表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

1話 トニー~僕の家族と大好きなショーン~

 僕の家族は、大きな一軒家に住んでいる。


 月に一回手入れされる広い庭に、二階建ての大きな家。僕はそこで幸せで、満足な毎日を送っていたのだけれど、最近一つ気になることが出来てしまった。長男ショーンのことだ。


 ショーンは、今年で十三歳になる。僕のために、父さんと一緒に小屋を作ってくれたり、時間があると散歩に行って遊んだりもした。なのに、ここ最近は元気がなくて落ち込んでいる。


 しょんぼりしたまま帰って来て、妹のペギーに「ごめん、今はそんな気分じゃないんだ」と僕の相手を頼んでもいた。正直、僕はペギーが苦手で、彼女と遊ぶくらいなら小屋で寝るか、ゆっくり日向ぼっこする方を選ぶ。


 ペギーは十一歳で、ショーンとは性格が正反対の子供だった。いつも派手な色のスカートを着て、近所の悪ガキどもを手下にしているくらい気性が荒い。僕はどちらかというと、自分と同じ穏やかな性格のショーンが好きだなぁ。そばにいるだけで、とても幸せな気分になれるんだ。


「ちょっと、そこの馬鹿犬」


 きんきん声が上がって、僕は嫌々ながら振り返った。


 僕のことを『馬鹿犬』呼ばわりするのは、この家でたった一人しかいない。振り返った僕は、きっとものすごくげんなりとした嫌な顔をしていただろう。


 そこにいたのは、案の定ペギーだった。ペギーは乱暴なことをする時、必ず腰に手を当てて、胸を張るようにして僕を見下ろす。僕が同じくらいの大きさであることが気に食わないらしく、最近毎日のように苦手な牛乳を飲んでいるのを、僕は知っている。彼女の口から、その匂いがするからだ。


「仕方ないけど、お兄ちゃんはいないし、ママに頼まれたから、また私が散歩してあげる」


 冗談じゃない! 僕は飛び上がった。


 この前だって、悪ガキどものところに連れていかれて、大変な目に遭ったばかりだったのだ。散々僕の自慢の毛並みをぐちゃぐちゃにされて、ボールを取って来いって言われて何度もパシられ、しまいには池で泳がされたんだから!


「ペギー、大丈夫かい? トニーは力持ちだから、やっぱりショーンじゃないと不安だな……」

「大丈夫よ、パパ。この前だって、私がちゃんとつれて行ったでしょう?」

「でも支えられなくて逃げられて、池にもぐっちゃったんだろう?」


 家から出てきた父さんが、僕には救いの神に見えた。


 ペギーはこの前のことをそう言っているみたいだけど、違うよ! 僕はそう何度も言ったけど、結局父さんはペギーに騙されていた。


 でも、今はそんなことどうでもいい。なんとかして、ペギーに散歩に連れて行ってもらうのを、止めさせなきゃ!


 ペギーが父さんに歩み寄って行くのを見ながら、僕はどうしようかとぐるぐる悩んで、その場で回りながら考えた。


 僕はとても大人しいけど、とても力持ちでたくましい身体をしている。ペギーには、散歩なんて絶対無理だと知らしめたいけれど、直接彼女にどかーんっと向かっていったりしたら、後でペギーの仕返しが怖い。


 そう僕が悩んでいると、父さんが大きな手を僕の頭にやった。


「トニー、ごめんな。私は仕事があるから、散歩に連れていけなくて……でもペギーだと、とても心配でもあるんだ。だから、うーん、どうしようか……」


 うん、それよく分かるよ、父さん。だから、散歩は諦めるからペギーを止めて!


 僕は辺りを見回したところで、ショーンにもらった野球ボールが小屋の前にあることに気付いた。慌ててそれを口にくわえて、後でこれで遊ぶからっ、と言い訳して小屋の中に一時避難してみた。


 ペギーが不信感をあらわに振り返ったが、父さんは納得してくれたようだった。小屋にいる僕を覗きこんで、眼鏡を指で押し上げる。


「トニー、散歩はいいのかい?」


 確認するように問われた僕は、一生懸命頷いた。父さんは納得してくれたみたいに、ふっと笑って僕の頭を撫でる。


「ショーンが元気になったら、連れて行ってもらおうな」


 うん、と答えかけて、僕は口からボールを落としてしまった。


 そういえば、ショーンはどうしちゃったの、父さん? 最近元気がないよ、そう僕が問いかけながら小屋から出てくる横で、ペギーが不機嫌そうに腕を組んだ。


「パパ、お兄ちゃんはどうしちゃったの? 私が勝手にテレビのチャンネルを変えたりしても、全然怒んないの。なんか、すごく気持ち悪い」


 うわっ、ショーン、ひどい言われようだ……。


 僕が同情する中、父さんが、ペギーに少し悲しそうに笑い掛けた。


「お兄ちゃんは、どうやら学校のことで少し悩んでいるみたいだから、そっとしておいてあげなさい。彼には、考える時間が必要なんだよ」

「違うわ! 私、知ってるもん。マイケルって奴がやって来てから、おかしくなっているのよ。お兄ちゃんが『怖いんだよなぁ』ってチラリと呟いてたのは、きっと彼のことに違いないわ」


 叫ぶペギーを横抱きにして、父さんは「人のことを、勝手に悪く言ってはいけないよ」と言い聞かせ、一旦家の中に入って行った。その間、ペギーは耳が痛くなるような抗議の声を上げ続けていて、家の扉が閉まるとようやくそれが途切れてくれた。


 さすが、父さんはペギーの扱いが慣れている。しかし、マイケルって一体何者だろう?


 僕は小屋の近くにある木陰に行くと、そこに腰を降ろして考えた。記憶を辿ると、少し前、散歩をしていたとき、ショーンがこう言っていたことを思い出した。


『今日、少し苦手な子が転入してきたんだ。ものすごく不安だよ……』


 なるほどっ、これだ!


 僕は、自分のふわふわの尻尾で地面を叩いた。確か、あの後からショーンは元気がなくなって、僕と遊ぼうともしないし、あまり散歩にも行かなくなった。毎日、学校以外は家に閉じこもってばかりだ。


 このままじゃいけないぞ、どうにかしないと。


 ショーンに元気になって欲しくて、僕は一生懸命考えたけど、何も思いつかなかった。言葉も通じないし、ショーンとは限られた遊びしか出来ないのだ。


 人間じゃないと、どうしようもないよな、と、僕はうなだれて地面に身体をべったりと付けた。お腹も顎も草まみれになる姿勢だけれど、どうとも思わなかった。ふさふさの身体に芝生地の冷たさが、なんとなく心地いい。


 どうしたら、ショーンは元気になってくれるんだろう? 僕に、何が出来る?


 僕は、大好きなショーンを思い浮かべた。光に透ける綺麗な茶色の髪、大人しげだけど活気溢れる笑顔を浮かべる顔。


 皆には大人しいって思われがちだけど、案外ショーンは、僕と気が合うほど活発的な子供だ。僕らは、遠くにある海岸まで何度も走ったし、知らない町の探険だってしたんだから。


 ショーンの部屋の窓が見える場所に行こうと思って、そっと立ち上がって歩き出した。家の手前で、首に繋がっている紐が伸び切って、それ以上は進めなくなってしまった。


 仕方なく、僕はそこに腰を下ろして、二階から飛び出ている青い三角屋根を見上げてみた。開いた窓から、緑のカーテンがなびいている。あそこにショーンはいるはずだ。


 僕が何度か吠えて合図すると、見慣れた子供の顔がそこから覗いた。ショーンだった。手には読みかけの本を持っている。


 僕は字が読めないけど、なんとなく冒険物の本だろうなと思った。海賊と立ち向かう、緑の服を着た男の子の絵が見えたからだ。ショーンからはよく本の感想を聞かされてもいて、そのほとんどが冒険物であると知っていた。


 ショーンは僕に気付くと、笑顔を浮かべて手を振ってきた。けれど、ふっと落ち込んだような表情をして、その手をすぐに下ろしてしまう。


「ごめんね、トニー……しばらく、一人にして」


 口の中で呟いたショーンの言葉は、耳の良い僕にはちゃんと聞こえていた。彼が窓の向こうに消えてしまって、僕はとても不安になった。


 一人でいるなんて、とても寂しいことだと僕は知っているのだ。物心ついて一匹で道端にいた時、僕は寂しくて死んでしまいそうなほど、胸が苦しかったのを覚えている。


 きっと、このままじゃいけない。僕にだって、何か出来ることがあるはずだ。


 僕は自分の小屋に向かいながら、再び青い空を見上げた。見知った鳩が電線に止まっているのを見つけて、思わず声をかけてみたら、彼はこちらに気付いて翼を羽ばたかせ、下まで降りて来てくれた。


「やぁ、トニー坊や。元気かい?」


 鳩のおじさんは、陽気にそう言ってきた。僕がショーンについて相談をすると、彼は「ふむ」と難しい顔で少し考えてくれた。


「そうだな。まずは、そのマイケルとやらを捜してみないことには、なんの対策も取れないだろうね。どんな子供なのか、知っているかい?」


 知らない、と僕が答えて首を横に振ると、彼は「これは厄介だ」翼で顔の後ろをかいた。


「いいかい、トニー坊や。私は君のように鼻がいいわけでも、探し物が得意なわけでもない。とりあえず、そのマイケルとかいう人間の子供を捜してごらん。彼がどんな子供か分かれば、私もきっと助言出来ると思うよ」


 相手も分からずに対策を打とうというのが、多分難しいことなんだろうなぁとぼんやり思う。でも、僕はここから出ることが出来ないのだ。どうしよう、と彼を見やると「君の、その殺人的な爪と牙で、なんとかならんのかね」と訊いてきた。


 僕は試しに、自分の首輪に繋がっている紐に噛みついてみた。すると、それは案外簡単にちぎることが出来て、鳩のおじさんが驚いたように飛び上がって、小屋の上に移動して僕を見下ろしてきた。


「忘れていたよ、君が凶暴で恐ろしい生き物であることを。そ、その牙で、私をぺろりと食べるなんてことはないだろうね?」


 勿論そんなことはしないよ、だって友達だもの。


 僕が鳥を食べてしまうだなんて、おかしな発想だ。そう思いながら僕が答えると、彼は少し安心したようだった。盛り上がった胸を撫で下ろして、ふうっと息をついてから翼を広げて、こう続けた。


「いいかい、トニー坊や。日が暮れるまで四時間ある、私はとても就寝が早いから、三時間までならここにいる。七月は陽が沈むのも遅いから、もう少しいられるかもしれないけれど、もし今日に間にあわないようだったら、明日にでも話を聞いてあげるから、とりあえず、しっかり捜してきなさい」


 うん、ありがとう。


 そう言って、僕はそのまま家を飛び出した。久々に感じる全力疾走する気持ち良さに、隣にショーンがいてくれたらなぁ、と小さく思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ