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アンタでいいから行ってこい!  作者: 一奏懸命
第1章 アンタでいいから行ってこい!
3/40

第1話 よろこんで、ころんで

「ただいま……」

 純平はまるで死人のような顔をして家のドアを開けた。

「ひぃやっほぉぉ〜い!」

 まるで狂人のごとくクルクル回りながら廊下を舞っているのは純平の双子の姉、(はる)()だ。

「やっほーい! 我がヘナチョコ弟よ!」

 晴海がバシバシと純平の背中を叩いた。帰ってきたばかりでこのテンションはウザい。

「んだよ、うるせぇな」

「なによー! だってアンタ、あたしあの星蘭女子高等学校に合格したんだよ! もっと祝いなさいよ!」

「……もぉ! オレは落ちたってのに! 気ぃ使ってくれよ!」

 晴海が呆然とする。

「え? なに、アンタ星蘭男子高、落ちたの?」

 晴海が半笑いで純平に聞いた。

「落ちたっつってんじゃんか、もう!」

「あーあ。姉弟(きょうだい)揃って星蘭学園系列の高校に通うってのもなかなか夢があってよかったのになぁ。残念。お母さ〜ん! ジュン、星蘭落ちたって〜」

 この晴海という姉は何でもかんでもすぐに言いふらす、とんでもない姉だった。中学のときも、40点を取った数学のテストをいつのまにか抜き取られて両親に見せられていたし、またあるときには初恋の女の子が来たときに机の下に隠していた、近所の大学生のお兄さんからもらったエロ本を思い切りその子に見せつけたりした。

 その子にはもちろんフラれる以前に口も利いてもらえなくなったわけだが。

「おかえり」

 母の涼子(りょうこ)がせんべいを食べながらかなり落ち込んだ様子の純平を迎えた。

「お昼はラーメンあるから、自分でやってちょうだいね」

「へいへい」

 純平は「おもいッきりイイ!!テレビ」に夢中の涼子を横目に、鍋に水を入れてガスコンロの火を点けた。

 沸騰した湯にラーメンや具にスープを入れて、後は鉢に移して出来上がり。

「うまそ〜!」

 ようやくできた湯気のあがるラーメンを両手で慎重に抱えながらテーブルに向かう。あと50センチで到着。ご飯大好きの純平としてはたまらない瞬間だ。

「えー! マッジでぇ! それじゃ今からすぐ行くわ〜!」

 携帯電話片手に友達と話し込む晴海が思い切り純平の体を押した。

「うっわああああああ!」

 ラーメンはそのまま宙を軽く舞い、テーブル一面に麺、具、出汁のすべてが綺麗に広がって行った。

「ちょっと! 純平、なんてことすんの! 今朝掃除したばっかりなのに……あぁ〜あ! 何やってんの、雑巾持ってらっしゃい! 早く!」

「こんのバカ晴海(あね)〜!」

 純平は涙を浮かべながら話に夢中の晴海に思い切り叫んだ。


 その日の夜。

 純平は机でシャーペン片手にこれからどうしようか、悩んでいた。夕食のときに父・信和(のぶかず)は「まぁ、浪人もいい経験だ。金銭的にも困ってはないし、予備校に通ってもう一度高校を目指しなさい」と言ってくれたのでずいぶんと肩の荷が降りた。

 涼子も楽観的な性格なので「今度はレベルを下げれば大丈夫ね!」と言うだけ。あまりプレッシャーを掛けられるより、こちらのほうが純平としては嬉しかった。

「ジュン〜」

 下から涼子の呼ぶ声が聞こえる。

「なにー?」

「お母さんお風呂に入るから、電話とかあったら出てちょうだいね」

「ん〜」

 しばらくすると、風呂場からお世辞にも上手いとは言えない歌声が聞こえてきた。

「悩みのない人はいいねぇ……」

 予備校も悪くない。でも、今まで勉強を頑張ってきた中学3年生の1年間だけでも辛かったのに、今度は遊び友達もいない中でひたすら勉強をしなければならないのは正直、辛すぎだと純平は思う。

 だからといって、就職なんてとんでもない。大学生になればずいぶん遊べると聞いている。そんな華の大学時代を過ごさぬまま、仕事なんて始めたくはなかった。

 けれども、中卒で働き始める同級生も何人かいる。そんな彼らを認めない、というわけでもない。社会に貢献できる。それはずっと立派だろう。

「やぁっぱ予備校しかないのかなぁ……」

 揺り椅子をしていると、下から電話のコール音が聞こえた。

「はーいはい。出ればいいんでしょ、出れば」

 純平はダルそうに階段を降りて、電話を取った。

「はい。高垣です」

「あっ……もしもし?」

 男の声だ。それも、純平と年が大して変わらないくらいの。

「はい」

「俺、堀越(ほりこし) 翔希(しょうき)と申します」

「堀越?」

 聞いたことのない名前だった。しかし、すぐその後に聴いたことのある名前が彼の口から飛び出した。

「晴海さんですか?」

 晴海。間違いなく、姉の晴海だろう。

「いえ。違います」

「あっ……と、おかしいな」

「……なんなんですか、アンタ」

「いや……てっきり声が晴海さんに似てたから、晴海さんかと」

(なんだ、コイツ!?)

 すると、バタン!と2階のドアが閉まる音と共に廊下をダダダダ!と駆ける音が聞こえた。

「でっ、でっ、電話、誰から!?」

「へ? 堀越とかいう……」

「それはあたしが出るべき電話〜!」

 階段をもの凄い形相で晴海が降りてくる。そして5段目を降りたところで、純平の目の前を宙に舞う晴海の姿が映った。


 ドダダダダダダダーン!


 轟音と共に晴海は階段を勢いよく転げ落ち、見事に電話台に激突した。しかしそれに(こた)えることなく、晴海は純平から受話器を奪った。

「……もっ、もしもし!」

「あぁ……晴海さん?」

「はい。晴海です」

 純平は突然不気味なくらいおしとやかになった晴海を見て思わず後ずさりした。

「すごい音がしたけど、大丈夫?」

「えぇ。全然なんともないわ」

「それなら良かった」

 それからしばらく、晴海は真っ赤になりながら涼子が上がるまで電話を続けた。

「ねぇ」

 電話を終えた晴海が純平と涼子に話し掛けてきた。

「なんか、腕と脚が痛い」

「はぁ?」

「ジンジンするっての? そんな感じ」

 晴海は腕を押さえながら純平の隣に座った。よく見ると、脚の部分が青くなっている。

「さっき階段から落ちたからだろ。湿布でも貼っとけよ」

「そんな程度の痛みじゃないの!」

 晴海が純平の耳を引っ張りながら耳元で叫ぶ。

「わーかったよ。んじゃ、賢輔のとこ行こうぜ」

 賢輔とは純平と晴海の幼なじみである大森(おおもり)賢輔(けんすけ)のことだ。父親が接骨院をやっており、幼なじみのよしみでよく湿布をもらったりしている。時間外に診てもらうこともよくある。

 徒歩2分で大森接骨院に到着した。幸い、まだ営業時間中だったようですぐに治療してもらえることになった。

「おーっす、ケン!」

「おう。どした?」

「また晴海が転んだんだよ。アイツ、そそっかしいのな」

「またかよ〜! 気をつけなきゃダメじゃん、ハル」

 賢輔が笑いながら晴海にデコピンを喰らわせた。

「うるっさいな〜。ただの打撲だよ!」

 晴海が顔を真っ赤にしながら怒る。3人でいるときはいつもこんな調子である。

「晴海さ〜ん、どうぞ〜」

「あ、はーい!」

 触診の後、晴海はレントゲンまで撮影した。いつもの打撲だと思って余裕の表情をしている晴海。賢輔も純平も、涼子もそう思っていた。しかし、賢輔の父・(たか)()は苦笑いしながら言った。

「折れてるね」

「……。」

 涼子、賢輔、純平の表情が間の抜けたものになる。

「へ?」

 晴海が呆然とした表情になる。

「何が?」

「骨が」

「誰の?」

「晴海ちゃんの」

「どこの?」

「左脚と右腕」

「全治までは?」

「3ヶ月かな」

「入学式は?」

「無理。しばらく、自宅療養が必要だね」

 しばしの沈黙。純平と晴海が見つめあい、みるみるうちに晴海の顔が青くなった。

「えぇえええええええ〜っ!?」

 そのすぐ後に晴海の悲鳴が町内中に響くくらい、こだました。

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