第37話 前向きに考えな!
「えっ!? じゃあ、前向きに考えるわけ!?」
純平がひとみに告白された夜。宿泊するホテルのラウンジで二人は座りながら話をしていた。
「あー……うん。ひょっとしたら、俺自身も変わるチャンスなんかじゃないかな、とか思ってさ」
「へー……」
晴海が目を丸くして純平を見つめる。
「な、なんか俺らしくない発言かもしんないけど……。でも、こんな俺でも好きになってくれる子がいるっていうのはマジで嬉しいし……できるだけ、希望に応えたいって思うし……」
「へぇ~……」
純平は相変わらず同じ答え方しかしない晴海をもどかしく感じ、少し苛立ちながら言った。
「んだよ。へーしか言えないわけ? 晴海」
「ううん……ただ、なんていうかな……。今のアンタ、すっごい輝いてる感じ?」
純平が今度は目を丸くする。
「輝いてるって、なんだそりゃ」
おかしそうに笑う純平。しかし、晴海は冷静に続ける。
「こんなこと言ったら、きょうだいでも失礼かもしれないけどさ。高校受験失敗した直後のアンタって、ホント顔、死んでたよ」
「え。そうかな」
「見てみなよ。これ」
晴海は携帯電話を取り出し、一枚の画像を見せた。そこには合格発表を終えた翌日からの純平の表情が写っていた。しかし、目が虚ろでなんとも言えない、自分から見ても覇気のない顔をしている。
「それがさぁ。あたしが階段から転げ落ちてからあたしに変装しだしたときのアンタ」
次の画像。母親に無理やり女装させられた自分の顔。嫌そうな顔をしているものの、表情に少し活気が戻っているように見えた。こんなことでも自分に活気が戻るのだと思うと、いま考えればおもしろくも見える。
「それからあたし、悪いってわかりつつ、帰ってきてすぐのアンタをこうして写真に収めてたの」
「盗撮かよ」
そう言いつつ、純平は嬉しそうに一枚一枚写真を確認する。ひとみと仲良くなった日。花梨に胸を揉まれつつも彼女と少し仲良くなれた日。体力測定で女子の基準を飛び越えた記録を出した日。そう遠くない日々が、すごく昔のように見えてくる。
「どうよ、これ。アンタ、すっごい前向きと思わない?」
「そ、そうかぁ?」
純平が苦笑いする。
「だって、考えてもみなよ! 女装して女子高行ったんだよ、アンタ! 普通の男子にはできないよ」
「それをさせたのはお前だっつーの」
二人は大笑いした。
「あー、笑った笑った」
晴海が涙を拭いてなんとか息を元に戻していく。
「とにかくさ。そろそろあたしたち、戻るわけでしょ? 自分たちの本来の生活に」
「うん……」
晴海はそう言ってから、カバンから一枚の紙を取り出した。
「なんだ? これ」
「これは、あたしが自分に課した、最後の試験」
「……?」
純平は紙を受け取って見た。すると、そこには「模試」の文字が。
「おい、これ」
「模試。あたしが受けるの。アンタのフリして」
「お、おいおい」
「大丈夫よ。あたし元々、ボーイッシュだからさ。短髪とまでは行かなくてもショートくらいにすれば、アンタに見える」
純平はさすがに慌てた。受験などでそんなことをすれば、犯罪に近い形になる。
「それはマズいって」
「何慌ててんのよ。名前はあたしの名前で受ける。たださ、あたし受験勉強終わって合格して、すぐに怪我して全然勉強してないでしょ? そこで、この模試受けて、結果が良かろうと悪かろうと、受け入れる。アンタからあたしに戻った時に、ショックを受けるための準備体操よ」
「……。」
「何でも前向きに考えなきゃ」
それから晴海はその紙をしまい、今度は別の紙を取り出した。
「で! アンタはこれで最後に頑張ってね!」
その紙を受け取る純平。
「は!? お、おい! これ!」
「優勝しなきゃ、ぶっ飛ばすからね!」
「む、無茶言うんじゃねぇー!」
純平はその紙を握りながら雄叫びを上げる。その紙には「星蘭女子高校ミスコンテスト!」の文字が躍っていた。