第12話 どんどん、目立ちます
帰り道。今日、ひとみは病院へ行くからとまったく反対の方向へ行ってしまった。数学の小テストがまさかの5点(20点満点)だった美砂は居残りの補習。彼女曰く、5時間はかかりそうだからと純平だけ先に帰るハメになってしまった。
「あーあ。いつも3人だったから、ひとりだと退屈だな〜」
純平はブツブツ呟きながら、通りをひとりで歩く。もちろん、星蘭女子学生らしく、スカートの前に両手を添えてカバンを持っている。それだけで、純平の美貌(?)に惹かれる男子高校生などの声が聞こえてくる。
(ゴメン……実は男です)
なんだか申し訳ない感じがする。別に騙そうと思ってやっているわけではないが、良心がチクチク痛む感じだ。
思わずいたたまれなくなり、純平はいつもとは違う道を通って帰ることにした。学校の登下校に指定されている道は県道なのだが、純平はあえて一本奥の、周辺の住民しか使わないような道を選んだ。
「……。」
しばらく行くと、何か視線を感じる。純平は後ろを振り返った。
「……気のせいか」
しかし、足音がダブッているようにどうしても感じる。
「……誰かいるの?」
聞いてみたところで返事など来るはずがない。首を傾げつつ、純平は早歩きで歩く。そのうち、足音が聞こえなくなり、気配も消えた。
「よかった〜……気持ち悪いっての」
安心して前を向いた瞬間、髭をボウボウに生やしたオヤジが目の前に立っていた。
「!!」
純平はあまりの衝撃に立ちすくんでしまい、カバンを落としてしまった。
「……エヘヘヘヘヘ」
オヤジがニタニタ笑いながらゆっくり、純平の胸元に手を伸ばしてきた。
「キッ、キモ……」
「エヘヘヘヘエヘヘヘ……ちょっと、奉仕しない?」
「あっ!」
思い出した。さっき、県道からこの通りに入るときに『チカン注意!』の看板があったことを。だから、登下校の道が指定されていたのかと今さらながら反省する。さらに運の悪いことに、この通りはすべての住宅が勝手口しか作っていない通りだった。県道と商店街に接する地域だから、仕方がないのかもしれない。
「う……わ……」
オヤジの手が妙な感触でボール胸に触れる。オヤジはその異様さに気づいたらしく、手を止めた。
「……あ?」
オヤジの顔が不自然に歪んだ。そう。ボール胸がズレこんだのだ。
「……バレちゃったかなぁ〜?」
純平は天使のような笑顔でオヤジを見つめる。オヤジの手が、そっと下のほうへ伸びた。
「お、おま……」
「そ・の・と・お・りぃっ!」
ガァァン!と純平の蹴りが、オヤジの股間を直撃した。
「うっわ〜! 思ったより早く終わったよ。こんなことなら晴海に待っててもらえばよかった」
美砂は数学の補習が予想外に早く(早いとはいえ、1時間である)終わったので、いそいそと県道沿いを歩いていた。
「ん?」
あまり通るなと学校から言われている道に、見慣れた制服の子が立っている。その彼女の前には警察官が3人とパトカー、近所のおばさんや同級生らしい子の姿。そして、その彼女は紛れもなく自分の友人、高垣晴海だった。
「晴海! 何やってんの!?」
「あぁ、美砂〜!」
美砂が慌てて駆け寄ると、地面に股間を押さえたまま震えているオヤジの姿。
「こ、これひょっとして……」
「ゴメーン! あたしがやっちゃった!」
美砂はフゥッと呆れた様子を見せた。
「まったく〜……今回は無事だったからいいけど、もしものことがあったらどうする気?」
「いや〜大丈夫よ! あたし、体力には自信あるしね!」
「ホントあんたってのん気な子ね」
ようやく美砂の顔がほころんだ。
「とにかく、今日はもう遅いから帰ろ?」
「うん!」
純平のことを心配してか、美砂はわざわざ自宅の前まで送ってくれた。
「じゃ、私はここで」
「うん! ありがと! また明日ね〜」
美砂は小さく手を振って路地を曲がっていった。なんとか不自然さを出さずに家の前まで無事に到着しただけで、ホッと大きなため息が出る。
「ただいま〜」
するとすぐに晴海が玄関で出迎えてくれた。
「ちょっとぉ! 警察から電話あったのよ!? 痴漢されたって……大丈夫だったの?」
「あー、平気平気。股間思いっきり蹴り飛ばしたら、伸びちゃってさあのオヤジ」
「もー! なんですぐそういう乱暴なことするの!? あたしのイメージが低下しちゃうじゃない!」
晴海はプリプリしながら軽く純平を叩いた。これも、自分のことを心配してくれているのだろうかと思うと微笑ましくなる。
すると、インターフォンが鳴った。
「あれ? 誰だろこんな時間に」
純平がそう呟いて振り返ると同時に、ドアが開いた。
「ゴメンゴメーン! 私、うっかりして晴海のサブバッグ持って帰って……」
「……。」
晴海は呆然と美砂のほうを見たまま、立ち尽くした。
「……ヤバ」
晴海と同じ格好をした純平も、美砂を見て呆然とする。しかし、一番呆気にとられているのは他でもない、美砂だった。
「……何、やってんの?」
妙な沈黙が流れ、3人はしばし見つめあうしかなかった。