第32話 バトンタッチ!~駅でタッチ!編~
「新神戸、新神戸です」
「よしゃーー! 着いた、着いた!」
純平は新幹線から降りるなり、思い切り伸びをした。
「やだ、晴海ったらオッサンくさい!」
純平は思わず赤くなってしまう。すぐに美砂のわき腹をこそばし始めた。
「アハハハ! やだ、ちょおっと晴海ぃ~!」
「オッサンくさいって言った罰よ! ホラホラホラー!」
晴海と美砂の笑い声が新神戸駅のホームに響き渡る。夏休み直前の7月17日土曜日。18日が日曜日、19日が祝日(海の日)ということもあり、晴海たちは夏休み突入記念旅行と題して近畿地方に遊びに来ていた。
17日は神戸、18日は大阪、19日は京都を観光し、帰宅するという行程になっている。メンバーは純平、美砂、ひとみ、花梨、そして翔希だった。
「あのさ……」
翔希が恥ずかしそうに呟く。
「女の子ばっかりなのに……俺も一緒に来て良かったの?」
「やっだなぁもう! 心配ご無用!」
純平はバシッ!と翔希の背中を叩いた。
「あたしのね、双子の弟・純平も後で合流することになってるのよー」
「純平くんも!?」
ひとみが大声を上げた。
「そう! アイツ、行きたがって行きたがってうるさいからさ~。しゃあなしで入れたのよ」
「アッハハ! なんか二人らしい決め方ね~」
美砂が大笑いする。その集団の後ろで、帽子を被りサングラスをかけた晴海がいろいろとメモをしている。
「ところでさぁ、美砂!」
(美砂の呼び方はそのままっと……)
いろいろメモをしておかないと、入れ替わった時に不自然さが出てしまう。晴海は晴海で必死だった。
「神戸だけど、まぁもうお昼じゃない? まずは南京町へ行ってお昼ご飯なんて、どう!?」
「いいわねぇ!」
美砂が目を輝かせる。
「ここからどうやって行くの?」
「それは地図に強い翔希くんが案内してくれるから大丈夫よ! ねっ!?」
「うん。任せといて」
翔希がポケットから地図を取り出した。
(翔希くんのことは翔希くんって下の名前で呼んでるのか)
いろいろとメモをしていくうちに、晴海は少し不安になってきていた。
(ホントにあたし……あの子たちの仲に入っていけるのかなぁ……)
さすがに3ヶ月近く経っていると、純平も女装していてもまったく違和感がない。さらに、美砂をはじめとする友人たちとのコミュニケーションも、バッチリ上手くいっている。逆に、戻った時に自分が変に意識してしまいそうな気が、晴海にはしていた。
神戸市営地下鉄でJR三ノ宮駅まで出た後、元町駅で下車して南へ行くと南京町はある。晴海もバレないようにこっそり後を付けていく。改札を潜ってすぐだった。
「ゴメン……あたし、ちょっとお手洗い行ってきていい?」
「えぇ!? いきなり!? もー、しょうがないなぁ、早くいっておいで」
美砂が笑いながら手を振る。
「ゴメンね! すぐ戻るから!」
そういうと純平はお手洗いに入った。すると、入るや否や晴海の携帯電話が鳴った。
「もしもし?」
「もしもし? 俺だよ。いま、トイレ入ったろ?」
「見てたから知ってるよ」
「俺、男子トイレ入った」
「は!? 何やってんのよ! 早く女子トイレに」
「バカ!」
晴海は純平の大声に体を縮ませる。
「お前が女子トイレ行くんだよ!」
「な、なんで?」
「トイレ行って、変装解いて出て来い!」
「え……! そ、それってまさか」
「そうだよ」
純平はハッキリと言った。
「ここからはお前が、晴海になるんだ」
晴海はブンブンと首を横に振った。
「そんないきなりは無理よ! だって、まだ美砂と翔希くんの呼び方しかわかってないのに……!」
「そんなの、理屈でどうこうなるもんでもないだろ?」
その言葉に晴海はハッとした。
「行ってこい、高垣 晴海」
「……。」
「今日からお前が、高垣 晴海だ」
「でも……」
「心配すんなよ。お前、さっきの話聞いてたか?」
「え?」
「俺も合流することになってるから」
すっかり忘れていたが、先ほどの美砂たちとの会話を純平は思い出していた。
「OKか?」
「……うん!」
「よっしゃ、行ってこい!」
「頑張る!」
晴海はひとまずお手洗いに入り、すぐに帽子とサングラスを取った。そして鏡に向かい、自分の表情をチェックする。
「よし……行くぞ、晴海!」
晴海は深呼吸をした後、出口に向かって歩き始めた。