第23話 君には本当のことを
「ん……」
純平が目を覚ますと、なぜか自分の部屋に戻っていた。何かが湯気を立ててテーブルの上に置かれていた。
「あ、目ぇ覚めた? 高垣さん」
「堀越……くん」
翔希が笑顔でマグカップ片手に顔を覗かせた。
「ビックリしたよ。廊下で倒れてるんだもん」
「え? わ、私倒れてた?」
「うん。江島さんが大慌てで俺を呼んだから行ってみたら、高垣さん倒れてるんだもん。マジ、びっくり」
そう言って翔希はマグカップを純平に手渡した。
「はい。ココア。温かいよ」
「ありがと……」
純平はマグカップを受け取った拍子に腕に痛みを感じた。やはり、あの男に部屋に連れ込まれ、考えたくもないことをされそうになったのは事実なのだろう。意識が朦朧とする中、翔希の声が聞こえたような気が純平にはしていた。
「……!」
純平は翔希の右手に絆創膏が貼られているのに気づいた。
「堀越くん……その怪我……」
「あぁ、これ? やんなっちゃうよ。さっき火傷しちゃってさ、ココア入れるときに」
「ホント?」
「うん。嫌になるよどんくさい自分が」
いくら純平でも、こんなウソをつかれたのではすぐにわかってしまう。それでも、きっと男の子としては女の子に心配させたくないという気持ちがあるのだろう。純平も男の子だから、よくわかるのだ。
「ありがとね」
「ううん」
純平はふと思った。彼にこのままウソを突き通していて良いのだろうか。純平は純平。晴海は晴海。翔希が好きなのは晴海であり、純平ではない。純平は彼に晴海であるということを言い続けることに最近、正直苦しいもどかしい感じを覚えていた。
「あ……」
「何?」
純平の声にすぐ反応する翔希。本当に純平を晴海と思っている眼差しが痛い。
「今日も疲れたよね? そろそろ……寝ようか?」
「うん!」
翔希が純平の隣のベッドに横になる。
「おやすみ、高垣さん」
「おやすみなさい」
翔希が電気を消した。やがてスゥスゥと翔希の寝息が聞こえた。
「ん?」
ハッと気づいた。
晴海さんと呼ばなくなっていたのだ。翔希が。思わずバッと振り返って翔希を見てみる。しかし、翔希に変化はなかった。
「気にしすぎ……かな」
純平も体勢を直し、目を閉じた。考えすぎるのもよくないだろう。やがて、意識がスゥッと落ちていき、純平は寝息を立て始めた。
それを確認したように、翔希が体を起こした。純平の寝ている姿をそっと見つめ、それから思い切ったように立ち上がって純平に近づいた。
「……。」
ゴクッと唾を飲む音がする。
「確認のためだ……」
翔希はブツブツと呟きながら純平の胸元に手をやろうとした。そのときだった。
「ゴメン……堀越……くん……」
純平の目から涙がこぼれてきたのだ。それがあまりに綺麗であったゆえ、翔希は触れることをためらって、それからすぐにまたベッドに横になった。