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4話 人間のトニーと、転入生のマイケル

 走り始めて数十分、ショーンとボール遊びをした空き地に辿り着いた。相変わらず緑の原が広がっているだけのそこを、入口から眺めて「マイケルいないなぁ」とポツリと呟いたら、なんだか一人ぼっちの寂しさが込み上げてきた。


 空き地の中央に立って、ぐるりと辺りを見回してみた。僕がここに立って、ショーンが手前の方からボールを投げている、当時の景色が目に浮かんだ。空中で何度もボールを受け取った僕を見て、ショーンは楽しそうに笑っていたのだ。


「ショーン……」


 悲しくなって、僕はまたショーンの名前を呟いた。風が吹き抜けて、原っぱがさわさわと心地の良い音を立てたけど、それは僕の気分を余計に沈ませた。その音を、生まれて初めてとても寂しいもののように感じた。


 その時、不意に人の気配がして、僕は振り返った。


 空き地の入口の方に、見覚えのない男の子が一人いて、こちらを見つめていた。背格好からすると、歳はショーンと同じくらいのようだけど、彼より少したくましくて大きかった。つり上がった目が、怪しむように僕をじっと見据えている。


「お前、誰?」


 それは一方的に拒絶するような声色だったから、僕は少し驚いてしまった。なんだか、チクチクささるような言い方がショーンとは正反対だなぁ、と思いながら答え返す。


「えっと、僕はトニーだよ。君は?」

「ふうん。俺はマイケル」


 男の子がそう答えた瞬間、僕はもう少しで声を上げてしまうところだった。自分の口を手で押さえながら、マイケルが見つかったことへの喜びと驚きが隠せなかった。


 まさか、こんなにも簡単に見つかるだなんて!


 そうしている間にも、マイケルが空き地に入って来た。難しい顔をしたまま「ここ、滅多に人が来ない場所みたいだけど、お前よく来るのか」と尋ねてきたので、僕は少し考えて正直に答えた。


「うん、前までは友達と来ていたよ」

「じゃあ、もともとの常連か」


 マイケルは、少し面白くなさそうな顔をして視線をそらした。僕はその言葉が気になって、素直に尋ねてみた。


「どうして、そんなことを訊くの?」

「新しく来た奴だったら、追い出そうかと思っていたんだ」


 マイケルの言葉を聞いて、僕は驚いてしまった。


「なぜ、そんなことをするの? ここは皆の場所でしょう?」

「皆の場所だって? 見つけたもん勝ちだろ。人もそんなに来ねぇし、俺には過ごしやすいんだよ」


 なんて寂しい子だろう、と僕は思った。マイケルは中央に来ると、その場で座り込んで胡坐をかいた。何をするわけでもなく、草が風になびくのを眺める。


「ねぇ、君、最近ここに来たっていう『転入生くん』だよね?」

「あ? なんでお前が知ってるんだよ」


 尋ねてみた僕は、睨むマイケルの隣にしゃがみながら言葉を続けた。


「僕、ショーンの友達なんだ」

「ショーン? ああ、あいつか」


 マイケルは、すぐ思い至ったようだった。少し苛立ったみたいにチッと舌打ちすると、僕から顔をそむけてしまう。


「ねぇ、君はショーンのこと、嫌いなの?」

「そっちの方こそ、どうなんだよ。ショーンは、お前に俺のことなんて言ってたんだ?」

「少し苦手だって言っていたよ?」


 僕が正直に教えてあげたら、マイケルはむっとしたような表情を浮かべて、こちらを見た。


「別に俺は、嫌ってなんかいないからな。あいつが、勝手に苦手意識を持っているだけだ」


 そう言われた僕は、困ってしまった。どうやら、マイケルはショーンのことを、嫌っているわけではなさそうなのに、なぜ、うまくいかないのだろう?


「僕は、ショーンと君が仲良くなってくれると嬉しいよ」

「おい。なんでお前に、そんなことを言われなくちゃならないんだよ?」

「仲良くお喋り出来たら、素敵だろうなって思うからだよ」

「だから、なんでそう思うわけ?」


 マイケルが、そう言って口をつぐんだ。


 きちんと答えたのに尋ね返された僕は、また同じことを言うわけにもいかずに、困って彼の隣に腰を降ろして黙りこんだ。しばらくしても、マイケルは何も言わなかった。


「…………ねぇ、こうしているよりさ、誰かと遊んだほうがいいと思うな」


 しばらくして、僕は抱き寄せた両足の膝に顔を寄せて、ぽつりと呟いた。


 だって僕なら、こんなところに一人でいたいと思わない。こんな晴れた日は、ショーンと出かけて、一緒に思いっきり遊びたいと思う。


「じゃあ、友達のところへでも行って、遊んでこいよ」

「うん、そうしたいんだけど、今は出来ないんだ……」


 そう口にしたら、寂しくなってしまった。でも、僕が落ち込むたびショーンが心配そうな顔をするのを思い出して、話題を変えようと思って、マイケルを見て口を開いた。


「ねぇ、君はどこから来たの?」

「大都会からさ。……こんな何もない田舎とは違って、いろんなものがあったところ」

「へぇ、いろんなものがある場所なの? どんなことをして遊んでいたの? 友達は? たくさん人がいたんなら、子供もたくさんいたんでしょう?」


 人の姿じゃなかった時と同じように、思ったことを素直に全部尋ねてみたら、マイケルが怪訝そうな顔をして振り返った。下から睨みつけるようにして、しばらく僕を見つめる。


「……お前、ものすごく『お喋り』だって言われないか?」

「僕、お喋りなの? いつも父さん達には『静かで大人しい良い子だね』って言われるよ」

「…………はぁ。もう、いい」


 吐息まじりにそう言って、マイケルがふいっと視線をそらした。


 僕は、自分がお喋りになっているかもしれないな、とも思えてちょっと考えてみた。人間に僕の言葉が伝わることが嬉しくて、だからついつい多く喋ってしまうのだろう。


 いつも伝えたい内容がきちんと届かなくて、独り言みたいに呟いていたそんな言葉たちが、突然相手に伝わるようになったのが新鮮で楽しい。


 ただ、僕は考えたことをすべて口に出してしまうんだとも気付いて、少し気をつけなくっちゃと思った。すると、むっつりとした表情でいたマイケルが、唇を尖らせてこう言った。


「……大都会暮らしだった時も、今と対して変わらなかった。あの時も、適当にゲーセン行って時間潰して、気に食わない奴と喧嘩する毎日で、とうとう親が切れて、ここにいる爺さん家においやられたってわけさ」


 突然話し出したマイケルに、僕はきょとんとして首を傾げた。


「『げーせん』って何? 親が切れて『おいやられた』って、どういう意味?」


 知らない言葉で説明されたせいで、よく分からなかった。マイケルが信じられないという風に振り返るのと、僕が反対側に首を倒すのは、ほぼ同時だった。


「お前っ、ゲーセンも知らないのか!?」

「うん? ショーンからそんなこと、聞いたこともないけど」

「『ゲームセンター』のことだよ! あと、ほら、ポータブルのゲーム機とか、色々あるだろ!」

「うーん、『てれびげぇむ』って単語は聞いたことあるけど、よく分からないなぁ」

「マジかよ……」


 ここ、そんなド田舎なのか……マイケルが、そう呟いて黙りこんだ。


 僕は、父さん達の口から時々出る言葉だったものの、それがなんなのかは知らないでいた。さっきマイケルが少し話してくれたのに、やっぱり言葉の意味がよく分からなくて、彼が大きな土地からやってきたということしか理解出来なかった。


「いや、やっぱゲームセンターを知らない、お前の方が変わってんだよ」

「僕は普通だよ。ちょっと身体が大きいけど、どこにでもいるような子だって言われるもの」

「お前がデカいって? 何言ってんだ、背丈は俺と変わらねぇだろ」


 そう怪訝な表情で言った後、マイケルが唐突に「ぷっ」と吹き出したかと思ったら、突然大きな声で笑い出した。ショーンの笑顔とは違って、少し意地悪そうな笑いだった。


 びっくりする僕を振り返って、彼はつり上がった目を細めた。


「お前、なかなか面白い奴だな」

「そうかな」


 よく分からないけど、僕は少しだけ嬉しくなった。笑ったマイケルを見ていると、すごく元気な子供だと分かって、僕やショーンともいい友達になれそうな気がした。


「ふうん? お前、ショーンの友達だって言っていたよな。俺とあいつに、仲良くなってもらいたいんだ?」

「うん、そう」


 ようやく分かってくれたんだ、と思って僕はマイケルを見た。よし、いい感じに話が進みそうだ!


 すると、その矢先に彼が「でもさ」と、胡坐をかいた足の上で、頬杖をついてこう続けた。


「仲良くしろっつったって、俺が見る限り、あいつは下ばっかり向いてるか、本読んでるかで取っつきにくい感じがするんだけどな。一人でいるから声掛けやすそうだなと思っていたのに、こっちは特に何もしてねぇのにさ、あからさまに避けられて苛々してんだぜ」

「ショーンは、ものすごく明るい子だよ? スポーツや冒険物が大好きで、僕は海岸まで一緒に何度も走って行ったこともあるし、ボール遊びなんてしょっちゅうだよ! バスケもサッカーも野球も、とっても上手なんだ。一緒にいるとっても楽しいんだ、遊びの天才だよ!」

「へぇ、それは知らなかったな。全然イメージがねぇもんよ」

「そうなの? 僕は『学校』のショーンは知らないけど、仲良くなってみればすぐに打ち解けると思うよ。きっと、すぐに皆とも仲良くなれると思うな」


 自信たっぷりに言いきった僕を見て、マイケルが頬杖を解き、体勢を楽にしてこちらに身体の正面を向けてきた。


「お前らは、いっつも二人だけで遊んでいるのか?」

「うん。僕とショーンは、いつも一緒で――」


 僕は、そう言い掛けたところで、口を閉じてしまっていた。


 ショーンには、妹のペギーみたいに『遊ぼうよ』と、呼びに来る友達はいなかった。彼にも子供の友達がたくさん出来たらいいなぁと想像した時、僕はショーンが、彼らと楽しく出掛けてしまって、自分とは遊ばなくなる光景を想像して、ドキッとしてしまったのだ。


 ペギーみたいにいっぱい友達が出来たら、彼は僕を置いていってしまうの? そんなはずはないよ、だって僕らも友達なんだもの。ショーンは僕のこと『最高の友達』だって言って、いつもぎゅっと抱きしめてくれるもの……。


 そう自分に言い聞かせるのに、元気はすぐに戻ってくれなかった。僕が項垂れていると、マイケルが「お前、なんで泣きそうになってんだ?」と、ちょっと慌てた様子で訊いてきた。


「突然静かになって、どうしたんだよ」

「うん、その……ショーンに友達が出来ることを想像したら、すごく嬉しく思うのに、その後も僕と遊んでくれるかなぁ、って思っちゃって」


 考えていたことをそのまま声に出した僕は、ハッとして再び口を閉じた。思ったことをそのまま口にしないようにしなきゃって、さっき思ったばかりだったのに!


 そうしたら、隣にいたマイケルが、真剣に相談に乗って考えてくれるみたいな表情で、空き地に生えている雑草を眺めた。しばらくすると、仏頂面に戻して僕を見る。


「お前、本当に馬鹿なんじゃねぇの? 友達って、そう簡単に縁が切れるようなものじゃないだろ。まぁ、俺も友達がいた経験はないから、そういうのはよく分かんねぇけど……毎日一緒に遊ぶくらい仲がいいんだったら、お前も一緒になって遊べばいいだけだろ」

「あ。そうか、『僕も一緒に遊びに入れて』って言えばいいのか」

「ようやく気付いたのかよ。そうさ、それだけで全部解決だ」


 マイケルはそう言って、可笑しそうに笑った。僕もなんだか可笑しくなって小さく笑って見せたけど、ふっと気持ちが沈んで、あまり顔に力が入らなかった。


 一緒に話せるたくさんの子供に囲まれて、同じことを出来る彼らの中で笑い合う、ショーンの姿が浮かんでいた。



 僕は、人の言葉を話せないし、二本の前足を器用に使うことだって出来ない。姿形もショーン達と違っているし、いつも大人に『しっしっ』ってされるから、一緒にお店の中や建物に入ることもなかなか出来ないのだ。


 だから、楽しそうに遊ぶショーン達の中に、元の姿に戻った僕は、居場所がないのかも……――。



 それでも、と、僕は前向きに思って顔を上げた。


 きっとその中に入れなくても、ショーンは変わらず、僕と遊んでくれるのだろう。時間は短くなってしまうだろうけど、同じ『仲間たち』と外で遊ぶ方がいいに決まっている。だから僕は、留守を頼まれたら、家でしっかりその帰りを待つのだ。


「おい、またちょっと変な表情になってたけど、どうした?」

「ううん、皆で遊べるといいなぁと思って」


 そう答えると、マイケルは「普通はそうだろ」と言って空を見上げた。


 僕は寂しい気持ちを堪えるように、無理やり笑うことにした。この姿でいられる時間にも、刻々と終わりが迫っていると思ったら、じっとしていられなくて、少しでもショーンのために動きたくなって立ち上がった。


「今からショーンのところに行かない? ここ最近、ずっとこもりっばなしだから、元気付けてあげたいんだ」


 きっと、ショーンとマイケルは、いい友達になれるだろうと思っていた。だって、こんな短い時間で、僕はマイケルを『友達』として好きになっていたからだ。


「実際に話してみれば、ショーンが結構お喋りだってことも、分かると思うよ。いつも僕を掴まえて、一日にあった出来事とかもよく話してくるんだ」

「へぇ、そうなのか? まぁ、お前がこんなにお喋りだと、あいつもかなり話すタイプなんだろうなぁとは思うけどさ」

「今からすぐに行こうよ。駄目?」

「うーん……まっ、とくに予定もねぇしな。いいぜ」


 マイケルは立ち上がると、ズボンについた草や土汚れを払った。僕はショーンとマイケルに会ってもらおうと考えいたのだけれど、ふと、自分が『いつものトニー』の姿でないことを思い出した。


 どうしよう……「君の友達のトニーです」って言っても、絶対ショーンに伝わるはずがないっ!


 てっきり、ショーンとも話せるぞとワクワクしていた僕は、直前までの興奮もおどおどとした気持ちに変わって、どうすることも出来ず困ってしまった。突然、マイケルと一緒にショーンを訪ねても、逆に警戒して、家から出て来なくなってしまうのではないだろうか……?


「……ねぇ、あのさ。近くまで案内するから、一人でショーンと会ってもらってもいい?」

「は? 俺、あいつとは一度だって話したことないんだぜ、お前がしっかり紹介して警戒心解いてくれねぇと、また避けられるのかもしれねぇだろうが」

「まぁ、うん、それはそうなんだけど……」


 僕だって、ショーンと会って話したい。


 でも、ショーンは、今の姿の僕が『トニー』だって信じてくれるのかな?


「とりあえずは、行ってみようぜ。内気でも、話し出せばどうにかなるんだろ?」


 歩き出すマイケルに問われて、僕はハタと考えさせられた。


 そう言われればそうだ。僕とショーンは『最高の友達』なのだ。会って話をしたら、どうにかなるかもしれない。人間の姿だから、今から会えばショーンと言葉を交わせるし、そうしたら普段から言っている『好き』も『大切な友達だよ』も『ずっとそばにいるからね』も、全部伝えられる……!


「うんっ、行こう! 近くなんだ。案内するよ」

「いきなり元気になったな。おう、案内よろしく」


 マイケルの答えを聞きながら、僕はその隣を歩きだした時、ある疑問が浮かび上がって首を傾げてしまっていた。


 僕がショーンに『トニー』だって説明する時、横にはマイケルがいるんだよね? あれ? これって大丈夫なの? もしかして、ショーン以外には知られない方がいいのかな?


 そう考え始めたら、歩き出して数歩のところで立ち止まっていた。

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