第18話 おーい、北海道!
(なんで……こんなことに)
純平たちはいま、中部国際空港のロビーで座って飛行機を待っていた。
「日本航空、JAL3105便、10時40分離陸予定の飛行機をご利用のお客様にご案内いたします。ただいま、搭乗手続きを開始いたしました。ご搭乗のお客様は……」
「あ、そろそろ行こう!」
ひとみが嬉しそうに立ち上がった。6月20日土曜日から22日まで、学校を1日欠席することにはなるが、純平たちは先日のコンサートで手に入れた北海道旅行へ向かう途中であった。晴海が「意地でも行く!」と暴れて大変だったが、なんとか信和と涼子が彼女をなだめ、純平が晴れて旅行へ行くこととなった。しかし、純平にしてみれば晴海に行ってほしいというのが本音であった。
美砂も絵磨も、あの花梨ですらウキウキ気分なのは何も北海道旅行にいけるからという理由だけではない。翔希の友人たちが揃いも揃ってイケメンばかりだから、テンションが上がりまくっているのである。そして、偶然にも5人ずつだったので、見事にカップルが成立したのである。組み合わせはこうだ。
高垣 晴海×堀越 翔希
津田ひとみ×野田 和彦
江島 美砂×枡森 拓実
竹園 絵磨×溝口 潤
渡辺 花梨×鈴木爽太郎
誰も彼もイケメン。しかも、純平たちのほうもそれなりの容姿を持った女性が揃っているので、男性陣のテンションもハンパなものではなかった。
搭乗手続きを済ませ、機内へ入り着席する。席順も見事にカップル同士でくっついてしまった。
「まもなく、離陸いたします。シートベルトを着用し、デスク等は元の位置へお戻しください」
(やだな〜……)
実は純平、飛行機が大の苦手であった。あんなデカい鉄の塊がなぜ空を飛べるのか、不思議で不思議で仕方がなかった。小さい頃に乗った飛行機ではずっと泣きわめき、涼子曰く手の施しようがないほどだったそうだ。しかし、高校生となった今、そんな風に泣きわめくことなどできない。ましてや、友人や姉の憧れの人の目の前でそんなことをすれば、帰ってから晴海に何をされるかわからない。おそらく、血を見ることになるだろう。
「高垣さん」
「は、はいっ!?」
「大丈夫?」
「な、何が!?」
「手、すごい汗だけど」
純平がふと自分の手を見ると、目に見えてわかるほどの汗をかいていた。
「あっ、あはははははは! だ、だいじょうぶよぉ!」
「ホントに?」
「うん! ほんと全然なんともないから!」
「それならいいけど……」
これが晴海だったら「怖い〜!」とか言って甘えまくるのだろうけれど、男同士でそんなことをすると思うと鳥肌が立つ。
「……?」
ふと翔希を見ると、なぜかものすごく落ち込んだ顔をしていた。
(なんでそんなに……あ)
そこで純平は思い出した。言うまでもなく、翔希は晴海のことが好きなのだ。好きな女の子を守りたいと思うのは、男として当然ではないだろうか。
しかし、いまこの晴海は実際には純平、つまり男なのである。そんな純平と手を繋いでイチャイチャしたりして、何が嬉しいのだろうか。純平はそんな風にも思っていた。
(でもいいな……晴海のヤツ。ここまで自分のことを一途に思ってくれる人がいてさ)
純平は少し晴海に嫉妬した。何を隠そう、純平は彼女いない歴=年齢なのだ。中学のときにクラスメイトからそのことを茶化されたときも「俺は独立した男を目指す!」などといって虚勢を何回も張った覚えがある。
(待てよ……)
ふと考えた。
(これってチャンスじゃねぇの?)
気持ち悪い話だが、最近は晴海でいることに慣れてきて、ずいぶんと女の子らしい素振りができるようになってきた。そうともなれば、男が女の子の行動に対してどのような反応ができるか、学べるんじゃないかと。
(いいチャンスじゃんか……)
純平はニッと笑い、それからすぐに不安そうな表情に変えて小刻みに震えた。そして、ゆっくりと翔希の手を握った。
「!」
一気に翔希の表情が硬くなる。
「たっ、高垣さん!?」
「ゴメンね……やっぱり、不安なの。手……握ってていい?」
「あっ、う、うん!」
「ありがとう」
純平は最高の笑みを翔希に披露した。
(よし……やっぱり、弱い面を見せると男は一気に気が緩むみたいだな)
純平は心の中でニヤッと笑いながら、翔希の顔を見つめていた。
「ヤバい……。小悪魔がいるよ」
美砂がボソッと呟く。
「どうかした? 江島さん」
拓実が不思議そうな顔をして美砂を呼ぶ。
「ううん! なんでもないの」
やがて、飛行機は離陸体制に入り、中部国際空港を離陸していった。いよいよ2泊3日の北海道旅行が始まったのだ。