第6話 ピンチは続々と
「……というわけで、明日がこのクラスの日になっています」
「ふあーあぁ……」
和沙の話をあくびしながら聞いていた純平の額に、和沙お得意のチョーク飛ばしが炸裂した。
「痛ってぇ!」
白い跡が額に残った。粉がブワッと純平の目の前を舞う。
「高垣さん! なんですか、そのはしたない発言は!」
「もっ、申し訳ありません! つい家での素行が出てしまいまして……」
「自宅でも星蘭女子高生としての自覚を持っておきなさい! よろしいわね?」
「はい!」
「それで高垣さん。私がさっき話したことを一言一句間違えず、おっしゃい」
「へ?」
「まさか、おっしゃることができない……なんてことはないでしょうね?」
「えっ……と、ンンッ!」
後ろから声が聞こえてきたので、純平はそれを正確に再現した。
「明日は身体検査があります。身長、体重、座高、胸囲など様々な検査を行いますので、欠席のないようにお願いしますね。また、身体検査におきましては我が校では全員、体操服着用を義務付けています。なので、体操服は忘れないように。ただし、間違っても制服の下に着てきたり、着用して登校するといったことがないように! というわけで、明日がこのクラスの日になっています」
和沙はやや不満げに「ちゃんと聞いているのはいいですが、授業態度には気をつけなさい」と付け加えて教室を出て行った。
「ありがと〜ひとみちゃん! 助かっちゃった」
「いいのいいの! 困ったときはお互い様」
入学式で出会って以来、ひとみとはずいぶん仲良くなった。自宅へ呼んだことはまだないのだが、じきに呼ばざるを得なくなるだろうと純平も焦っている。まだそうなった場合の対応策を考えていないのだ。
「ねぇ、晴海」
美砂が声をかけてきた。
「あ、おはよう美砂」
「あのさ……」
「ん?」
こっそり美砂は純平に耳打ちした。
(わ……ちょ、そんな吐息耳元で掛けられたら……)
いちおう健康な男子だ。ウズウズしてしまう。
「スネ毛、生えてきてるから剃ったほうがいいと思う」
「へ?」
見ると、スネ毛がうっすら生えてきている。
「やだぁ! も、もう恥ずかしいじゃあん!」
純平は全力で美砂の肩を叩いた。ラグビーで鍛えた腕力は思い切り美砂を突き飛ばすほどのパワーがなんだかんだで付いている。
「晴海……よくもやってくれたわねー!」
「あ、あははははゴメンゴメン!」
美砂は思い切り純平の頬をつねった。その拍子にカツラがずれそうになる。
「ん?」
美砂も違和感を覚えたようで、その手を止めた。しかし、ここでバレたら大変だ。
「どうかした?」
「あんた、髪の毛変じゃない?」
「えぇ!? あぁ、ああ! 最近ね、静電気でパッリパリになっちゃってもう困ってるんだぁ!」
「ふぅん……? 今の時期に?」
(そうですよね。春に静電気とかまぁ少ないですよね)
純平は苦笑いしながら、髪の毛をとくふりをしてカツラの位置を戻した。
「あ、江島さん。授業始まっちゃうよ?」
「あ……ホントだ。じゃあまた後でね、ひとみちゃん、晴海」
「またね〜」
チラッと美砂が純平を見つめる。まだ違和感があるのだろうか。いつか美砂にバレてしまうのではないか。純平はそう思うと怖くて仕方がなかった。
「ねぇねぇ、晴海ちゃん!」
放課後、カバンに荷物をつめて帰ろうとしていた純平をひとみが呼び止めた。
「なに?」
「体操服買った?」
そういえば自分もまだだったことを思い出した。
「私、まだよ」
「本当? じゃあ買いに行かない?」
「あぁ……あ、その前に私ちょっと家に連絡入れないとダメだから」
「そうなの? じゃあ、中央玄関で待ち合わせね!」
「わかった」
ひとみと別れてから、純平は大急ぎで晴海に電話を掛けた。
「もしもし、どうしたの?」
「体操服買わなきゃなんないんだけど、お前どのサイズの買うのさ?」
「え? あたし? あたしはMサイズ買ってるんだけど」
「Mな。後でお金請求するから」
「わかったけど、ちょっとなんで急に体操服いるのよ?」
「明日身体検査があるの。じゃ、また後で」
電話を切ってから、自分が女の子口調にだんだん慣れてきていることに少し悲しさを覚えつつ、純平は中央玄関へ急いだ。
「ゴメンねー! 待ったぁ?」
「ううん! 全然。行こう!」
ひとみと並んで歩くと、自分が男子だということを忘れてしまいそうだ。体操服売り場にはたくさんの上と下が並んでいた。
(うわ……今どきブルマとかあり!?)
純平は少し戸惑った。ふとももがほとんど丸見えのブルマだ。
「ダッセ〜……」
口にしてしまった。ひとみも横から「私も思うけど、どうも伝統らしいから……諦めよ?」と苦笑いする。
「伝統かぁ。面倒な学校だなぁ」
純平はMサイズの上下を手にしてレジへ向かう。
「あれ? 晴海ちゃんってMサイズなの?」
ひとみが少し驚いたような感じで覗き込む。
「うん。そうだけど?」
「でも、胸わりと大きいのにね」
ドキッとした。その話題はまずい。
「いやぁ、もう多分成長しないよ? ペッタンコのまま!」
「そんなことないよ。ちょっといい?」
「へ!?」
OKだとか返事を聞く前に、ひとみは純平のボール胸を揉みだした。
「へー! 意外とあるんじゃん。あれ? 弾力もスゴいねぇ……」
(ひいいいいい!)
胸を触られているのよりも、ひとみのリアル胸が自分の胸に当たっているのに純平は取り乱してしまった。
「ご、ごめん! くすぐったい!」
「あ、ゴメンね。ついつい」
(ついついって何だよ……)
純平はなんとかボールとバレなかったことに安堵の息を漏らしながら、いそいそとレジへ向かった。
「花梨。ホントに決着つけるの?」
「本当よ。あの胸のデカさ……きっと何かあるに違いないわ!」
レジを出た先の出入り口で一人息巻いているのは、クラスメイトの渡辺 花梨だった。
「ん?」
なんとなく背筋の寒さを感じた純平は辺りを見渡すが、特に自分を見つめる人物もいなかったのですぐにレジへと向かって行った。