第26話 たまの息抜き、ずっと混乱
「つ……疲れた……」
帰るなり、純平はバタンと玄関の床に倒れこんだ。
「ちょっとぉ! それ、お気に入りの服なんだから、床なんかに寝転ばないでよ!」
松葉杖の使い方に慣れてきた晴海がもの凄い形相とスピードで純平のところへやって来る。
「うるせーなぁ。疲れてんだから、それくらい大目に見ろよ」
「ダァメ! さ! 今すぐ脱いで!」
晴海は構わずグイグイと純平の服を脱がそうとする。
「おいコラ! 年頃の男の子の服、無理やり脱がすなよ!」
「バカ言ってんじゃないの! ほら、脱いだ脱いだ!」
結局、すべての服を脱がされた純平は真っ裸になりかけた。残っているのはパンツだけ。さすがに家の中でもパンツ一丁はいただけない。
「ったくよぉ。ホントあいつ、自己中なんだから……」
そうは思いつつも、純平は久しぶりに女の子の服を着ずに済むと思うと、ホッとしてしまうのだった。
自室へ上がり、タンスを開ける。久しぶりにジャージで過ごすのもいいなと思った純平は下にジャージを履き、上はタンクトップを着た。しばらくすると、下手くそな鼻歌が聞こえてきた。どうやら、晴海はお風呂に入っているようだ。その下手くそな鼻歌に紛れて「ピンポーン」という音が聞こえた。
「母さ~ん! 誰か来た~」
しかし、涼子の返事はない。時計を見ると午後9時。どうせ食器洗いなどを終えて、ソファで寝転がっているうちにうたた寝してしまっている時間帯なのだろう。純平はフゥッとため息を漏らすと、階下へ降りてドアを開けた。
「はーい。どちら様ですか?」
「……あ」
目の前には、ひとみがいた。
「あの……」
「ひとみちゃんじゃん!」
「え?」
純平はしまった!と思い口を塞いだ。ひとみと知り合いなのは晴海である。今の純平は晴海ではない。つまり、ひとみと面識はないのだ。
「あの……どこかでお会いしましたか?」
「あっ……いえ。ごめんなさい、急に馴れ馴れしくして。俺、晴海の双子の弟で、純平って言います。ついつい、晴海があなたの話をするもんで……ウッカリ」
「でも、私、あなたと会ったことはないんですが……」
ますます墓穴。純平はそれらしい言い訳を一所懸命考えて口にする。
「あ! ほら、クラスの写真で見たんですよ」
「はぁ……そうですか……」
なんとか乗り切った感じがしたので、純平は彼女に要件を聞いてみた。
「それで、やっぱり晴海に用事?」
「……はい」
少し顔を赤くしてうなずく。なぜ顔を赤くするのかは、純平にはよくわからなかった。
「ゴメン。いま、晴海風呂に入ってるんだ」
「あ……そうなんですか。それじゃ、これ渡しておいてください」
そう言って手渡されたのは、小包だった。
「これは?」
「私、どうも晴海ちゃんのお土産と私のお土産を入れ違えちゃったみたいで。多分、晴海ちゃん開けたらビックリすると思うんで……いちおう交換に」
(あ。あの箱……間違ってたのか。まぁ、晴海には黙ってりゃわかんないだろうし)
純平はとびっきりの笑顔で答えた。
「OK、了解。晴海にはきちんと渡しておくよ」
「は、はい……!」
「それじゃ、わざわざありがとう。気をつけて」
「はい! また……」
「え?」
「いえ! さよなら!」
ひとみは一目散に走ってあっという間に姿が見えなくなった。
「超速ぇ……。意外な一面」
純平はクスクスと笑いながら、ひとみの背中を見送った。
さらに翌日。
「おっはよー! 晴海ちゃん!」
ひとみがご機嫌で走って純平の横へやって来た。
「おはよう、ひとみちゃん」
「あのさ! 昨日のプレゼントの件、弟さんから聞いてくれた?」
もちろんである。それを聞いた弟は今、ひとみの目の前にいるのだから。
「もちろん。わざわざ夜遅くにありがとうね」
「ううん! いいの……」
それっきり、ひとみは黙り込んでしまった。心配になった純平は「どうしたの? 元気ないね」と聞いてみた。
「あの……」
「うん?」
「ビックリしないで聞いてほしいことがあるの」
ひとみが内緒話をする?
純平は内心驚いていた。ひとみが内緒にすることなのだから、よほどのことだろう。
「もっちろん! 何でも相談してよ。普段からいろいろお世話になってるから!」
純平は胸をトンッ!と叩いて快活に笑った。
「あ……あの……その耳元で……お願い、言わせて」
「OKOK! はい、どうぞ!」
そしてひとみは恥ずかしそうにポソッと呟いた。
「私、好きな人ができたの」
「えぇ~!?」
一番デカい声を出したのは純平だ。ひとみは慌てて純平の口を塞ぐ。
「ゴメンゴメン! それで……? 好きな人って?」
「……なの」
うまく聞き取れなかった。
「え? 何? 誰?」
「晴海ちゃんの……」
(え? 俺の?)
「弟さん……」
(へぇ~……晴海の弟……)
そこで純平は愕然とした。
ひとみが好きになった人物。それは他でもない、純平自身だったのだ。