二十一:グラノスの狙い
「あ、あり得ん……っ。権能とはこの世界の法則……それを乱すことなど……っ」
グラノスは呆然としながら、何事かをぶつぶつと呟いていた。
「――ずいぶん余裕だな?」
当然、そんな隙を逃す俺ではない。
「っ!?」
「そぉらっ!」
既に懐深くまで侵入した俺は、そのまま力いっぱい大剣を振り切る。
「――甘いわっ!」
しかし、奴は意外にも俊敏な動きで翼を盾にし、首への直撃を防いだ。
「……ちっ」
俺は地面を蹴り、グラノスから大きく距離を取る。
そして鮮血の流れ落ちる奴の首筋と、先ほど攻撃を防がれた翼を観察する。
(分厚い鱗に守られた翼はさすがに硬い、な……)
首や腹といった弱所とは違う。
硬質な鱗に守られた翼は、やはり刃が通りにくい。
(だが、無傷というわけではない……っ)
大剣を防いだ箇所には、わずかに傷がついていた。
(ほんのわずかでも攻撃が通るならば問題ない。百回でも千回でも一万回でも……その鱗が剥げ落ちるまで斬り付けてやる……っ!)
再び斬り掛かろうと、前傾姿勢を取ったところで――。
「ぐ、ぐぬぬ……っ。少し斬れるようになったぐらいで図に乗るなよ、小人間がっ!」
今度は奴の方から、鋭い牙を剥き出しにして突進してきた。
「ジィイラァアアアアッ!」
大口を開け、食い殺さんとするグラノスの体を大剣でしっかりと受け止める。
(重い……っ。が、単純な力勝負なら……こちらに分がある)
俺は盾にした大剣を右足で蹴り上げ、大きく振り上がったそれを――奴の脳天に叩き込んだ。
「ぬぅんっ!」
「ジッ……ガァ……ッ」
さすがは鱗の密集している頭部。
いつものように一刀両断とはいかなかったが――中はしっかりと揺れたようだ。
「ジャァ……バァ……?」
脳みそを揺さぶられた経験など無いのだろう。
グラノスは呆けた顔をしたまま、千鳥足で明後日の方角へ歩き出した。
「ふっ、ドロドロだろ?」
頭に強烈な一撃をもらったときのあの感覚――俺だって何度も経験がある。
地面がまるで泥沼になったかのように沈み込み、まともに立つことすら難しい。
「ジッ、ジャァア……ッ」
グラノスは訳も分からぬまま、とにかく体を丸めてひたすらに弱所を庇った。
長い首を器用に腹の前あたりに収めて弱所を一か所に集中させ、そこを翼で覆い隠す。
「さすがに理解が早い……っ」
自らの状態異常をすぐさま認識し、分が悪いと判断すれば攻撃を放棄してでも時間稼ぎに走る。
これだから知能の高いモンスターは厄介だ。
「ぬぅおおおおっ!」
俺は何とか奴の防御を崩そうと、ひたすらに斬り掛かった。
しかし――効果は薄い。
防御に専念しているためか、奴の鱗は先ほどよりも硬度が増していた。
一枚また一枚と剥ぎ取っていくが、やはり中々に時間はかかる。
少しすると、ようやく平衡感覚を取り戻したのだろう。
丸まった体を開き、血走った目でこちらを睨み付けた。
そして――これまでの鬱憤を晴らすように、グラノスは一気に反撃へ転じてきた。
これまでとは違う。
正真正銘本気の攻撃。
「ジャラァアアアアアアアアアアアアッ!」
強靭な顎と鋭い牙の噛みつき。
巨体を最大限に活かした旋回攻撃。
そして長く強靭な尻尾を巧みに操り、攻撃に厚みを持たせてきている。
「ぐ……っ」
何より厄介なのは、あの鋭利な鱗。
少し触れただけでも肉を切られるため、少し余裕をもって回避する必要があった。
俺はその猛攻を時には回避し、時には受け流し、時には大剣を盾にしてしのぎ切る。
(重く鋭い一撃だ……っ)
だが、身体能力だけならばリューの方が上だ。
(それに頭に血が登っているのか、アイリとヨーンが視界にも入っていないのは好都合だ)
グラノスとの戦闘に集中できる分やりやすい。
それからしばらくの間、防戦一方の展開が続く。
(いくらグラノスが高度な知能を持つと言っても――いや、高度な知能を持つからこそ、そこには独特の隙が生まれる)
無意識に嫌う動き、攻撃の癖、咄嗟に回避する方向――奴の動きを観察し、少しは掴めてきた。
「ジャラァアアッ!」
雄叫びと共に巨大な口が眼前に迫る。
「ふっ!」
そこに大剣を割り込ませ、しっかりと防御する。
(噛みつきが来たら次は――アレだ)
「ジャヤラァアアアアッ!」
予想通りに、俺の脳天目掛けて尻尾を振り下ろしてきた。
「――そこだ!」
俺は奴の尻尾を掻い潜り、がら空きの腹部に――グラノスの弱所に渾身の一撃を叩き込んだ。
「ガフ……ッ!?」
――とらえた。
肉を断った感触がしっかりと両の手に伝わる。
鮮血が宙を舞い、奴は片膝をついた。
「ふ、――<憤怒の咆」
「――それはもう見飽きたぞ」
奴が大口を開けた瞬間に、その下顎を思い切り蹴り上げてる。
「あが……っ!? ――ジャバラァッ!?」
漆黒のブレスは口の中で暴発し、奴は煙を吐きながらその場に倒れ伏した。
さすがにそう何度も同じ技を見せられれば、俺だって学習する。
「――勝負ありだな」
自慢の権能――<憤怒の剛鱗>を破り、近接戦闘はこちらが上。
そして今、ブレスも完全に封じた。
後はアイリとヨーンにちょっかいをかける暇も与えず、ひたすらに攻め続けるだけだ。
すると、
「じゃ、ジャバババ……。ジャバババババババッ!」
突然奴は狂ったように笑い始め、ゆっくりと上体を起こした。
「はぁはぁ……小人間よ……っ。認めよう、お前は強い。……悔しいが、儂よりも遥かにな」
グラノスは肩で息をしながら、静かに語り始めた。
「だが、それはあくまで単純な実力の上での話だ」
「……何が言いたい?」
「ジャババ……。真正面からのぶつかり合いでは勝てなくとも――生存競争という勝負でならば、まだ儂にも勝ちの目はあるということだ」
そう言うと奴は、大きく息を吸い込んだ。
(ブレスか……? いや、先ほどまでとは前兆が少し違う)
俺は警戒しながら大剣を中段に構えると、次の瞬間。
「ジャバラァアアアアアアアアアアアアッ!」
グラノスは、ユークリッド村まで届くのではないかという、馬鹿でかい雄叫びをあげた。
「~~っ!?」
「きゃっ……!?」
「う、うるさ……っ!?」
咄嗟に耳を塞いだものの、今もキーンという甲高い耳鳴りがする。
しかし――それだけだ。
この程度の耳鳴りでは、戦闘続行にはなんら支障がない。
(……ブレスの不発か? ……いや、違うっ)
グラノスは歯を剥き出しにして、醜悪な笑みを浮かべていた。
(あの顔は間違いなく、何かをやりやがった……っ)
奴を視界にとらえたまま周囲を警戒すると――次第に地鳴りのような大きな音が聞こえてきた。
(……何だ?)
音は徐々に大きくなっていく。
そして――ことここに至り、俺はこの音の正体を理解した。
(こいつ……やりやがったな……っ)
嫌な汗が背中を伝い、顔が引きつった。
「こ、これは……っ!?」
「お、おっさん、助けてぇええっ!?」
背後にいるアイリとヨーンから、絶望に満ちた悲鳴が聞こえる。
「二人とも固まってしゃがんでいろっ!」
俺はグラノスを視界の片隅にとらえたまま、すぐさま二人の傍へ駆けつけた。
そのコンマ数秒後――森の中からおびただしい数のモンスターが殺到してきた。
『最強のおっさんハンター』シリーズの――コミカライズが決定いたしました!
漫画になります! 漫画になるんです! 漫画となって動くんです!
詳しいお話はまだ公開できないのですが、現在水面下でゴボゴボと動いております!
いやぁ……これは本当に嬉しい……っ。
今日ぐらいは発泡酒ではなく、おビールにしようかと思うぐらいには嬉しい……っ!
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