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3話 人間になったトニー、ショーンのクラスメイトに会う

 目を開けた時、僕はバランスがうまくとれなくて、後ろに転倒しそうになった。どうにか両足を踏みしめて、浮いた両手でバランスを取ったけれど、とても不格好な体勢のように思えた。だって、いつも四足歩行だから、違和感しかないんだもの。


 僕は直立に成功したところで、自分の両手を見下ろして、それから地面についている二本の足を見た。


 白い肌に、短くなった爪。それは、まさに人間そのものだった。白いシャツと、ショーンがよく履いている動きやすい長ズボンに、僕がよくかじって怒られた運動靴。ハッとして後ろを振り返ると、僕のふさふさの尻尾だってなかった。


「やった! 人間になってる!」


 僕は叫んだ拍子に、そう話す自分の声を耳にして感動した。いつも頭だけに流れていたその声を、まさか自分の耳で直接聞ける日が来ようとは!


 お礼を言おうと思って辺りを見回すと、さっきのお爺さんはどこにもいなかった。壁に不自然な感じで綺麗な丸い鏡が埋め込まれていて、僕はまた驚いた。さっきまでは何もなかったのに!


 そう思いながら、恐る恐るそれを覗き込んでみた。鏡の中には、澄んだ青い瞳をした、小さい顔の男の子が映っている。髪の色はいつもの僕の毛並みそのもので、歳はショーンと同じくらいだった。


 これが、今の僕! 人間になった僕か!


 そう感動していると、鏡がすうっと消えていった。びっくりして後退した僕は、ふと、あのお爺さんが魔法使いみたいな存在であったことを思い出して納得した。きっと、僕のために鏡を用意してくれていたのだろう。


「ありがとう! おじいさん!」


 僕は空に向かってそう叫ぶと、来た道を駆け出した。


 二本脚で走るのは、少し違和感があったけど、しばらくすると気にならなくなった。ショーンは、この目線で僕の隣にいるんだろうな、と顔をにんまりさせて人通りに走り出た僕を、皆が驚いたように振り返る。


 僕は、風になったような気分で人の間を走り抜けた。時々後ろから「危ないだろ! このクソガキが!」と怒った声が上がったけど、嬉しくて思わずスキップしてしまった。


 僕のこと、『馬鹿犬』とかじゃなくて『クソガキ』だって!


 僕は、今、人間の子供だもんね!


 そうウキウキとした気分で走り続けていたら、通りの途中で、ショーンと同じ年頃くらいの男の子たちを見つけて足を止めた。バスケットボールを持っている子と、ショーンが散歩をする時に近い、運動着姿の数人だった。


「こんにちは。ねぇ、君たちは『マイケル』って知ってる?」


 ペギーのような感じはない子供たちだったので、僕は自然と彼らに近寄って声をかけていた。声をかけられた子たちは、驚いたような顔をしてこちらを見る。


「お前、誰だ? 見かけない顔だな」

「マイケルって、この前うちのクラスに来た奴のことか?」

「何、お前マイケルの友達なの?」


 途端に口々に質問されて、僕は尋ね方を間違えたのかもしれないと思った。小さく咳払いしてにっこり笑うと、まずは自己紹介がてら、きちんと説明することにした。


「初めまして、僕はトニー。ショーンの友達で、マイケルを捜しているんだ」

「へぇ、ショーンの友達なのか。今年から同じ教室だから、知ってるぜ。そういえばショーンって、マイケルに苦手意識を持ってるみたいだからなぁ。それで友達として、まずはお前が、マイケルに会おうってわけか?」


 僕はよく分からなかったけど、とりあえずにっこり笑ってみせた。笑顔でいればどうにかなるって、ショーンは言ってた。庭先でサッカーボールを蹴飛ばして、父さんの車にボコンっと当てた時、よくそうしていたから間違っていないと思う。


 男の子たちは、しばらく互いの顔を見つめ合って、それから僕を振り返って口を開いた。


「お前、すっげぇいい奴だなぁ」

「ショーンって内気で、タイミングが合わないから、同じクラスになったのに遊びにも誘えなくってさ」

「そうそう。で、そんな時に、ウチのクラスに転入生のマイケルが来たんだよな。あいつ、いっつもぶすっとした顔をしていてさ、そのせいで教室もぎすぎすしてんだ」

「俺らがショーンを誘ってみようかなって動こうとしたら、マイケルがずっげぇ睨んでくるわけ。マイケルは不機嫌な理由を、先生にも話してくれないみたいでさ。よかったら、お前、あいつから話を聞いてきてくれないか?」


 そう言って、男の子たちがじっと見つめてきた。僕は、もともと彼に話を聞くつもりだったから、「いいよ」と答えた。


「そういうことなら、僕に任せて。それで、君たちはマイケルがどこにいるのか、知ってる?」

「多分、廃墟ビルのとこにある空き地だと思う。俺、先週見かけたんだ。変な連中と付き合ってるんじゃないかって噂になっていて、他の奴らもマイケルに声をかけられてないんだよなぁ」


 バスケットボールを持った男の子が、そう言って手に持っていたそれを持ち抱え、僕を見てこう確認してきた。


「お前、廃墟ビルの場所は知ってるか?」

「ううん、知らない」

「ここからまっすぐ行ったら、海岸に行く道に出るだろ? そこを進むと建物が少なくなるんだけど、右側に一軒だけ、デカくて古い廃墟ビルがあるんだ。そこに向かって右折して、すぐのとこに広い空き地があるよ」


 ああ、あそこか!


 記憶を辿った僕は、思い当たる場所が頭に浮かんで「分かったよ」と頷いた。そこは、ずっと前にショーンと数回、ボール遊びをした場所だった。


 周りにある少ない建物のほとんどは廃墟で、最近、父さんの車に乗って大きな公園に向かう際に見掛けた時は、半分がとり壊されて小さい空き地が増えていた。人通りがほとんどないので、もう行ってはいけないと言われた場所でもある。


 僕は男の子たちにお礼を言うと、その場所を目指して駆け出した。後ろから「一人で大丈夫かっ?」と声が上がったけど、僕は足を止めることなく「大丈夫、全然平気」と強く答え返して、先を進んだ。

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