二十二:絶体絶命
今になって思い出す。
戦闘が始まる前にグラノスが言っていた言葉を。
【この森には儂の軍門に下ったモンスターが山ほどいる。そこかしこに儂の目と耳があると思うがいい】
(……しくじったか)
こうなることは事前に想定できたことだ。
そして予想がついていたならば、あのとき決して雄叫びをあげさせたりはしなかった。
憤怒の剛鱗という予想外の能力を前に、冷静さを欠いてしまっていたのだ。
(いや……切り替えよう)
狩りにおいて、予想外のことは常に起こりうるし、判断を誤ることも珍しくない。
(そういうときは――今できる最善の行動を取ること……っ)
反省するのは、ターゲットを仕留めてからだ。
思考を打ち切り、こちらに殺到する多くのモンスターへ集中する。
「ギシャァアアアアアアアッ!」
「ゼォオオオオオオオオオッ!」
「ピリィイイイイイイイイッ!」
小型から中型のものまで――多種多様なモンスターが牙を剥く。
「ぬぅぅううんっ!」
襲い掛かるモンスターの群れを時には斬り付け、時には投げ飛ばし、時には殴り付けた。
(少しばかり、数が多過ぎるぞ……っ)
360度――全方位から迫り来るモンスターから二人を守るのは、中々に骨が折れる。
一対多の経験は何度もあるが、ここまでの大群を相手にするのは久しい。
俺は大剣をいつもより大きく振るい、複数の相手を一気に狩る。
(幸いなことに一匹一匹の強さは全く大したことはない……っ)
そうしてアイリとヨーンに殺到するモンスターの第一陣を処理し切ったところで――。
「……よそ見しててよいのか?」
グラノスの低い声が俺の死角から聞こえた。
「っ!?」
気付けば、二人の背後に奴は立っていた。
既に大きな口を目一杯に広げ切っている――ブレスだ。それも発射寸前の。
「しまっ――伏せろぉおおおおおっ!」
「――<憤怒の咆哮>」
俺は大剣を投げ捨て、両者の間に飛び込んだ。
「ぐ……っ」
背後で小さくなる二人に当たらないよう、なるべく体を大きく広げる。
雨のような漆黒のブレスが全身を飲み込んだ。
「……ふーっ……ふーっ」
さすがに……効くな。
鎧はかなり損傷し、あちこちから血が流れ出る。
「ジャバババ……ッ! 驚くほどに丈夫だな。小人間よ」
「……まさか配下のモンスターごとやるとはな」
周囲には奴のブレスに貫かれたモンスターの死体がいくつも転がっていた。
「おぉ……っ!? 何ということだ……っ!?」
わざとらしく驚いて見せたグラノスは、
「可哀想に……なっ!」
わざわざ生きているモンスターを咥え込んだ。
凄惨な悲鳴と共に骨の砕ける嫌な音が周囲に響く。
「――ふぅ……脂が乗っててうまいわぃ……っ!」
紫色の長い舌で口元の血を舐めとると、上機嫌に腹をポンポンと叩いた。
(野郎……傷が回復していやがる)
人間よりも回復能力に優れたモンスターは数多く存在するが……その中でもかなり上位の速さだ。
これからはブレスと雄叫びの他にも、奴の栄養補給も妨害しなくてはならない。
唯一の救いは全ての行動が口を起点に行われるということぐらいだ。
そうしてグラノスと睨み合いを続けていると、背後からヨーンの沈痛な叫びが聞こえた。
「あ、アイリ、大丈夫……っ!?」
片目でそちらを確認すると――アイリの右足は真っ黒に腫れあがり、真紅の血がダラリと流れていた。
咄嗟の防御では全てのブレスを防ぎ切ることは叶わず、アイリの右足に被弾していたのだ。
「だ、大丈夫か、アイリ!?」
「……っ。大丈夫、です……っ! そ、そんなことより、ジンさんの方が――」
「俺のこと何か気にするな」
薄皮が切れて少し血が出ているだけだ。
こんな経験はこれまで何度もあったし、唾をつけておけば治る。
だが、俺と違ってアイリはそれほど丈夫ではない……。
「すまん……こいつを使ってくれ」
低位のポーションを渡し、再び周囲のモンスターを狩り始める。
(手持ちは低位のポーションが二本と……緊急用のエリクサーが一本……っ)
しかし、エリクサーはそう易々と使うわけにはいかない。
この一本は、もしも二人のどちらかが重傷を負った時のためのものだ。
当然、俺が使うという選択肢はない。
(ここに来てスラリンの不在が響いてくるな……)
彼女の体の中には大量のポーションが収納されている。
(本来持久戦は得意とするところなんだが、今回ばかりは少し条件が悪過ぎる……)
だが、泣き言を言ってもこの最悪の状況は変わらない。
俺はアイリとヨーンを守りながら、ひたすらにモンスターを狩り続けた。
その間もグラノスは常に俺の死角へと移動し、二人へ執拗に攻撃し続ける。
(全く、これだから知能を持つモンスターはやりにくい……っ)
それからしばらくは一進一退の攻防が続いた。
「ぬぅんっ!」
大振りの一撃で小型の龍種を三匹狩ったところで、グラノスは愉悦に表情を歪めた。
「ジャバババッ! 勇ましいな小人間よ! これほどの大群相手に大立ち回りを演じておる! ――しかし、後ろの二人は元気が無いようだぞ?」
奴を視界の端に収めつつ、背後のアイリとヨーンを見やる。
生死にかかわる大きな傷こそ無いものの、その体にはいくつもの生傷があった。
何より長引く戦闘と痛みにより、精神的にもかなり消耗していた。
常に二人を庇うように立ち回っているものの、全ての攻撃から守ることはできない。
殺到するモンスターを狩りながら、拡散型のブレスを全て防ぎ切ることは物理的に不可能だ。
「……だが、お前の配下も少し目減りしてきたぞ?」
加えて仲間の死を見て怖気づいたのか、最初に襲ってきたときに比べると幾分か勢いが削がれていた。現に今もこちらを警戒して威嚇の声をあげているものの、襲い掛かってくるモンスターはいない。
「ジャババババッ! 小人間の言う通りだ! 確かに配下の数は減った。――しかしだな、儂のモンスターが全て狩られるのが先か。それとも小さき娘どもが朽ちるのが先か。それがわからぬほど、お前さんは馬鹿ではあるまい?」
そう言ってグラノスはわざとらしく、アイリとヨーンに目をやった。
「……嫌味な奴だ」
確かにこのまま消耗戦を続ければ、こちらが圧倒的に不利だ。
低位のポーションはとうの昔に無くなっている。
残すはエリクサー一本のみだ。
一方、奴はたとえ重傷を負おうが、配下のモンスターを食らえばたちまちのうちに全快する。
(アイリとヨーンを担いで逃げるか……?)
しかし……地の利は完全に向こうにある。
袋小路なんぞに逃げた日には一巻の終わりだ。
そもそもアイリとヨーンを担いだ状態で――両手の塞がった状態でグラノスの追撃を逃れることは困難を極める。
俺が何とかこの難局を打開する方法を考えていると、突然グラノスが大声を挙げて笑い出した。
「ジャバババババッ! ずいぶんと頭を悩ませているじゃないか、小人間よ。その小さき娘どもを逃がしたくて仕方がないようだな?」
「まぁな。お前が素直に見逃してくれるなら、助かるんだが?」
「おぉ、構わないとも」
「……何だと?」
「おや、聞こえなかったのか? 儂は寛大だからな、そこの二人を見逃してやらんことも無いと言ったのだ」
奴はこれまでに無い優しい笑顔を浮かべながらそう言った。
「――もちろん、ただでというわけにはいかんがな」
「……何が望みだ?」
嫌な予感を覚えつつも、一応聞いてみる。
「ふっ、そんなもの決まっておろう? ――小人間よ、貴様の命だ」
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