にしないんだ。
名前持ってない奴も多いし、キホン集団行動だから用があるなら鳴けばいいし。
でも、地形については細かく憶えるんだ。どこに何の木が生えてる、みたいにさ。それでかな」
「なるほど、生活上の優先度の違いか」
人間社会同様に、狐社会の価値観や習俗もまた独特であるらしい。
それで名前は?と小首を傾げて狐が問う。
そうだなあ、と、女は答える代わりに息を吐き出す。
躊躇った訳でも、勿体ぶった訳でもなかった。何となく間が空いてしまったのは、妖を相手に名乗ろうとしている事を、とても新鮮に感じたからだ。
先週の自分に、お前は眷属にした狐と同居するぞと教えても絶対信じないだろうなと思うと、少し、可笑しい。
「私の名は、楝かがり。まぁ、よろしく頼むよ」




