第34話 本音が、ポロリ
「凹んでる?」
純平が晴海に問う。
「凹んでるわよ」
晴海が不機嫌そうに答えた。
「なんで」
「……。」
純平の問いに今度は何も返さない晴海。純平がため息を漏らした。
「なんでって聞いてんじゃん。答えてくれないと、わかんねぇし」
「自分に苛立ってるの」
「は? お前が、お前に?」
「そ」
「なんで」
先ほどから同じ言葉しか出ない純平。晴海がなぜ自分に対して苛立っているのかが、全然わからないが故に、同じ言葉しか出せないのだ。
純平は晴海の隣に座り込んだ。中学生になった頃から、こうして隣同士で座ることは減った。部活で忙しくなる純平と、友人と出かけることが増えた晴海。すれ違いとまでは行かなくとも、たまにお互い何を考えているのかがわからなくなることもあった。
「なんでそんなにイラついてるわけ」
「……羨ましくなった」
「羨ましい? 何が」
「アンタが」
「俺が?」
純平はますますわけがわからなくなってきた。
「俺のどこが羨ましいんだよ」
「……さっき、アンタがひとみちゃんと話してたとき、すっごく楽しそうだった」
「あぁ~。まぁあれはなんていうか……。俺もたまたま、ひとみちゃんが観てた映画観たから、話が合っただけで」
「それだけじゃない。きっと、アンタはあたしが学校に行っていない間、あたしが知らないいろんな楽しいこと、経験してんでしょ」
それらの生活が楽しかったのかどうかと聞かれると、確かに焦ることも多くあったが、総じて考えれば楽しかったのだろう。
「うん……」
素直に純平はうなずいた。
「それが羨ましかったの」
「え」
純平は呆気に取られてしまった。
「あたしがさ……アンタにあたしの代わりになって、学校行けなんて言って。アンタ、すっごい嫌がったけど……行ってくれて。メチャクチャだったけどね。女装しろなんて言って」
「あぁ……まぁ……」
純平が苦笑いする。
「でもアンタは、要領よく女装してうまくあたしになりすまして、全部うまくやってくれて。それがさ……」
晴海の声が震えた。
「あたしより……なんか、全部うまくやってるんだもん」
「晴海……」
ポロポロと晴海の大きな目から涙がこぼれ落ちる。純平は晴海が涙をこぼすのを見るのは5歳の時以来であった。逆は何度でもあったのだが、こればかりはもう11年ぶりということになる。
「な、泣くなよ! こんなトコで!」
「ゴッ……ゴメ……」
「しょうがねぇなぁ」
純平は慌てつつ、ハンカチを取り出して晴海に手渡した。
チーン!と凄い音を立てて晴海が鼻をかむ。純平は落ち着いたのを確認して、晴海に聞いた。
「何がそんな不安なわけ?」
「置いてけぼりに……なっちゃう気がして」
「何に?」
「全部!」
晴海が突然大声を上げた。
「勉強とか、友達作りとか、恋愛とか全部、全部! あたしが骨折して休んでる間に、アンタに代わりに学校行ってもらって良かったのか、悪かったのか全然わかんなくなっちゃって……」
純平がフゥッとため息をついた。
「それを言うなら、俺のほうが不安だっつの」
「え?」
「俺は進路すら決まってないんだぞ」
純平はニカッと笑ってあっけらかんと言った。
「これから高校に進学するのか、それとも就職するのか。高校に入っても、1歳下の子たちと上手く話が合うのか。大学進学して、就職して。どんどん差が開いて行っちゃうな~とか。これから俺の人生、どうなるんだろうっていう不安ばっかり。また大学の試験で落ちるんじゃないかとか、そんな不安でいっぱいっぱいなんだぜ」
初めて聞く純平の本音だった。
「お前は……怪我はしてるけど、高校入学してるし。まだまだ未来いっぱいあるじゃん? 怪我くらい、普段のお前なら軽々と吹っ飛ばすじゃん。勉強で差がついても、友達作りとか遅れても、恋愛ができなくても、そんなのすぐに巻き返せばいい」
「……。」
「なーんてな、カッコつけてみた」
途端に晴海は拍子抜けしてしまった。
「そんな凹んでるお前なんて似合わない、似合わない! 第一、今回のこの旅行でお前と俺がバッチリ入れ替われるようにするんだろ? そのお前がこれくらいのことで凹んでどうすんだよ。俺が創り上げた以上の友情を花梨とか美砂と作れよ。イチャついて翔希と仲良くなれよ。じゃねーと、俺承知しねーぞ?」
「……。」
「返事!」
「はい!」
純平が晴海の手を握って走り始めた。
「行くぞ!」
「オーッ!」
二人の入れ替わりのための旅は、まだまだ続いていく。