二十九:感謝
スラリン・リュー・アイリ・ヨーン――彼女たちに伝えたのは、大聖典に書かれた予言の上の四行のみ。
下の四行は――グラノス討伐のヒントが書かれた部分は、物騒な内容だったために伏せていたはずだ。
しかし、ヨーンのあの口ぶり。
【「おっさん、大聖典だっ! 思い出せ! あの予言書にちゃんと書いてあっただろ……っ!」】
あれはまるで、大聖典に何が書かれているのかを知っているようだった。
(……まだ何か隠していることがありそうだな)
怠惰の大罪――ヨーンか……。
そうしてジッと彼女の方を見ていると。
「ん? どしたの、おっさん」
こちらの視線に気づいたヨーンが、いつもの調子で振り向いた。
(……まぁ今のところはいいか)
実際、今回は彼女の機転によって救われた。
この話はまた今度でいいだろう。
「……どうしたの、ジン? 難しい顔をして」
「お腹……空いたの……?」
「大丈夫ですか、ジンさん? やはり、お体が痛むのでしょうか?」
眉間に皴でも寄ってしまっていたのか、スラリンたちが心配そうに声を掛けてくれた。
「あぁ、すまんすまん。ちょっとボーっとしていた」
不安を与えないように、笑顔で微妙な空気を吹き飛ばす。
「そんなことよりもスラリン。低位のポーションを三本ほど出してくれないか? 俺もアイリもヨーンも、少しダメージを負ってしまってな」
「ほ、ほんとだっ!? ちょ、ちょっと待ってね、すぐに出すから!」
スラリンは空腹のあまり俺たちの状態に気付いて無かったようで、慌てて体内にしまってあるポーション瓶を探し始めた。
「そんなに慌てなくても大丈夫だぞ」
「えーっとえーっと……あれでもなくてこれでもなくて……あ、あった! はいっ、どうぞ!」
「あぁ、ありがとう」
スラリンからポーションを受け取った俺たちは、ひとまずそれで体を癒した。
「ふぅー……生き返るなぁ……」
「凄い……体の傷が一瞬で……」
「はぁ……気持ちいいー……」
するとジグザドスさんが恐る恐ると言った様子で問いかけてきた。
「す、すみません……。その……お連れの方は大丈夫だということでよろしいのでしょうか……?」
「あっ、えぇ。ご心配をお掛けして申し訳ございません。過度な空腹によるちょっとした禁断症状のようなものですので、何ら問題はありません」
「な、なるほど……」
少し苦笑いを浮かべた彼は、その後スラリンに向かって頭を下げた。
「我らをお守りいただき、本当にありがとうございました」
それとほとんど同時に、ジグザドスさんの後ろに控えていた大勢の村人も頭を下げ、思い思いの感謝の言葉が飛んだ。
「えへへー、いいよー」
彼女はどこか誇らしそうにそう言った。
どうやらジグザドスさんや他の村人にも気を遣って戦闘をできたようだ。
俺はまるで自分が褒められたかのように、誇らしい気持ちとなった。
「ところでジン殿……無事にお帰りになったということは……もしや?」
「えぇ。ご想像の通り、グラノスとその配下三匹の龍は全員しっかりと討伐しました。これからはもう生贄も必要ありません」
すると次の瞬間。
「う、ぅうぉおおおおおおおっ!」
「ありがとう、ジンさん!」
「小っちゃい嬢ちゃんもありがとなーっ!」
「あんたら、みんな最高だーっ!」
村人たちから割れんばかりの歓声が巻き起こった。
「あ、ありがとうございます……っ。本当に……ありがとうございます……っ。村を代表して感を述べさせていただきます……っ」
ジグザドスさんはうれし涙を流しながら、俺の手を取って何度も何度もそう言った。




