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八、人外娘のスラリンとリュー



 俺は何となく気持ちがしっくりとしないまま、自宅へと帰った。


「ただいまー」


 玄関の扉を開け、帰りのあいさつをすると――。


「ジーンっ! おっかえりーんっ!」


 スライムのスラリンが俺の胸に飛び込んできた。


「うおっ!?」


 回避するわけにもいかず、俺はそのまま彼女に押し倒されてしまう。


「えへへぇ、ジンのにおいだぁ……」


 スラリンはまるで自分のにおいを俺につけるかのように、ギュッと抱き締めてきた。

 スライムのスラリン。普段は人間形態をとっており、見た目は完全に十代の少女だ。160センチメートルほどの小柄な体型。肩口ほどで切られた綺麗な青髪ショートヘアの女の子だ。


「もう、昨日はどこ行ってたの? 心配したんだよ?」

「まぁ……ちょっといろいろあってな。悪い悪い」


 スラリンは「全くもう!」といいながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。


「ほら、スラリン。メシの準備をするから、そこをどいてくれ」


 ここで決して「スラリンが重いから」と言ってはいけない。以前それで大変な目にあった。


「えー、もうちょっとだけぇー」


 そういってスラリンは、中々離れてくれなかった。


(全く、しょうがない奴だな……)


 昨日、寂しい思いをさせてしまっただけに、強く「どいてくれ」ということはできない。スラリンの頭を撫でてやろうと腕を伸ばしたそのとき――。


「ジンから、離れて……」

「う゛ぇっ!?」


 不機嫌な顔をしたリューが、スラリンの首根っこをつまみ上げ、俺の上からどかせた。

 飛龍種のリュー。スラリン同様に普段は人間形態をとっており、見た目は完全に十代の少女だ。スラリンよりも若干背が高く、銀髪ミディアムヘアーの女の子だ。腰のあたりに一対の真っ白な翼が生えているのが特徴だ。


「おぉ、リュー。ありがと――」


 お礼を言いかけたそのとき、リューが仰向けとなった俺に抱き着いてきた。


「おかえり……ジン」

「お前もか……」


 リューが幸せそうに俺の胸元に頬をこすりつけていると――。


「ちょっとリュー、そこをどきなさいよ!」


 顔に青筋を浮かべたスラリンが、リューに食ってかかった。


「駄目……。先に抜け駆けしたのはそっち……」

「はぁ!? リン、別に抜け駆けなんてしないし! とにかく、そこをどきなさいっ!」


 スラリンはリューの翼をがっしりと掴むと、思いっきり後ろへと引っ張った。

 しかし――。


「ふふっ……無駄……」


 リューは破滅の龍と呼ばれる伝説上の龍。

 同様にスラリンも暴食の王と呼ばれる伝説上のスライム。

 しかし、身体能力に優れた龍種と特殊能力に優れたスライム種。単純な力比べでは、リューに軍配があがる。

 ちなみにこの家での腕相撲ランキングは一位が俺、二位リュー、三位スラリンである。男の意地でまだリューには一度も負けたことはないが、後十年もすればやばいかもしれない……。


「くっ……このっ! ――羽人間(はねにんげん)っ!」

「あっ……馬鹿っ!」


 瞬間、リューのまとう雰囲気が変わり、凄まじい殺気が吹き荒れる。


「……今……何て?」


 同時に彼女の腰に生えた一対の羽が音を立てて巨大化――本来の大きさになっていく。鋼の強度を誇る羽は、家の壁に大きな穴を開けながら、なおも大きくなっていく。


(か、壁が……っ!?)


 羽人間――リューの前で絶対に言ってはならない禁句だ。彼女は見ての通り、腰に一対の羽が生えている。まぁ平たく言えば、人間形態のときにも完全に人間になり切れていないのだ。一方のスラリンは人間形態のときには、完全な人間のフォルムとなる。個人的には腰に生えた羽は、とても可愛いと思うんだが、リュー本人は強く気にしている。

 すると今度はリューが反撃に出た。


「ふん……。猫かぶり……本性はどす黒いくせに……!」

「……あ゛?」


 すると次の瞬間、スラリンの足元がジューっという音ともに溶けだした。見れば彼女の両足が青く――スライム本来の姿に戻りかけていた。


(ゆ、床が……っ!?)


 リューの言うところによると、スラリンは日ごろから猫をかぶっているらしい。何でも二人は、俺の家に住み着く前からの古い知り合いらしかった。昔に何があったかは知らないが、今もこのようによく喧嘩をする。


「まっ、待て待て二人とも、こんなところで喧嘩はしてくれるな!」


 この家は俺が若いころから必死になって働き、ようやく夢の建てたマイホーム。そうやすやすと潰されるわけにはいかない。


「「うん、わかった」」


 すると先ほどのまでの刺すような殺気はどこへやら……。二人は笑顔でそういった。


(俺の言うことを聞いてくれるのは、嬉しいんだけどな……)


 もう少し仲良くしてほしいと、おっさんは節に思います。


「はぁ、全く……。それじゃ俺はメシの準備をするから、それまでおとなしくしていてくれよ?」


 二人の頭をクシャクシャと撫ぜて、厨房へと向かう。

 すると――。


「ジン、今から料理するのー? それなら、リンも手伝うー」

「私も……手伝う……!」


 そういって二人は俺のあとをついてきた。


「おっ、そうか。それは助かる、ありがとな」

「「えへへ……」」


 俺が感謝の意を伝えると、二人は嬉しそうに笑った。



 結論から言うと、やはりというか何というか――一人で料理した方が圧倒的に速かった。

 スラリンはあふれ出る食欲を抑えきれずに、いくつもの食材をつまみ食い。完成した料理を運ばせれば、無駄に走って転んで、床にぶちまけたり……。

 リューはリューで魚を切らせれば、力加減を間違えてまな板まで一刀両断。てんぱって人間形態を解きかけてしまい、食材を羽まみれにしたり……。

 残念ながら、以前二人と一緒に料理したときと全く同じ結果になってしまった。


「ジン、ごめんね……」

「ごめんなさい……」


 二人はしょんぼりしながら、ペコリと頭を下げた。


「もうすんだことだ、気にするな。ゆっくりでいいから、これからも少しずつ練習していこうな」


 俺は二人の頭を撫ぜてやりながら、優しくそういった。


「うん、そうする!」

「ありがと……ジン」

「よし、それじゃ早速食べようか!」


 そしてそれぞれが椅子に座ったことを確認し、みんなで両手を合わせる。


「「「――いただきます!」」」


 机の上には今しがた作った大量の料理がずらりと並んでいる。このほとんどはスラリンとリューの分だ。二人は今は人間形態をとり、非常に小柄な体型だが、真の姿はとてつもなく大きい。戦闘を行わず、普通に起きて寝るだけの生活をするだけでも、莫大なエネルギーを消費する。健康な状態を維持するためには、このように大量の食事が必要なのだ。


「どうだ、おいしいか?」

「おいしーっ! やっぱりジンのごはんは最高だよっ!」

「おいしい……とっても……!」

「そうか、それはよかった」


 二人は幸せそうに、その口に次から次へと料理を運ぶ。

 結局、あれだけたくさんあった料理は、ものの数分で消えてなくなってしまった。


「あー、食べた食べたぁ!」

「うん……満腹……」


 満足そうに上機嫌でお腹のあたりをさする二人。


「ジンはー、どうだった?」

「ジン……おいしかった……?」


 俺はその質問に、即座に答えることができなかった。


「ん……。あ、あぁ、おいしかったよ」

「「……?」」


 すると俺の少しおかしな態度を敏感に感じ取った二人が、首をかしげた。


「――あー、よし! それじゃ後片付けは俺がやっておくから、二人は風呂に入ってくるといい」


 俺はやや強引に会話を切り上げ、風呂に入るよう二人に言いつける。


「はーいっ!」

「わかった……!」


 ありがたいことに、二人は素直に風呂場へと向かってくれた。

 スラリンとリューの姿が見えなくなったことを確認した俺は、大きなため息をつく。


「はぁ……」


 かくいう俺は――。

 せっかくみんなで作ったこの料理も――心の底から楽しむことができなかった。



 その後、太陽が地平線から昇りかけた頃に俺たちはベッドに潜り込む。

 右隣にはお気に入りの青色のパジャマに身を包んだスラリンが、左隣にはこれまたお気に入りの白色のパジャマに身を包んだリューが、がっしりと俺に抱き着いている。


(少し苦しいが、もう慣れた……)


 寝室にはキングサイズのベッドが一つしかない。俺はシングルサイズのベッド三つを買おうとしたんだが、二人が強硬に反対し、結局このキングサイズを買うことになったのだ。


「スラリン、リュー。おやすみ」


 俺がいつものように「おやすみ」と言うと――おかしなことに返事がなかった。


「スラリン、リュー……? ……もう寝たのか?」


 首を動かし、左右を確認すると――二人がジッと俺の方を見ていた。


「「ねぇ、ジン……」」

「ど、どうした、二人して……?」


 その視線に少し動揺していると――。


「「何か、悩み事があるんでしょ……?」」


 普段は仲の悪い二人が、こんなときだけ息ぴったりでそういった。

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