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アンタでいいから行ってこい!  作者: 一奏懸命
第1章 アンタでいいから行ってこい!
10/40

第8話 段差発生

 キャッキャッと女子の楽しそうな声が響く中、純平は一人俯いたまま身体検査の順番を待っていた。

(マズいぞ〜……マズい。こんな空間で理性を保っていられない……)

 女子ばかり。身体検査の時間。服装はブルマに体操服。萌えそうだが、それをなんとか堪える状態。目の前で繰り広げられるのはイケメン俳優の話だったり、ジャニーズの話だったり、はたまた胸の大きさがどうだとかいう話ばかり。興味関心のない話や男なら耳にすることのない話が次から次へと飛び込んでくる。

「ねっ、晴海ちゃん! どうしたの?」

 ひとみが隣に座ってきた。顔が赤くなってやしないだろうか。純平はなるべく普段どおりを装ってみた。

「うっ、ううん! なんかブルマ穿くの初め……久しぶりだからなんか違和感あってさー」

「あぁ! その気持ちわかる〜。今時ブルマなんてねぇ。私も気持ち悪くって」

「だよね〜。これを機会にあたしたちが文句言って取り替えてもらうとか!」

「あっはは! 悪くないよね、それ!」

 ひとみは最近、だんだんと自分を出すようになってきていた。純平と友達になってから少しは明るくなった、と自分でも言っているだけある。初めは純平しか友人がいなかったそうだが、最近は純平以外にも話をできる人が増えているらしい。

「えー、次! 高垣晴海さん、津田ひとみさん!」

「はぁ〜い」

 生まれて初めて胸囲ではなく、バストとして胸を測る。まさかこんな日が来ることになろうとは、純平は夢にも思わなかった。

「えー、94センチね。あなた、高校1年の割りに大きいわね」

「え? そ、そうなんですか?」

「そうね〜。だいたい80から85センチが一般的じゃないかしら。大きい大きい」

「あ、ありがとうございます……」

 とりあえず礼を言っておいたが、純平の中では晴海が見栄を張ろうとしたのではないかという疑問がモンモンと浮かんできていた。

「ねぇ、高垣さんってやっぱり大きいね」

 花梨は周りのクラスメイトがざわめくのを快く思っていなかった。けれども、自分は負けないという自信が花梨にはある。花梨は堂々と順番が来るのを待った。

「次、渡辺花梨さんどうぞ」

「はい!」

 キビキビと動き、すぐに検査をしてもらった。

「えーと……79センチね」

「へ!?」

 ガァン!と何かで殴られたかのような衝撃が花梨に走った。

「えぇ!? ちょ、ホントですか!?」

「えぇ。間違いないわ。はーいお疲れ様。次、身長と体重行ってね」

「ちょ、ちょっと待ってください! もう一回測りなおしてください!」

「えぇ? もう一回?」

 それを聞いていた和沙が止めに入る。

「ちょっと、渡辺さん。次のクラスも控えているの。そういうのはナシにしてちょうだい」

「でも先生! 私は納得行かないんです。お願いします!」

「じゃあ、もう一回だけよ? 申し訳ありません……」

 和沙は申し訳なさそうにお辞儀をする。看護師さんは優しく笑ってOKしてくれた。

「いえいえ。じゃあきちんと測るからね」

 そう言って、花梨はもう一度測ってもらった。

「あら! やだ、測り間違えてたわね」

「やっぱり!?」

 花梨はテンションが上がって思わず身を乗り出してしまった。

「77センチだったわ」

「……えぇぇぇ!? そ、そんなハズは! もう一回お願いします!」

「渡辺さん!」

 花梨は抵抗する暇もなく、あっさりと和沙に保健室からつまみ出されてしまった。

「高垣晴海ぃ〜! なんとしてもその秘密、暴いてやる!」

 その頃、闘志に燃える花梨のことなどいざ知らず、純平は女子トイレで化粧直しをしていた。保健室で顔がほてって汗をかき、化粧が少し落ちてしまったのだ。

「ったく〜。化粧に慣れてきてる自分が情けないったらありゃしない」

 口紅は基本禁止だが、実はうっすら塗っている。こうでもしないと何故かバレそうで不安なのだ。

「えーと、それから……あぁ、まつ毛あんまりないからビューラーとかいうやつで上げろとか言ってたな」

 純平は一所懸命毛を(つま)もうとするが、いかんせんまつ毛が短いので上手くいかない。

「あー! イライラする! 思いっきり!」

 すると毛を摘むどころかあっさりと通過してまぶたを掴み、それを思い切り引っ張ってしまった。

「ぎゃあああああああ!」

 これには悲鳴を男らしく上げてしまった。誰もいなかったのが幸いだ。

「ったく! もうこれはどうでもいい!」

 憤慨していると、トイレのドアが開いた。

「高垣さん」

「あ……」

 クラスメイトなのは覚えていたが、名前が頭に出てこない。

「誰でしたっけ?」

「なっ……この私の名前を覚えていないとでも言うの!?」

「だって、覚えてないから仕方なくないですか?」

「ゆっ、許せないわ! 意地でも今日覚えて帰ってもらいます。私の名前は、渡辺花梨! はい、復唱!」

「面倒だからいいわ」

 今は化粧に集中したい純平は適当にあしらった。そもそも、こういうタイプの女子は面倒極まりないことは、中学で何度もケンカに巻き込まれた純平自身が一番よく知っている。

「ちょっと! なんなの、そのいい加減な応答は」

「だって私、いま忙しいの。わからない?」

「あぁ〜! なんでそんないい加減なのに、胸がそんなに大きいのよ!」

「え?」

 意味がわからない。論理性も何もない言葉に、純平は唖然としてしまう。

「だいたい、アンタみたいなのがいるから私のビューティーコンクールでの座がヤバくなるのよ!」

「ひゃっ!?」

 思い切り純平の(ボール)を揉み始める花梨。興奮しているからか、そのまま純平を押し倒してしまった。

「あ――! ちょ、ダメダメ!」

「何よ! 腹が立つわ! こんな胸! こんなの、こんな……!?」

 叫びながら胸を揉む花梨の目の前にある純平の右胸が、首元あたりまで移動していた。

「きゃ……きゃああああああああああああ!?」

 顔面蒼白になって悲鳴を上げる花梨。そこでようやく純平は自分の胸の状況を把握した。

「あ……動いちゃった?」

「あわわわ、ふぇ、ひょごごごアバババ……」

 バタン!とそのまま花梨は失神して床に倒れこんだ。

「も〜。だから揉むなっつったのに。人間としてありえない位置に移動しやすいんだからさ」

 純平は胸の位置を戻し、固定させた。その直後、悲鳴を聞いて駆けつけた和沙や他の先生たちに突然花梨が倒れたとだけ話し、保健室へと彼女を背負って行った。


「ハッ!?」

 花梨が目を覚ますと、目の前には純平が座っていた。

「あ、気づいた? も〜。渡辺さんったら、急にトイレで倒れちゃうんだもん」

「え……? あ、私……倒れたの?」

「そうだよ? ビックリしちゃったんだから」

「じ、じゃあ……あれは夢?」

「何が?」

 花梨は呆然としながら、純平の胸を見つめた。どう見ても不自然さはないし、移動した形跡もない。

「……なんでもないの。私の勘違いみたい」

「そう? きっと渡辺さん、頑張り屋さんだから疲れが出たのかもね」

 純平は笑顔で汗をかいた花梨の額をタオルで拭いた。

「あ……ありがと」

 花梨は同性の子に思わずドキドキしてしまった。自分がおかしくなった気分だ。

「いーえ。じゃ、私そろそろ帰るけど、渡辺さんは一人で帰れそう?」

「うん……大丈夫。高垣さんこそ、ありがとうね」

「いいのいいの。じゃ、また明日」

「……さよなら」

「バイバイ!」

 そう言って笑顔で純平が去っていく姿を、花梨は胸をドキドキさせながら見送った。

「この気持ち……なんだろう」


「いや〜、しっかしよくバレなかったなぁ」

 純平はホッと胸をなでおろしながら靴を履き替えて、外に出た。

「はっるみ〜!」

 外へ出ると、美砂とひとみが待っていた。

「あぁ! 美砂、ひとみちゃん!」

「どうだった? 渡辺さん」

「うん。過労というか、疲れが出ただけみたい」

「そっかー! じゃあさ、せっかくだしお茶して帰らない?」

 美砂が珍しいことを言うな、と純平は思った。美砂はマジメなところがあるので、いつも寄り道をすることなどないのだ。

「いいよ! どこにする?」

「駅前のミスドで!」

「オッケ! 行こう、ひとみちゃん!」

「うん!」

 純平は美砂とひとみと手を繋いで、自転車置き場まで走った。まさか、これが仕組まれていることとも知らずに。

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