第13話 冗談キツいよ
「みっ……美砂……」
晴海と純平は凍りついたように、玄関先で呆然とする美砂を見つめていた。
「え? どういうこと? あ、あなた晴海……よね?」
「そ、そうね」
「そ、そっちは?」
美砂が純平を指差した。
「あなた、晴海……?」
純平は観念したように、カツラをはいだ。そして、短髪が少し伸びた黒髪が美砂の目の前に現れたのだ。
「……!」
美砂はショックを隠しきれない様子で、口を開けたまま純平を見つめる。
「ごめんなさい、江島さん」
純平は制服姿のまま、深々とお辞儀をする。
「ど、どういうことなの……!?」
「俺、高垣純平が今まで扮装して晴海の通うはずの星蘭女子高校に通っていました」
「じょ、冗談抜きで?」
「はい」
美砂はボーッとしたまま純平を見つめる。
「へ!?」
急に美砂の手が純平の頬に触れた。
「ホントのホント?」
「ホ、ホントですが」
サワサワしたやわらかい感触が純平の頬をなでる。美砂の手が純平の頬を伝っているのだ。
「ちょ、美砂?」
晴海も思わず戸惑いながら声をかける。
「スッゴい……綺麗な肌」
「え?」
「こりゃあ騙されるハズだ」
美砂が大笑いし始めた。純平と晴海はただただ、呆然とするしかなかった。
「あららー! 美砂ちゃんじゃないの!」
台所からエプロンをつけてボールを片手に持った涼子がウキウキ気分で玄関に現れた。
「こんにちは、おばさん」
「こんなところで立ち話もなんでしょう!? 今ね、お好み焼きを作るとこなの。一緒にどう?」
「いいんですか!?」
美砂はパァッと嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん!」
ジュウウウッ!といい音がして、晴海の目の前にお好み焼きの生地が流れていく。
「それで〜? どういうコトか詳しく教えてもらおうじゃないの」
美砂が先にでき上がったお好み焼きを頬張りながら晴海に聞いた。
「まぁ……見てのとおり骨折しちゃって」
「ふんふん」
「学校の授業が遅れるのは嫌だから、ちょうど双子で純平は声変わりもしてないし、変装さえすれば大丈夫かなって……」
「ふ〜ん。晴海の事情はわかった。でもさ、肝心の純平くんはどうなのよ」
「え?」
「嫌じゃなかったの?」
最初は嫌で嫌で仕方なかった。
「嫌に決まってるじゃん! そんなの」
「そうだよね〜!」
美砂は意味深な笑みを漏らしながら、ジュースをグイッと飲んだ。
「でさ、これからお二人さんはどうするつもり?」
「どうするって?」
「私にバレちゃったじゃない」
「……そうだった」
晴海は今さら思い出したように両手で口を塞いで呆然としていた。純平は半ば諦めたような顔をしている。
「別に俺は言われたって構わないよ」
「そんなぁ」
晴海がショボンとする。
「あたし……停学かなぁ」
「まっ、晴海はいいじゃないの別に」
「よくないよ!」
「もっとよくないのは純平くんのほうよ」
ビッと美砂が指差した。純平は驚いたようで、目を丸くしている。
「お、俺?」
「そうよ。思い返してごらんなさいよ。女子更衣室への侵入はおろか、普通は男子禁制の女子高に男子が変装して忍び込んでた!……なんてのがバレたら、純平くん多分犯罪者並みだよね」
「は、犯罪者!」
純平は思わずお好み焼きを喉に詰まらせそうになった。お茶を勢いよく含んで飲み込んでから、美砂に駆け寄る。
「ダッ、ダメだよそんなの!」
「困る?」
「困るに決まってんじゃん! 俺、できたらもう一度高校受験したいと思ってるし!」
「うんうん」
「犯罪者なんてとんでもない話だよぉ!」
「うんうん」
「……だから、言わないでほしい」
「理由はそれだけ?」
「へ?」
美砂の一言に晴海と純平は呆気に取られた。ズズズズ〜、とお茶をすする音が響く。それからお茶を置いて、美砂が立ち上がった。
「ど、どこ行くの、美砂」
「学校」
「な、何しに?」
純平が恐る恐る聞いた。
「チクりに」
「!!」
純平の目の前が真っ暗になった。
「そ、それだけは勘弁してよぉ!」
「だって、理由にしてはつまらない理由が多すぎる」
「つまらない!? それだけでチクるとかひどいじゃんか」
「別に私は悪いコトしてないんだから。正義のためなら友達だろうと何だろうと厭わないわよ、こういう行動は」
「……美砂ぁ」
晴海も泣きそうな顔になっている。しかし、涼子は冷静にお茶を飲んだまま、その様子を見守っていた。
「お母さん!」
晴海は慌てて涼子に泣きついた。
「ねぇ! どうしよう!」
「さぁねぇ……」
「さぁねぇって……息子と娘のピンチなのよ!」
そうこうしているうちに、美砂が玄関へ向かった。慌てて純平は追いかけて、思い留まるように何度も美砂のカバンを引っ張る。
「お願い! 一生のお願いだから!」
「……そうねぇ。聞いてあげないこともないよ?」
「マ、マジ!?」
「うん!」
美砂がパッと微笑んだ。
「でもさ、純平くん、ウソついてるよね?」
「う、うそ?」
「ホントのコト言っちゃいなよ……」
美砂の言っている意味がわかってしまう自分が恥ずかしい気がした。心の中では本当にそう思っているのだが、それが行動に出ているのだから。
「バレてる?」
「バレバレ」
「そっか……」
純平はクスッと笑った。
「それで? チクられたくない本当の理由は?」
「俺さ……」
後を追うように止めようとしてやってきた晴海も足を止める。
「俺、ホントは姉ちゃんの役に立ちたいって思ってた!」
「へ?」
晴海は呆気に取られた。
「俺、バカだし気が利かないし……今回も受験落ちて、へこんでたんだ。そこへ姉ちゃんが急に女子高行けとか言うから最初は怒ったけど……でも、今は浪人のはずなのにこうして江島さんや津田さんと毎日楽しく生活できてるんだ」
「……。」
「まぁ骨折治るまでだけど……。でも、これで俺はがんばろうって思えるようになったんだ」
「ジュン……」
晴海が久しぶりに純平をそう呼んだ。
「だからさ、その恩返しっちゃーなんだけど、この扮装生活続けて、姉ちゃんが学校行き始めてから困らないようにしたい」
純平は少し声が震えていた。
「友達いっぱい作っときたいし、先生からの信頼も得ときたい。今は、そう思えるよ」
「……合格〜!」
美砂が涼子と一緒に拍手をした。
「え?」
晴海がポカンとしたまま、美砂を見つめる。
「合格?」
純平も状況がよく飲み込めない。
「とうとう本音言ったわね〜!」
美砂が嬉しそうに笑う。
「やっぱさ、本音を言っとかないと。お互いこれでよかったのかなぁ、なんて悶々(もんもん)としたままじゃ辛いでしょ?」
二人はため息を漏らした。
「冗談キツいよ、美砂ぁ」
「まっ、私は一切言うつもりないからご心配なく! じゃ、純平くん、明日また学校でね!」
そういうと、美砂はあっさり帰っていった。
「……ねぇ、美砂に言ったこと、マジ?」
「……。」
「ねぇ〜」
「マジだよ!」
純平は恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しそうに短く答えた。晴海はその言葉を聞いて、嬉しそうにリビングへと戻っていく。
「ま、ちょっと心強くなったかな」
事情を知る人間がいるのといないのとでは大違いだ。純平は胸をなでおろし、着替えに自室へと上がっていった。