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昼間原の女 - 1

俺はヒーローになる。

それが、ある地、ある山、ある群れに生を受けた幼い狐の夢だった。

時に仲間を守り、時に導き、果ては己が命を犠牲にしてでも種族の未来を切り開く。勇敢で献身的な働きは誰もから英雄と讃えられ、あいつについて行けば、という信頼と尊敬の眼差しを集める。死して後も偉大な功績は忘れられる事なく、長老達の教えに、子供達の歌に乗せて、永遠に語り継がれていく。

それこそが、小さな狐の望む結末だった。それ以外に自分の道は無いと信じ、割り当てられた朝夕の務めを渋々終えると、空いた時間の全てを費やして己を磨くのに没頭した。

個性派揃いの狐達の中にあってさえ、あいつは変わり者だと見られはしても、ここまでは夢の実現に対して真摯に取り組んでいたと言えよう。


ところが長ずるにつれて、狐は嫌でも現実を思い知る事になる。

狐が生まれつき持っていた妖としての力は、群れの中でも特別強い方ではなかった。

否、はっきりと言ってしまえば、弱かった。

加えて今の統制された狐の群れにおいて、種の黎明期のような血で血を洗う闘争は失われている。

活躍する機会が失われて久しい土壌に、活躍を求めてやまない弱者が立てばどうなるかは、言うまでもない。

毎度のように突っ込む必要のない穴に張り切って首を突っ込みにいく狐の行動は、英雄視されるどころか、単に場を引っ掻き回し要らぬ面倒を増やすばかりだった。

ごく稀に起こる他の妖との小競り合いでは、無謀にも先陣を切った挙句、窮地に陥って逆に助けられる有様。


次こそは、今度こそはと意気込んでいた狐も、そんな事を繰り返していれば、次第に自分の置かれている立場を理解してくる。

季節は巡っていった。

毛が生え変わり、尾がふわりと柔らかみを帯び始める青年期。同世代のリーダー候補が抜擢され始めるに至って、当然ながら候補の端にも引っ掛かっていなかった狐は、厳しい選択を迫られていた。

弱い者には、弱い者として生きていく道がある。

これ以上の厄介事を起こすのを慎み、自分には過ぎた願望だったと身の程を弁え、今までの無茶を仲間に詫びて、出来る範囲の努めを果たしていけば良い。

挫折の苦さも、やがては振り返って懐かしむ過去へと変わっていく。


だが、狐は夢を諦めなかった。

一向に上達しないままの鍛錬を重ねながら、ひとつの決意を練り上げていった。

自分は、どうしても英雄になりたい。弱き者を助け、栄光に彩られた道を進む。そうでない生など、眼中にない。


虫の騒がしい晩、狐は澄み渡った月夜に紛れてこっそりと群れを抜けた。

森に降り注ぐ月の光は、仲間と比べてやや色が薄く、所々に銀色を差し込んだ狐の毛とどこか似ていた。

蛇のように木々の隙間を縫いながら、狐はこの先の素晴らしい展望に身を震わせる。


考えてみれば、自分が力を発揮できないのは、周りの仲間が強いからだ。

だったら、より弱い者達のいる場所へ行けば、充分に役立つのではないか――。


前向きといえば前向きであり、逃げといえば逃げといえる発想の転換であった。


現代。昼夜絶えぬ輝きの下で闇は深さを失い、妖しのものは陰へ追いやられ、されど決して消える事はない世界。

彼ら人間は永遠の光を手にする代わりに、闇に抗う術を忘れた。

力弱き妖から見ても無力と呼べる存在が、身近な所に沢山暮らしている。

夜の山を、狐は駆けた。

大きな期待と開放感に胸を踊らせながら、人里へ。人間達の暮らす街へ。



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