第28話 二人の想い~翔希編~
「晴海さん!」
7月17日(土)。20日の火曜日から夏休みだが、ハッピーマンデーのおかげで月曜日も休み。そして土日がその前にあるので、正確には今日土曜日から学生は夏休みになる。
「おはよう、堀越くん!」
めいっぱい女の子らしい格好をした純平は、フリフリのスカートが捲れない程度に走りながら、翔希のもとへと駆け寄った。
「……。」
「おぉ……」
純平は周りの男子の視線を釘付けにしていることなど露知らず、笑顔で翔希の傍まで一気に走った。
「ゴメンね! 待たせちゃった?」
ここは上目遣いが可愛いの。晴海にそう言われたので、早速純平も実践してみる。こんなことは男に戻れば何ら意味がないどころか、むしろ気持ちが悪いのだが今は仕方がない。
「……。」
翔希の顔が真っ赤になった。
「堀越くん?」
「なっ、なんでもない!」
(なんでもない顔ではないと思うけど……)
明らかに純平の上目遣いに胸キュンをしている表情を浮かべる翔希。男の自分がここまで男を照れさせるとは、想像もしなかったことだった。
「ねぇ、早くチケット買わないと。今日、夏休み初日だし、すっごい混みそうだもの」
「いいよ。買わなくて」
「どうして?」
「もう買ってある」
翔希はチケットを2枚胸ポケットから取り出した。
(なるほど……。こういうの、女の子にはポイント高いんだな)
「ありがとう!」
純平はニッコリ微笑んで見せた。間違いなく完璧な笑顔だろう。しかし、なぜか笑顔になるや否や、翔希は目を逸らした。
(ちょ! 頑張ってんのに!)
純平はまた、翔希が顔を真っ赤にしているのに気づいた。
(相当ウブなんだな……堀越って)
純平はちょっとからかってみたくなり、思い切り手を繋いでこう言った。
「行こう!」
翔希の顔が沸騰した薬缶のような古典的表現よろしく、最高潮に赤くなる。
「ずーるーいー……! 確かにあたしだったらやりかねないけど!」
入口付近の茂みから晴海がメラメラと嫉妬の炎を燃やしながら翔希と純平のカップルを見つめていた。
ブー、ブーと晴海の携帯電話が震える。
「何よ! こんな大事な時に!」
表示を見ると、純平からだった。
頼む! チケット2枚買っておいて(>_<) 俺とひとみちゃんの分!
「なーにがひとみちゃんよ!」
思わず晴海は叫んでしまい、視線を集めてしまった。
「しょっ、しょうがないなぁ……。一度きりなんだからね!」
晴海も自分の恋人候補との恋愛を弟である純平に手伝わせている以上、自分自身が弟の恋人候補との関係を取り持つのは自然な成り行きであると考えていた。
「えーと……チケット高校生は……2,500円が2枚で5,000円か……。結構するなぁ」
しかし、そのチケットを翔希は買っておいてくれたのだ。晴海はふと気になって純平に返信した。
了解。ところでさ、チケット代払った? 翔希くんに
すぐ返信が来る。
払うって言ったのに、おごるって言って聞かない(‐‐;)
「……。」
翔希はそうするだろうと晴海は思っていた。
了解。よくお礼言っておいて。ちなみに、ひとみちゃんの分もアンタがおごることにするのはどう? お金はとりあえずあたしが出しておくから♪
携帯電話を閉じ、晴海はチケット売り場へと走った。
「何乗る?」
携帯電話を閉じた直後、翔希が純平にそう問い掛けた。
「あたし……なんでも来いよ!」
「本当? 心強いや」
実際、純平も晴海も絶叫系でも何でも来いだった。
「じゃあ、ロケットスタートするこのROCK YOUはどう?」
「いいね! 乗ろう乗ろう!」
「行こうか!」
「うん!」
現在の時刻は9時20分。ひとみとの待ち合わせ時間にはまだまだ余裕があった。
ROCK YOUの前に来る。まだそれほど混雑はしていない。並ぶと次の回には乗れそうなほどに、スムーズに進んだ。
「ねぇ、晴海さん」
「うん?」
「このROCK YOUの意味知ってる?」
「え?」
ザワザワと周囲の雑踏だけが純平の耳に聞こえた。
「ROCKは照準を合わせる。YOUは、アナタ」
翔希が照れながら言った。
「絶対、このROCK YOUは……晴海と乗りたかった」
そのセリフにはさすがの純平も照れてしまい、自然に赤くなってしまった。
「……ありがとう」
やがて、純平と翔希の番になった。
「うわ。一番前だぜ」
翔希が少年のように無邪気に笑う。
「ホントだ。ドキドキするね」
正直、本当に純平もドキドキしていた。
「発車します。シートベルトの確認を、再度お願いします」
アナウンスが聞こえる。
「晴海」
不意打ちだった。
純平の唇に、翔希の唇が重なった。
「……へへっ」
ズキッ、と純平の心が痛んだ。
(ゴメン……晴海……堀越くん……)
なぜかそう、純平は心の中で呟いた。
発進、急降下。その間、ずっと翔希と純平は手を繋いでいた。思い切り叫んだ。まるで、本当の恋人のようだった。純平はもし、自分が女の子であれば翔希を好きになっても無理はないだろうと思っていた。
もしも、自分が純平のままで、そのままひとみと出会っていたら、果たして今日はどのようなデートを企画していただろうか。翔希のように、チケットをあらかじめ買っておいて、こんなROCK YOUにすぐに案内して、おもしろい話をして、そしてキスなんかをできるだろうか。
「無理だな……」
止まる直前、純平はボソッと呟いた。
「すっげぇ迫力だったな!」
「本当! 久しぶりだったから、まだドキドキしてる!」
純平は心から笑い、そう答えた。翔希がニッコリ笑う。また、心が痛んだ。
騙してゴメン。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
ふと純平が時計を見ると、既に9時40分を指していた。
(そろそろ行かないと……)
ひとみとの待ち合わせ時間が迫る。ここからが正念場だと、純平は気合いを入れた。
「ほ……」
「うん?」
堀越くん、と言おうとして純平は言葉を止め、こう続けた。
「翔希くん」
「……!」
翔希の顔が赤くなったが、嬉しそうに笑った。
「何?」
「ちょっと……お手洗い行って来ていい?」
「うん。俺、ここで待ってようか?」
「ゴメンね。すぐに戻るから」
「うん」
純平はとびきりの笑顔を向け、背中を向けて走り出した。
「……。」
トイレの前に立ち、男子トイレに誰もいないことを確認して個室に駆け込んだ。
「苦しい……」
純平は目に涙を浮かべて俯いた。
「俺……いいのかな……このままで……」
純平は自分が何をしたいのか、わからなくなってきていた。浪人し、目指すこともなく、自分を偽って姉の高校へ通い、翔希を騙して遊びに出かけている。
「いーんじゃないの?」
振り向くと、晴海がいた。
「何やってんだよお前。こんなとこで。男子トイレだぞ」
「関係ないわよ」
「おおありだっつの」
「それより、今のアンタの独り言のつ・づ・き!」
「……。」
晴海が笑って続けた。
「いいと思うわよ。このままで」
「何でお前はそう思うわけ?」
「高校生活、女子ばっかだけど楽しんでるじゃない」
「めちゃくちゃ恥ずかしいけどな」
「こうして、恋もしてる」
「男同士だけど」
「これがね」
晴海が空に向かって手を伸ばした。
「高校生活ってヤツよ」
「……。」
「アンタは確かに浪人してる。でも、あたしの怪我が治るまで、高校生活楽しみなさいよ。そしたら、浪人してても、いま経験してるような生活が、待ってるんだって。そう思えるでしょ?」
「……。」
「たった3ヶ月でも、目指すものの形が見えると思うな、あたし」
純平は晴海の言葉を一言一句逃さず、胸に刻み込んでいく。
「晴海」
「うん?」
「……なんでもない」
お前、もしかして俺を元気付けるために高校へ変装させてまで、行かせた?
純平はそう聞こうとしたが、きっとそう聞けば晴海は「バッカじゃないの!?」と言うに決まっている。だから、聞かないでおいた。
「それよりアンタ、早く変装解かないとヤバいわよ?」
「へ?」
「じ・か・ん!」
純平は時計を見ると同時に、悲鳴を上げた。