第25話 気持ちが溢れるオルゴール館
「高垣さんは、どこへ行きたい?」
翔希が明るく純平に聞いた。
「あたしは~……あ! オルゴール館に行ってみたい!」
これは女の子らしくなどとは考えずに、純粋に純平はオルゴール館へ行ってみたいと思っていたのだ。中学のときにも小樽へ修学旅行で来たことはあるが、時間がない上にグループ行動だったので、多数決でオルゴール館は却下となってしまった。なにせ、男子の多いグループだったので女子の意見はほとんど通らなかった。女子と言っても1人しかいなかったので、純平と合わせても6人中2人にしかオルゴール館に行きたいとは言わなかったのだが。
オルゴール館の前には、大きな古時計を模したような、蒸気が噴き出す時計がある。
「ここ、一度来てみたかったんだ~」
館内に入ると、いろんなオルゴールが置かれていた。木造作りのその建物の雰囲気は、東京や大阪のような都会にはない、独特の雰囲気が醸し出されていた。
「高垣さん、こういうの好き?」
「大好き! だってさ、オルゴールの音色ってすごく温かい感じがしない? なんていうか、ほら、ポップスでもオルゴールにしたらすっごく変わるんだよ?」
「そうなの?」
「例えばほら、コレ!」
「!」
純平にしてみれば、同性にくっついているだけのこと。しかし、まだ女子だと思っている翔希にしてみれば、好きな異性がこんなに積極的にくっついてきているのだ。緊張しないはずがない。
「ね? 綺麗なメロディでしょ?」
「うん……」
「これ、何の曲かわかる?」
「flumpoolの『残像』でしょ」
「そう! これさぁ、歌詞も曲もいいからオルゴールにしたらもっといいんだよね~」
純平は嬉しそうに何度も何度もオルゴールを繰り返し聴いた。翔希も、この『残像』はiPodに入れているから、すぐ口ずさめるほどになっている。
「なかなかね、こういう風なアレンジの曲持ってる人、友達でも少ないんだ~」
「そうだろうな。俺も持ってないや、こういうのは」
「でも! 同じ物でも違う角度から見たら、いろんな発見ができるよね」
「……。」
純平は続ける。
「ぶっちゃけさぁ、最初は花梨のこと、苦手だったんだ」
「突然、何の話?」
翔希は突然の話題変更に笑いがこみ上げてきた。
「同じ物でも違う角度から見たら、違うって話!」
「ゴメンゴメン。わかってるよ」
「花梨ってば、最初はお嬢様っぽくて、何かとあたしに当たってきたけど。いろいろ話聞いてるうちに、そんな意地悪な子って気はしなくなってきてさぁ」
純平は隣のオルゴールを巻いて鳴らし始めた。いきものががりの「YELL」が流れ始める。
「今じゃ、こんな風に一緒に旅行に来るくらいの仲だもん。世の中、やっぱり人をうわべだけで判断しちゃダメなんだよね」
クスクス笑う純平を、翔希が寂しそうに見つめている。
「へ?」
突然だった。
翔希が、ギュッと純平を抱き締めてきたのだ。
「ほ、堀越くん?」
「じゃあさ……」
翔希が妙に色っぽい低音で喋ってきた。
「俺のことも、ちゃんと見てよ」
「え?」
訳がわからない。純平はオロオロするばかりだ。周りに人がいないため、翔希も放そうとはしない。
「気づいてるんでしょ?」
「何に……?」
「高垣さんも、俺のこと好きだってこと……」
驚いた。この人は、晴海の気持ちを読み抜いていたのだ。いつからだろう。まぁ、あんなに露骨な表現をする女、晴海くらいしかいないだろうけれども。
「……。」
思い返してみた。確かに、晴海は翔希に好意を抱いている。しかし、純平がこれは勝手に進展させてはいけないものだと知っていた。この恋は、自分のものではない。晴海のものだ。そういう思いから、何かと翔希によそよそしい態度をとっていた。それが、翔希を傷つけているとも知らずに。
「なんで、俺のこと避けようとするの?」
「……。」
何か、何かいい答えを。
「俺のこと、もしかして本当はキ……」
その先は言わせたくない。純平は同じ男性として、その言葉は吐かせたくなかった。かつての、自分のように。
ギュッ、と純平は翔希を抱き締めた。
「高垣さん……」
「ゴメンね」
これは、素直な純平の気持ちだった。
「あたし、堀越くんを傷つけてた」
「ううん……」
ゴメン。晴海。
純平はそう思った。しかし、これ以上先延ばしにするのは翔希にとって、そして今後の晴海にとってもよくないだろう。そう思ったからこその、行動だった。
「この旅行から帰ったら、きちんと返事をさせて」
「……。」
「ね?」
「わかった」
翔希は不安の色を隠せないようだったが、静かにうなずいた。
「あっ! 来た来た……」
もうとっくに元気になっている(元々体調など崩していない)美砂たちは大きく手を振って純平たちを呼ぼうとして、ハッと手を止めた。
翔希と純平が手を繋いでいる。
「ウソ……!」
ひとみが嬉しそうに小さく跳ねた。
「ウソー! 二人、付き合うことになったの!?」
「……ま、まぁ」
翔希が赤くなる。ヒューヒューと周りが茶化す中、美砂が純平に聞いた。
「ちょっと、どういうことよ?」
「前向きな返事するから待っててって言った」
「アンタ。知らないよ、晴海にメチャクチャされても」
「いいよ」
純平はにこやかに笑った。
「意地でも、二人を幸せにしてあげたいから」
「……。」
その笑顔に、美砂が少し赤くなった。
「どした? まだ体調悪い?」
「そ、そんなことない! ほら、そろそろ次のところ行こう!」
「おう!」
「賛成!」
メンバーは次の目的地へ行くために、JR小樽駅へ向かう。翔希と純平は顔を見合わせ、笑い合ってから後を追った。