第10話 ブウウゥゥン!
「集合〜ッ!」
体育教師の笛に反応して、生徒たちが素早く集まる。今日は初めての体育の時間。純平は久しぶりに体を動かせるのではりきっていた。
「晴海ちゃん、すっごい楽しそうだね」
「あ、ひとみちゃん! おっはよ〜!」
ついついテンションが上がってひとみに抱きついてしまう。そんな素振りも女の子っぽくなってしまう自分が、少し悲しくなる。
「私ね〜、体育苦手だから憂鬱なの」
「えー!? 体育ほど楽しいものないのにぃ」
「あれ? アンタ、そんなに体育好きだった?」
美砂の一言に「しまった!」と内心思う。そう。晴海はそれほど体育が好きではないのだ。
「い、いや〜、そんなに好きじゃないんだけど! ほら、春休みとか受験で体がすっかりなまっちゃって! 体重なんか2キロも増えちゃって」
「やだ! 受験太り?」
美砂がクスクスと笑う。あながちウソでもない。晴海は受験で4キロも太ったとわめいていた。実際より2キロさば読んでいるのだから、晴海も怒らないだろう。
「そうなの。だから1学期の体育で気合い入れて痩せようかなって!」
「ふーん。ま、頑張れ」
美砂はまだ少し怪しそうな目で純平を見つめる。疑っているのは間違いないだろう。しかし、確証がないだけにツッコむことができずにいるようだった。
そうこうしているうちに、体力測定の時間がやってきた。
「はい、どうぞ〜」
まずは握力だ。だてにラグビーで鍛えていない。純平ははりきって思い切り右手と左手両方を握り締めた。そして平均値が出る。
「ご、50.5kg!?」
係の先生が驚いた声を上げた。
「へ?」
「あなた、女の子にしては力がいやに強いのね……」
純平は焦って平均値の欄を見てみた。すると「26.59」という数字。
「や、やだぁ! これ計測ミスですよ。あたし、こんなに怪力じゃないもーん」
ドッと笑い声が沸く。係の先生も「そうね! もう一度測りなおしましょう!」と言ってくれたおかげで、今度は力を配分して図ることができた。今度は半分程度の力で測り、24.5kgを記録した。
「ヤッバい……。よく考えてやらないと」
次は上体起こし。ついつい気合いを入れてしまい、結局34回という驚異的な記録になってしまった(ちなみに、女子平均は19.30回)。続く長座体前屈は48.45センチ(平均45.34センチ)。反復横とびは56.57点(平均42.34点)。ついついがどんどん続き、気づけば最後の種目になっていた。
「ヤバすぎる……」
純平はこの時点で生徒たちから「高垣さんはスポーツもできる」というレッテルが貼られていた。実際の晴海はことごとく運動ができないというのに、これではマズすぎる。実物と入れ替わったとき、違和感が生まれるのは確実だ。
今さらやり直しなどできない段階にまで来ていた。うーん、うーんと唸りながら頭を抱える純平の後ろから、ひとみと美砂が声をかけた。
「ねぇ、晴海!」
「みっ、美砂……!」
美砂の微笑が本当に不気味すぎて、純平は少し引いた。
「お願いがあ・る・の!」
「な・あ・に!?」
「力こぶ、見・せ・て!」
力こぶはマズい。何せ、ラグビーで鍛え上げたガッチリ筋肉質の腕だ。これは見せられるものではない。なんとかして純平は紛らわそうとしたのだが、気づけば美砂が無理やり体操服の袖をめくろうとしていた。
「きゃー! ちょ、ダメダメ!」
きゃー、という悲鳴を上げる自分に嫌悪感を抱きつつも、純平は必死で抵抗をする。死に物狂いだ。ここで男だとバレようものなら自分の人生パァという言葉すら、頭をよぎる。
「コラーッ! そこ、何やってるの!?」
悲鳴を聞きつけた和沙がバタバタとジャージのままで駆けつけて、無理やり美砂を引き剥がした。
「先生! 何ですか!?」
「それはこっちのセリフです! まったく、白昼堂々とそんな破廉恥な行為をアナタという人は……!」
美砂が叱られているのをチャンスとばかりに、純平は逃げ出して最後の種目へと向かった。最後はハンドボール投げだ。
「よっと……!」
ストレッチを入念に行い、ボールを手にする。それを見ていた体育の先生が「運動してた?」と聞いてきた。
「い、いえ……。なんでですか?」
「ストレッチの仕方が、普通の子とは少し違ったからね」
「や、やだぁ! あたし運動全然ですから」
まったくもって危ないものだ。どういうところでバレるものだかわかりゃしない、と純平は冷や汗を体操服で拭った。
「どうぞー!」
「はぁい!」
とにもかくにも、これで今日の種目はすべて終わりなので、純平は最後の力を入れてボールを投げた。
ブウウウゥン!という音さえ聞こえそうな強力な投げ方をされた純平のボールははるか彼方へ飛んでいき、着地した。
「さ、30.45メートル……」
「し、しまった……」
男子の平均をもあっさり超える、見事な飛距離。しかし、次の瞬間ワァッと拍手が湧いた。
「すっごいわねアナタ!」
「カッコよかったよぉ、高垣さん!」
「どうやったらそんなに飛ぶの!?」
「ねぇ、陸上部入らない?」
モミクチャになる純平を、一人だけひとみが遠巻きに見つめていた。
「……まさか、ね」
ひとみはモミクチャにされて真っ赤になっている晴海を見つめて呟いた。