第11話 弟の話
「ねぇ、晴海」
美砂が昼休み、唐突にこの話を振ってきた。
「最近、純平くんはどうしてるの?」
「え?」
まさか純平がいま目の前で美砂やひとみと昼ご飯を食べてるの、なんて言えやしない。
「晴海ちゃんって弟さんいたの?」
そういえばひとみは純平の存在を知らないのだ。いや、目の前にいるのは純平だけれども、外見は晴海なのでひとみが知らないのも無理はない。
「うん。晴海と純平って、双子なのよ」
「えー! スゴォい! 男の子と女の子の双子っているんだね!」
ひとみがずいぶん感動していた。それほど珍しいものなのだろうか。
「ねぇねぇ、どんな感じの子なの? 純平くんって」
ひとみがなぜか美砂に聞く。
「そうねー、晴海もそこそこ美人でしょ?」
この言葉、晴海に直接聞かせてやりたいなぁ。純平はそんなことを考えながら今日もずいぶん小さく収まったお弁当箱のご飯をお箸で食べながら話を聞き流した。
「だからね、純平もけっこうイケメンの部類に入るかな」
「やだなー、照れちゃうじゃん」
思わず純平の部分で反応してしまった。美砂とひとみがポカンとした様子で見つめている。
「って、アイツなら言いそう」
「へぇ〜! 意外ね。そんな風には見えないけど」
「アイツ最近、妙に色気づいてるからねぇ」
なんとか不自然さを残さず乗り切ることができたので、ホッとため息が出る。
「ところでさ、純平くん元気?」
正直、自分のことを客観的に話すなんて考えてもなかったので言葉に困ってしまった。純平はおそらく、ハキハキとした晴海ならこう言うだろうと想像して、かなりキツめの言葉を次々と吐いた。
「なんかさぁ、高校落ちてから暗いのよね、アイツ。毎日ウジウジしちゃって、あたしが楽しそうに学校行くのを暗〜い目で見てるの。あんな死んだ目見てたら、こっちまで暗くなっちゃうわ」
「え? 弟さん、高校落ちたの?」
ひとみが悲しそうな声を上げた。
「そうなの。高望みしすぎたのよ」
「でも、晴海と同じ系列の学校じゃない。別にそんなに難しくないわよ?」
「そうなの?」
「そうよ、ひとみ。純平くんね、星蘭男子高校受けたの」
「あー! あの堀越くんがいる?」
「そうそう! だから、そんなに難しくないと思うけどなぁ」
美砂の一言を全否定するかのように、純平は続けた。
「ダメダメ! そりゃあ美砂には簡単かもしれないけど、あの子の勉強量じゃハッキリ言って無理なのよ。もっとしっかり身を入れて勉強しなきゃ、来年も受かるかどうか怪しいわ」
自分のことを自分で否定してしまい、言った後に思わず悲しくなった。
「どーしたの、晴海」
美砂が心配そうに聞く。
「何が?」
「今日、虫の居所悪い?」
「へ? そ、そうでもないけど。なんで?」
「だって、晴海いつもは純平くんのこと褒めることが多いのに、今日は結構ヒドく彼のこと言ってるよね」
「そ……そうだっけ?」
「そうよ」
美砂はハッキリとうなずいた。
「たとえばどんな風に言ってるの?」
ひとみが純平のことを気にしているようで、美砂に聞いた。
「そうね〜。まず、高校落ちたときはえらくアンタ怒ってたわよね。『アタシが受かってアイツが落ちるとかありえない! アタシの5倍くらい勉強してたのに、きっと何かの陰謀よ!』って」
「……。」
純平はそんなことを全然知らずにいた。まるで落ちたのを楽しむかのように笑ってきた晴海の姿しか覚えがないのだ。
「それに、やたら褒めるのよ。運動神経いいし、頭もソコソコでアタシが言うのもなんだけど、イケメンだからもしも双子じゃなくってクラスメイトだったら確実に付き合うって」
少し顔が赤くなった。晴海がまさか友達の前で自分をそんな風に言っているとは思わなかったからだ。
「それとねぇ、あれが最高よ」
「何々?」
美砂が顔を赤らめてひとみに言った。
「……! ……。」
「キャアー! やだぁ、それダメじゃん!」
ひとみも真っ赤になって純平の背中をバシバシ叩く。
「な、何!? あたし何か変なこと言った!?」
「も〜、忘れるのが早いなぁ。ほら、コレ」
美砂が開いたのは携帯電話。メールは、3月末の受信。
―――――――――――
<0103>
3/31(土) 14:37
送信者:はるみ☆
件名:Re:
―――――――――――
あたしね〜、アイツがラ
グビーやってるの知って
るからついつい筋肉フェ
チとしては体のチェック
しちゃうの♪
いい体してるから、なん
かあっちも上手そう(笑)
「な……!」
純平はメールの内容に真っ赤になった。こんなことを晴海が送っているとは思わなかったからだ。
「これねぇ、私すぐに『それは法律的に無理だから!』って送ったよぉ」
美砂がケラケラ笑う。
「ホント! 私もビックリしちゃった。意外と晴海ちゃんって大胆だね!」
「晴海はね、きっとブラコンよ!」
「……恥ずかしくて二人に目ぇ合わせらんない」
純平は俯いたまま呟いた。
「ま! 弟想いのアンタだってたまにはキツいこと言うよね。あ、ちょっとお手洗い行ってくる」
美砂がバタバタとケータイをしまってから、お手洗いへと向かう姿を見送りながら、純平は晴海が意外と自分のことを気にかけてくれているのに気づき、少し嬉しくなっていた。