三十二:エピローグ
その後も俺は酒を浴びるように飲み、適度に会話に参加しながら、時折チラリとみんなの様子を確認する。
(どれ、アイリとヨーンは……)
二人は広場の中心から少し離れたところにある倒木の上に、チョコンと座っていた。
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「ジンさん、本当にお酒が好きなんですねぇ……」
「人間族の『おっさん』はみんなお酒が好きだからなー……。あたしは苦手だけど、アイリは飲まないの?」
「飲んだことは無いですね……。お酒は一万二十歳からしか飲めませんから」
「さすがエルフ、年齢制限がとんでもないね……」
二人は肉と野菜のサラダを片手に、何やら楽しそうに話し込んでいる。
特に問題は無さそうだ。
(スラリンとリューは……っと)
一方の二人は広場の中央で、大量の肉料理囲まれていた。
「お、おいしーっ!」
「こ、これ……おかわり……っ!」
「ははっ! 嬢ちゃんら、すげぇ食いっぷりだな!」
「えっへん! リンのお腹は無限大なんだよっ!」
「まだまだ……足りない……っ!」
「ほほぅ、よく言ったな! 食えねぇって言うまで、作ったらぁ!」
「いやったーっ!」
「……おじさん……いい人!」
スラリンとリューは楽しそうに肉を頬張っていた。
(……頃合いを見て止めておかないとな)
あの二人のことだ。本当に全ての食料を食い荒らしかねない。
そうして全員の様子を確認した俺は、再び酒を一杯あおる。
(ふぅー……こういうのはいいな)
スラリンがいて、リューがいて、アイリがいて、ヨーンがいて――そして俺の体もまだまだ動く。
(こんな幸せな時間が永遠に続けばいいのになぁ……)
とは言うものの、時間の流れを止めることはできない。
老いを少しでも遅らせるように、大怪我をしないように、日ごろからもっと鍛錬を積まねばならない。
(だが……最近少し体が変だ)
これまでは徐々に衰えていくのがわかったが……ここひと月ほどは、むしろその逆。
(徐々にだが……体が強く、丈夫になっている……ような気がする)
……気のせいか。
俺の『旬』はもう遥か昔に過ぎた。
後は老化のスピードをどれだけゆっくりと――鈍化させるかである。
衰えこそすれ、肉体が活発になることはあり得ない。
そうして酒を一杯あおったその瞬間。
俺の目と鼻の先に、突如黒い渦が出現した。
「ぬ、ぬぉ!?」
それは凄まじい勢いで周囲の物質を吸い込み始めた。
突如として、そんなものが目と鼻の先に来てはひとたまりもない。
俺は一瞬にして、謎の渦に吸い込まれてしまった。
「じ、ジンっ!?」
「……ジン……ダメっ!」
「ジンさんっ!」
「お、おっさん!?」
スラリンたちがこちらに走り寄って来るのが見えた。
「来るな! お前たちっ!」
何とかスラリンたちに指示を出すが、
「わ、わわわ……っ!?」
「何……これ……っ!?」
「き、きゃぁーっ!?」
「何だこれーっ!?」
一歩遅かったのか、全員が黒い渦に吸い込まれてしまった。
(ぐっ、何だ……これはっ!?)
渦の中は上下の感覚が無い――奇妙な浮遊感があった。
どこを見てもただただ黒。一筋の光さえも無く、スラリンたちがどこにいるのかもわからなかった。
そのまま少しして、気が付くと俺たちは――密林の中にいた。
「こ、ここは……?」
よくよく周囲を見渡せば、この場所には見覚えがあった。
「もしかして……ロディス樹林か?」
いったい何がどうなったかはわからないが、俺たちは無事に元の世界へ戻って来れたようだ。
「……ありゃ?」
「元の……世界……?」
「無事に帰って来れた……ということでしょうか?」
「……」
全員がキョロキョロと不思議そうに周囲を見回している中、ヨーンだけが暗い顔のまま何もない空間をぼんやりと眺めていた。
(世界を維持できてない……もうあんまり時間がないかもしれないね……)
「どうしたんだ、ヨーン?」
もしかして大事なものでも忘れてきてしまったのだろうか?
すると彼女は首を横に振った。
「ううん、何でもないよ」
「そうか、それならいいんだが……何かあったら言うんだぞ?」
「……うん。ありがとね、おっさん」
どこかスッキリしない表情で、ヨーンは笑って見せた。
(……何か様子がおかしいな。今晩にでも詳しく話しをしてみた方がいいかな……?)
そんなことを考えていると――突然、スラリンとリューが地面に崩れ落ちた。
「ど、どうしよう……ジン……っ」
「もう……駄目……っ」
「ど、どうしたんだ!?」
二人が同時に塞ぎ込むなんて尋常のことではない。
もしかしてあの黒い渦の中で何かあったのではないだろうか。
慌てて俺が二人の元を駆け寄ると――かつてないほど大きな腹の音が鳴った。
「「お肉が……無くなった……っ」」
「………………そうか」
二人にとっては、たった今起きた謎の現象よりも肉の方が遥かに大事らしい。
(そういえば宴のときも、えらくはしゃいでいたっけか……)
「うぅ……こんなのあんまりだよぉ……っ」
「およそ人の所業とは……思えない……っ」
かつてないほど落ち込む二人に、俺は仕方なくあの約束を持ち出した。
「あー……ほら、焼き肉パーティ……するんじゃなかったのか?」
二人が大人しくお留守番をする代わりに、帰ったら焼き肉パーティを開く。
これはグラノスとの決戦前に約束したことだ。
その瞬間、二人の目に光が宿った。
「「っ!」」
アホ毛がかつてないほどに立ち上がり、翼もバサバサと慌ただしく羽ばたいていた。
「そ、そうだったっ!」
「や、焼き肉……パーティ……っ!」
「あぁ、腹いっぱい食べるんだろ?」
「「うんっ!」」
さっきまでの――この世の終わりみたいな顔はどこへやら。
スラリンとリューは、いつも通り元気いっぱいとなった。
とにもかくにもこれでクエストはクリアだ。
(焼肉パーティは……必要経費として考えるか……)
二人は既に宴でそこそこの肉を食べている。
(金貨一万枚……いや、二万枚分の肉もあれば十分だろう)
そんな俺の予想とは裏腹に、スラリンとリューはかつてないほど大量の肉を食い漁り、結局今回のクエスト報酬分――金貨五万枚分の食費となってしまったのだった。
第六章はちょうど三日後――1月11日(金)更新予定!
書き下ろし大量の紙の書籍版もよろしくお願いいたします!
今年は第二巻にコミカライズにと『おっさんハンター』シリーズがいろいろと動きますし、WEB版の更新も活発になると思います!




